詳報 米中経済安全保障調査委員会の緊迫感ただよう年次報告書

 本誌11月19日号で、11月17日、米国連邦議会の諮問機関である「米中経済安全保障調査委員会」(USCC:U.S.-China Economic and Security Review Commission)は議会への年次報告書を発表したことをお伝えした。

 産経新聞の「中国軍が台湾侵攻の初期能力を確保した可能性を示し、米通常戦力による抑止が困難と警告。また、中国が『限定的な核兵器先制使用』という新戦略を進めていく可能性にも言及した」などと内容を紹介する記事も併せて掲載した。

 今回の米中経済安全保障調査委員会の年次報告書は、これまでに見られないような緊迫感があり、さらに詳しいレポートを紹介したいと思っていたところ、昨日の産経新聞が1面から3面にわたる長文のレポートを掲載した。下記にその全文をご紹介したい。

 なお、11月19日号でも言及したように、この米中経済安全保障調査委員会は、2000年10月、上下両院の共和、民主両党議員が指名する12人の専門家の委員を中心に、米中経済関係が米国の安全保障に及ぼす影響を精査して政府と議会に政策勧告することを目的に設立されている。共和党と民主党がメンバーを選出するため、その年次報告書は米の与野党の共通認識を反映すると言われ、議会への影響力は大きい。

 今回の報告書も、中国の軍事経済情勢に関する最新の情報はもとより、米国が認識している最新の中国分析を提示しており、日本や台湾など「自由で開かれたインド太平洋」戦略を共有する国々にとっても、中国の軍事経済情勢の分析に大きく寄与するものと思われる。

—————————————————————————————–米、党派超え中国最大警戒 議会報告書を読み解く【産経新聞:2021年11月23日】https://www.sankei.com/article/20211123-5JOFAAES6RL4PN3AQJ26ETXDPU/?261158&KAKINMODAL=1

 米議会の諮問機関「米中経済安全保障調査委員会」が17日に発表した中国の最新の軍事経済情勢に関する年次報告書(約550ページ)は、中国の核を含む戦力増強がインド太平洋での米国の優位性と抑止力を揺るがし、中国による台湾侵攻や、米同盟国との紛争を誘発しかねない?負の連鎖?を警告した。報告書は地域における抑止力の堅持と同盟国による協力の必要性を提言。米国で党派を超えた対中危機意識がかつてなく高まっていることを印象づけた。(ワシントン 渡辺浩生)

◆台湾侵攻能力は予想以上

 「中国人民解放軍の数十年にわたる組織的な近代化は台湾海峡における軍事バランスを変え、中台間の抑止を危険なほどに弱めた」。台湾に関する章には書き出しから危機感がにじんでいる。中国の侵攻を阻止する米国・台湾の対中抑止力に危うさがあると今回初めて指摘した。

 報告書は続ける。「今日、人民解放軍は台湾を侵攻する初期段階の能力を確保、あるいは獲得しようとしている」。これも前回にはなかった指摘である。中国指導層は「2020年」を軍が侵攻能力を確保する上での重要な節目としてきたという。

 特に安全保障の専門家を驚かせたのは、人民解放軍の台湾上陸能力の予想以上の進展だ。初期段階での部隊上陸能力は2万5千人以上。民間船を軍事作戦に動員する能力によって追加部隊の迅速な上陸も可能になると予測した。

 武力侵攻は中国指導層、軍にとり依然として高リスクの選択肢。それゆえ作戦の成否は「サイバー攻撃、ミサイル攻撃、空中・海上の封鎖による台湾の防衛部隊の孤立・撃退」と「米軍介入を遮断する接近阻止・領域拒否」の2つにかかっていると分析。裏返せば、人民解放軍は約20年間、この作戦成功に不可欠な戦力の構築を一貫して進めてきたといえる。

 それでも中国側に犠牲や代償が大きすぎるとして攻撃を思いとどまらせる能力が「中台間の抑止」である。だが、米国の通常戦力だけではもはや「抑止は不確かになってきた」という現実を報告書は指摘する。

◆「戦略的曖昧さ」マイナス

 軍事介入の意思を事前に明確にしないという米国の台湾関与策の「戦略的曖昧さ」が、対中抑止にマイナスに働くリスクにも言及した。中国指導層がこの「曖昧さ」を「中国の機に乗じた攻撃が米国の決定的な反応を招くものではない」と解釈すれば、米国の「抑止策は失敗だ」と断言した。

 抑止には無論、台湾側の防衛努力が大前提である。しかし、報告書は「過去数十年間の軍事への過小投資のつけで台湾は重大な課題に直面している」と米側の不安を言い表してもいる。

◆10年で戦略ミサイル対等

 米議会の諮問機関「米中経済安全保障調査委員会」の報告書は今回、中国の核戦力に関する項を新設した。1960年代に核保有国となった中国が過去最大規模の戦力増強を進め、米側の核抑止力を揺るがしているからにほかならない。

