馬英九閣下 尖閣史料ご提供に感謝─尖閣論考(5)【八重山日報:2012年11月30日】

「全台図説(ぜんたいづせつ)」と同じ「釣魚台」(尖閣)の記述は、2年前の西暦1871
年に出版された官製地理書「重纂(ぢゅうさん)福建通志」の「海防」の部の宜蘭(葛瑪
蘭(カバラン))の項目にも見える。宜蘭の項目に載ってゐることを根拠として、今のチ
ャイナ側の公式文書では釣魚台を宜蘭の所属とする。しかし、項目の劈頭(へきとう)に
曰く、

 「北界三貂、東沿大海」。

 (北のかた三貂(さんてう)に界(かい)し、東のかた大海に沿(そ)ふ)

 と。これは宜蘭の界域を述べてゐる。三貂は領域の東北端の岬の地名であり、前述(連
載第2回)の[三水偏に卯]鼻山(ぼうびさん)とほぼ同地である。「大海に沿ふ」とは、普
通の地誌では「大海に至る」と書くところだが、宜蘭の本府(ほんぷ)が緩(ゆる)やか
な入り江の内側に在り、直線で正東に至ると入り江の奥の海岸であるため、領域の東端に
ならない。海岸に沿って東北に進めば東端兼北端の三貂に至る(連載第2回の図を参照)。
それゆゑ「大海に沿ふ」といふ書き方になったのである。

 要するに宜蘭は東端も北端も三貂までであり、尖閣は更に東北に170キロメートル先に在
る。明白に宜蘭の界外であって、チャイナ側主張は同一書の同一項目で否定される。

 「重纂福建通志」の三貂について、私は本年9月15日午後11時38分に台湾外交部(外務
省)主催の「釣魚台短文コンテスト」に電子メール送信で応募し、その文中で論及した。
外交部からは9月21日午後6時10に返信があり、「受け取った」とのことであった。後にな
って他の人がブログなどで同じ論旨に言及したやうだが、嬉しいことに私が先である。応
募した原文は落選したが、今後別の媒体(ばいたい)で一字も改めずに公表するつもりで
ある。

▼不正確な前時代の情報

 「重纂福建通志」については別の問題がある。巻四「疆域(きゃうゐき)」には宜蘭
(葛瑪蘭)が載ってゐないのだ。「疆域」の巻は領域を明示するもので、他の巻の零砕の
記述に較べて公式の領土記録である。載ってゐない原因は、宜蘭を領土に編入する以前の
情報のまま改めなかったに過ぎない。しかし、かりに「重纂福建通志」を基準とするなら
ば、清国領土に宜蘭が存在しなくなり、「宜蘭に釣魚台が属する」といふチャイナ側主張
も存在すらし得ない。

 「山後の大洋の釣魚台」の記述は、更に後の西暦1885年の成立史料「台湾生熟番(せい
じゅくばん)紀事」にも載ってゐる。しかしその上下文に見える各地行政区画は、前述
(連載第3回)の「開山撫蕃(かいさんぶばん)」(西暦1875年)で改編されるより以前の
ままである。されば釣魚台も、同じく西暦1875年より以前の国外情報として記録されたも
のに過ぎない。

▼あたり前の結論

 結局、馬英九総統は釣魚台が国外だったと示す史料をみづから発表したことになる。早
速私は駁論を書いて前述(連載第1回)のクリストフ記者に送った。しかし返事は、既に受
付を締め切ったとのことだった。私としては折角なので大手英字新聞に掲載したいと思
ふ。

 諸史料で常に国外情報として「釣魚台」が記録されるのは、日本側に都合良い話ではな
く、ただの必然である。清国の人々にとって統治外の花蓮も釣魚台もほぼ未知の領域であ
った。未知の釣魚台の僅有(きんいう)の情報を、未知の花蓮とともに末尾に附録する。
あたり前である。それを断章(だんしゃう)取義して西太平洋侵略を企てる人々に、我々
は決して迎合してはならない。


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