香港国安法の次の標的は台湾  謝 長廷(台北駐日経済文化代表処代表)

 本誌8月17日号で、亡くなられた李登輝元総統が、香港が中国に返還される1年以上前の1996年1月、台湾を訪問したイギリスのサッチャー前首相に「台湾が一国二制度を受け入れることは絶対にない」と述べていたことを紹介した。

 本年6月30日、一党独裁の中国共産党政権は全国人民代表大会(全人代)で「香港国家安全維持法案」を全会一致で可決するや習近平主席が署名し、午後11時、公布と同時に施行した。

 7月1日付の産経新聞1面トップは、スミベタ白抜きの文字。まるで訃報を伝えるかのように「香港は死んだ」という大見出しを打ち、「23年前の7月1日に始まった『一国二制度』の香港は、死んだ」と報じた。

 米英をはじめ多くの国が案じ、多くの識者が指摘したように、香港から司法の独立は消滅し、香港から人権や言論・集会の自由が奪われた。

 台湾の駐日台湾大使に相当する謝長廷・台北駐日経済文化代表処代表は、この香港国家安全維持法の狙いや対処法などに関して、産経新聞論説委員で特別記者の河崎眞澄氏のインタビューに「共産党に不利な言論を海外も含めて封じ込めようとしている。次は台湾がターゲットになる懸念も排除できない」「最大の問題は国安法の解釈権が中国にあり、海外から訪れた人であっても身柄拘束ができることだ」と答えた。

 謝長廷代表は亡くなられた李登輝元総統と親しく、駐日代表として日本に赴任する直前にご自宅を訪れてしばし懇談し、2018年6月22日から25日に李元総統が沖縄を訪問した際も、謝代表は来沖前日の21日から沖縄入りして全行程に同行、那覇空港から帰台される李元総統を見送ってから帰京している。那覇空港の貴賓室ではお互いに日本語で話し、李元総統が大使のなすべき要諦を伝授するなどとても親密な間柄だった。

 インタビュー最後の質問として李元総統が亡くなったことについて「自由と民主を求める国際社会にとっても損失」と答え、民主と独裁の違いについて言及している。

 下記に産経新聞の本日(8月19日付)紙面とインターネット「サンケイビズ」に掲載された記事を組み合わせ、謝長廷代表へのインタビュー全文を紹介したい。

—————————————————————————————–国安法 次の標的は台湾  台北駐日経済文化代表処 謝長廷氏【産経新聞:2020年8月19日】https://www.sankeibiz.jp/macro/news/200819/mcb2008190500004-n1.htm

 中国が6月に香港で施行した国家安全維持法(国安法)を根拠に、自由を求める民主派への弾圧をエスカレートさせている。香港で反中論陣を張っている報道機関のトップや、23歳の女性学生リーダーまで逮捕された。香港は対中ビジネスのゲートウエーで、日本にとっても台湾にとっても重要な拠点だが、国安法の影響が懸念される。台湾の駐日大使に当たる台北駐日経済文化代表処の謝長廷代表は、「日本と台湾は対中ビジネスで国際協力とリスク分散を」と訴えている。(聞き手 河崎真澄)

── 国安法の狙いは何か

「香港で相次いだ選挙制度の民主化要求や規制強化への抗議デモに対し、『一国二制度』による香港の法体系を強引に飛び越え、民主勢力に打撃を与えようとした。また、新型コロナウイルス問題や大規模な水害による経済低迷、共産党内部の権力闘争など、国内問題への批判をそらす共産党の伝統的な政治手段だ」

「国安法違反容疑で香港紙、蘋果(ひんか)日報の創業者、黎智英(ジミー・ライ)氏や女性活動家の周庭(アグネス・チョウ)氏が相次ぎ10日に逮捕され、その後、保釈された。その報道映像を見て、民主社会に暮らすわれわれはみな胸を締め付けられ、憤慨したはずだ」

「ただ国安法には香港人のみならず、香港に永住権を持たない人物にも適用する条文がある。共産党に不利な言論を海外も含めて封じ込めようとしている。次は(習近平指導部が『一国二制度』の受け入れを迫る)台湾がターゲットになる懸念も排除できない」

── どう対処していくか

「1997年の返還から50年間、香港に保障された高度な自治など『一国二制度』の枠組みを(国安法制定で)破壊した中国に対して、『国際ルールを守らない国』との共通認識が世界の民主国家に広がった」

「台湾は香港からの移民受け入れ準備を進めているほか、防衛力の強化など対策を取るが、香港や台湾のような“被害者”だけで対抗することは難しい。第三者の力を借りなければ防ぎきれない。日本や米国の支援が必要だ」

── 日本に何を求めるか

「台湾と日本の間に外交関係はないが、感染症や災害など人々の安全対策で交流拡大を急ぎたい。日本は台湾にとって隣の国だ。万一、台湾が中国の手に落ちたら、日米とも中国と(地政学的に)直接、対決せざるを得なくなるだろう」

「中国ビジネスのために政治に口を挟まないという人がいる。だが、中国では政治と経済は切り離せない。見て見ぬふりをする人がいるならば、間接的に共産党政権を手助けすることになる。人権や法治の基本原則を改めて考え、共産党の本質を認識すべきだ」

── 香港の経済的な地位はこの先、どう変化するか

「『一国二制度』が保障されていた香港は、英国時代からの法治の基礎があった。だが国安法施行で米国は、中国本土と区別して香港に適用してきた優遇措置を取り消した。香港に進出している台湾や日本の企業にどのような影響を与えるか、不当な執行がないかなど注視する必要がある」

「最大の問題は国安法の解釈権が中国にあり、香港でも共産党政権の裁量で際限なく、海外から訪れた人であっても身柄拘束ができることだ。香港への往来が安全でなくなる。さらに香港内でもインターネット環境の制限や通信の監視が心配される。ビジネス上で大きな障害になるだろう」

── 対中進出への影響は

「国安法の不透明な執行問題に加え、中国の武漢を感染源とする新型コロナウイルス感染拡大で、産業の国際サプライチェーン(供給網)における中国への過度な依存リスクを国際社会が改めて認識し始めた」

「台湾は2年前に米中貿易摩擦の深刻さから、対中進出した台湾企業に台湾への回帰か、中国からの撤退を奨励した。既に193社が台湾に戻り、総額約7773億台湾元(約2兆8000億円)の投資を行い、約6万4000人の雇用を創出した。日本政府も同じく本国回帰策を奨励している。台湾と日本の企業は数十年にわたる幅広い協力関係がある。国際サプライチェーンのリスク分散でも互いに力を合わせられる」

── 日本と縁の深かった李登輝元総統が亡くなった

「台湾の民主化に大きな功績のあった李登輝元総統の逝去は、自由と民主を求める国際社会にとっても損失だった。だが、独裁社会と異なるのは、一人の偉人が亡くなっても民主制度そのものは継続し、発展することだ。独裁者一人に頼る社会とは根底から違う」

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謝長廷(しゃ・ちょうてい)台湾大法律学科在学中、司法試験に合格。京都大大学院で法学修士号。台湾で弁護士を経て、立法院(国会)議員、行政院長(首相)を歴任。政権党の民主進歩党主席(党首)も務めた。2016年から現職。1946年台北市生まれ。74歳。

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