 折しも国防総省が今月発表した年次報告書は、中国が約10年後の2030年までに少なくとも千発の核弾頭を保有する可能性を指摘。中国の核戦略の行方に対する米側の危機感の高まりを裏付けている。

 今回の調査委の報告書は、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の地下格納庫(サイロ)増設や核弾頭の備蓄増大に加え、米国の攻撃を阻止する早期警戒、ミサイル防衛、迅速な報復に不可欠な情報・監視・偵察(ISR)の能力を人民解放軍が強化させていることを指摘した。さらに、地上発射型の戦略ミサイルの数において、30年までに中国は米国と「対等」になる可能性を予測した。

 こうした質量両面の核戦力増強の根底には「習近平国家主席の強国への野心」があるとする。中国の核戦略は、敵国の核攻撃に対する報復に最小限必要な核戦力を維持する「最小限核抑止」からすでに逸脱しており、「限定的な核兵器の先制使用という新戦略」を採用する可能性にも言及した。

 その結果、米国にとっては「新たなリスクと政策立案上のジレンマ」が生じている。インド太平洋における通常戦争が核兵器の応酬に至る危険性が高まり、米国の核抑止力を同盟国に広げる拡大抑止にもひずみが生まれるためだ。

 「対米核均衡」が中国の念頭にあるのは明白であり、米国と「対等」な2つの核武装敵国(中露)と同時に対峙する事態に迫られているとも警告した。

 報告書は、「核の影」という新たな事象にも言及する。中国指導層が核戦力で米国の介入を阻止できると確信すれば、米国の同盟国やパートナー(日本や台湾)を抑圧したり、紛争を仕掛けたりする誘因となりうる。つまり、増大する中国の核兵器の存在は、米国の同盟国に恐怖の「影」を落とすのだ。

 中国の台湾侵攻計画と核戦力増強は密接に結びついているといえるだろう。

◆アルゼンチンに宇宙基地

 報告書は、中国が影響力を強める地域として中南米とカリブ海諸国を分析している。中国は一次産品や鉱物資源の供給網確保といった経済的利益だけでなく、中国外交への支持獲得や台湾の孤立化、軍事関係の強化など政治や安全保障上の目的を地域で追求していると指摘した。

 アルゼンチンに人民解放軍が運用する宇宙追跡基地を設置するため、経済的・政治的影響力を駆使した事例を挙げている。軍民両用が可能な港湾などのインフラ整備や宇宙計画の支援により、「中国は将来的に軍事的存在を一段と強化する立場にある」と警告した。

 中国政府が支配を強めている国内の民間部門や資本市場に米国の技術や投資が流れ込むことについても、報告書は「安全保障のリスク」として警戒を強める。

 中国指導層は、海外の投資マネーを新技術開発に呼び込み、軍事部門の近代化に役立てる上で、上海や深[土川]の株式市場を「中核的手段」と位置付けているという。「米国の資本や専門知識が無意識のうちに、中国の軍事力強化や人権弾圧に使われかねない」とし、中国の「軍民融合戦略」に米政府の監視も追いついていないと指摘した。

◆緊急措置など32項目提言

 調査委は計32項目の政策提言を議会に行った。中でも「米軍の抑止力の信頼性強化」「台湾関係法上の義務を果たす能力の維持」に向けては緊急に措置を講じるべきだとした。

 まず、インド太平洋地域に対艦巡航ミサイルと弾道ミサイルを重点配備する。次に米インド太平洋軍による東・南シナ海での情報・監視・偵察活動を強化し、ミサイル防衛網を含めたインド太平洋地域の米軍基地を強固にするよう求めた。

 調査委はこのほか、中国の核戦力増強に対し、(1)米戦略核兵器の優位性の後退を防止(2)中国の戦域(中距離)核兵器の質量での優位に対処(3)オバマ─トランプ時代の核近代化計画を継続実行するよう政権を監督─といったことを提案した。

 政権が策定中の新核戦略指針「核体制の見直し(NPR)」に関しては、米国の核体制が核戦力増強を続ける中露に対して十分な抑止力を維持しているかを検証する独立委員会の設置を要求した。

 こうした提案内容をめぐっては同盟国・日本の協力も重要となる。調査委は「同盟国とパートナーが米国の中距離戦力や他の戦力を受け入れるよう検討を進める対話」も提言した。

 調査委のバーソロミュー議長はオンライン会見で「中国共産党は、世界秩序をめぐる米国や他の民主主義諸国との数十年に及ぶ競争にあると自認していたが、今年に入り競争を対決にエスカレートさせようと誇示するようになった。提案が米国と同盟国・パートナーの利益を守る立法行為に生かされるよう望む」と話した。

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