【書評】楊海英『凶暴国家中国の正体』(扶桑社新書)

【書評】楊海英『凶暴国家中国の正体』(扶桑社新書)
【書評】楊海英『凶暴国家 中国の正体』(扶桑社新書)

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」より転載

中国人に支配され、差別され続けるモンゴルの悲しい真実
いつしかウィグル人の反旗が中国崩壊の突破口を開くであろう

         宮崎正弘

日本は尖閣諸島を中国に奪われる危機に瀕している。
しかし小さな島嶼の話ではない。モンゴルは国を三分割され、「南モンゴル」はまんまと凶暴中国に強奪されてしまったのだ。

いまの中国内蒙古省の大半が、もともとの遊牧民モンゴルの南方領域である。
本書は、その南モンゴルに焦点をあてて、やさしく歴史的な経緯を解説したモンゴル問題の入門書である。

著者の楊海英氏には大著『墓標なき草原』(司馬遼太郎賞)があるが、上下二巻の浩瀚本のうえ、悲しくて読み進むことあたわず、拙宅の書棚に二年あまりのツンドク状態が続いている。

三年ほどまえの秋だった。評者(宮崎正弘)は中国の不動産バブル取材のため内蒙古省オルダスと、その南郊外に広がる百万都市カンバシにいた。カンバシは典型の幽霊都市で百万人の都市ができたが、住民は二万八千しかおらず、ゴーストシティとして世界のマスコミが特集した。

拙著でも写真入りで何回か取り上げたが、今回はその話ではない。
そのカンバシから南へ行くと砂漠の高原に『チンギスハーン陵墓』(中国語では「成陵」という)がある。

これを『中国の英雄』と改ざんして、堂々たる博物館にしている。まったく中国人のやり方は歴史の客観性、科学的検証という重要な視点はどうでもよいことなのだ。その見本である。

このチーギスハーン陵墓は、内蒙古省の奥地、砂漠の大地にたつというのに結構、遠距離をとばしてくる観光客が多い。驚き桃の木である。
宮脇淳子氏によれば、これは偽物。それにしても、なぜモンゴル人の英雄が「中国の英雄」に早変わりし、中華民族の象徴たりうるのか。

モンゴル人は失笑を禁じ得ず、『中国人は本当に恥知らずの民族だ』と言うのである(本書204p。写真もある)。
評者も現地で見学した。

そして、そのときオルダスから雇用したタクシーの、漢族の運転手に聴いたのだ。

「モンゴル人のチンギスハーンがなぜ中国人の英雄なのか。あなた方は異民族でも支配者を中華民族に同化させてしまうのか?」。
これに対して、

「チンギスハーンは中国の英雄であり、われわれ漢族も同じ中華民族だから称えるのですよ」と教科書的な回答があった。

さて本書は簡単な設問からはいっていく。
「なぜ、中国にモンゴル人がいるのでしょうか」。
それは『歴史的にモンゴル人が以前から住んでいた地域の一部が、中国人によって占領され、無理やり中国の領土に組みいれたため』だ。

だから日本に於ける学者議論のように「『ウィグルやモンゴル、チベットなどは、中国の国内問題であって、他の国が口を出すのは内政干渉である』という中国政府の主張は、歴史的にもまったくの誤りである」(84p)

このやるせなさを深く体験したのは楊氏がウランバートルを訪問したときだった。
「空港に降りたって途端、独立とはこんなにも素晴らしいことかと感じた。(中略)モンゴル人がモンゴル語を話し、何処へ行くにも、小屋ひとつ建てるのにも他人の顔色を窺う必要がない。どんなに貧乏でも、国連にモンゴルの旗がはためき、安倍晋三首相を始め各区に要人も訪問する」ではないか。

したがって「少数民族の人たちの心の中に、そうして独立、自治への欲求が根本にある以上、経済開発と暴力による抑圧といった現在の中国政府の手法では、問題が解決する筈がありません」。

そしてモンゴル民族再興の動きは『文化大革命のよる大虐殺を経験して、中国に絶望した青年らは欧米に渡り、世界のモンゴル学の中枢を担うようになりました。1980年代からはさらに大勢の若者が海外に拠点を移しました。今日、日本でも一万人近いモンゴル人が学び(中略)、同胞が中国に弾圧されている実態を訴え続けている』(191p)
近未来の理想は『日本、モンゴル、トルコの三国同盟』だと主唱する楊氏は、中国のウィグル問題が次の時代の扉を開くであろうと予測している。

新書版とはいえ、問題点をすべて網羅し、解説には一行の無駄もなく、よく整理されている。

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