それが、輸出入とも最大の比率を占める中国ファクターの低減であり、同時に新南向政策を推進することだった。政権発足より2年目を迎え、その政策は確実に前進しているようだ。
本誌では、台湾経済が復調しているのかどうか、失業率や経済成長率、株価、輸出入額、実質賃金など様々な経済指標を紹介してきているが、昨年の経済成長率は2.6%、輸出受注は過去最高の4828億米ドル、輸出額も過去7年で最大の伸び率の3174億米ドルと改善していることを紹介し、失業率も行政院主計総処が2月26日に発表した1月の失業率は3.63%で、これは2001年1月の3.35%以来のほぼ17年ぶりの低さとなったことも紹介してきた。台湾経済が回復傾向にあることはもはや疑えない。
やはりそのポイントは、蔡英文政権で国策顧問をつとめる元第一銀行頭取の黄天麟(こう・てんりん)氏が指摘しているように中国との関係で、「中国との関係を断ち切りさえすれば、台湾は自由な経済体として飛躍することができる」と指摘していることも紹介したことがある。
産経新聞の元台北支局長やワシントン支局長を歴任し、現在、フジサンケイビジネスアイ編集長をつとめる山本秀也(やまもと・ひでや)氏も「蔡政権の経済運営は、堅調な回復に復帰したことで正当に評価されるべきだろう」と指摘している。
そして、日本の対応について「日台の企業連携は意義を失ったのか。むしろ、中国での労働力不足や習政権下のカントリーリスクを前に、日本は新南向政策と同じ方向をみているように思われる。日台の企業連携の可能性は、新たなステージを迎えたのではないだろうか」と、日本企業は台湾企業と連携して共に「新南向政策」に協力し、新たな日台経済協力を構築してはどうかと提案している。
時宜を得た提案だろう。日本も台湾と同じように「中国との関係を断ち切りさえすれば、自由な経済体として飛躍することができる」のではないだろうか。
なお、記事の見出しは「台湾経済と『新南向政策』 新たな日台協力の構築を」だったが、「蔡英文政権の経済運営は正当に評価されるべき」としたことをお断りしたい。
—————————————————————————————–台湾経済と「新南向政策」 新たな日台協力の構築をフジサンケイビジネスアイ編集長 山本秀也【産経新聞:2018年3月4日「日曜経済講座」】http://www.sankei.com/premium/news/180304/prm1803040021-n1.html
戦後の台湾史を振り返ると、経済成長の維持は台湾海峡の安全を支える重要なファクターであった。1990年代以降、貿易・投資を含む中台交流が広がる中で、台湾の政権は大国化した中国との「距離感」を軸に政策のかじを取っている。ここでは蔡英文政権(民主進歩党)の経済運営を検討し、併せて日台の経済連携を考えたい。
まずは概況をみよう。行政院(内閣)主計総処は、今年の実質域内総生産(GDP)が前年比2.42%増に達するとの見通しを示した。昨年11月の予想(2.29%)を0.13ポイント上方修正する内容だ。
むろん、これはGDPの伸びが5〜10%に達した10年ほど前の状況と比較できる水準にはない。だが、中国との協調路線を強めた馬英九前政権(中国国民党)は、政権末期の2015年に1%を割り込む低成長に陥っていた。
この「惨状」を引き継いで、16年に発足した蔡政権の経済運営は、堅調な回復に復帰したことで正当に評価されるべきだろう。蔡政権を「台湾独立派」とみて、中国が団体観光客の訪台抑制など台湾の足を引っ張った事実を踏まえればなおさらだ。
では、その成長の中身はどうか。まず内需だ。主計総処の示す民間消費は蔡政権下で2%水準を維持。蔡氏が総統就任から「雇用情勢の改善」を訴えてきた結果、17年の失業率が01年以来の低水準となる3.76%にとどまったことも消費のプラス要因だ。
消費とともに内需の柱となる投資については、半導体分野などで民間の設備投資が弱含みとみられている。
行政院は17年3月に「前瞻(ぜんせん)基礎建設計画」と呼ばれる社会基盤(インフラ)の大規模整備計画を承認し、計画傘下のプロジェクトに民間投資を呼び込む構えだ。計画は、かつて蒋経国総統が主導した「十大建設」などのインフラ整備に匹敵するとされる。
ここまで台湾経済の堅調な回復を支える基礎部分をみてきた。18年の展望として台湾当局は内需主導の成長を期待しているが、足元の実績である17年については、明らかに世界経済の回復を受けた外需の貢献が大きかった。
戦後の台湾経済は、中国大陸と隔絶された環境で、日米を主な貿易相手に成長を遂げてきた。安全保障と相まって、これまで外需依存は台湾経済の基礎的要件でもあった。
今日の問題は、政治的に対立する中国が輸出入とも最大のパートナーであるという矛盾に尽きる。その比率はグラフに示した通りだ。蔡政権との対話を中国の習近平政権が拒む緊張状態でも、17年の輸出では中国が28%を占めて相変わらず1位である。
台湾海峡の「現状維持」を掲げる蔡氏が、台湾経済に占める中国ファクターの低減を図ったことは、当然の判断だった。内需拡大に加え、貿易・投資の軸足を中国から東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国などに分散する政策を早期に打ち出した。「新南向政策」である。
同様の着想に基づく「南向政策」は、中国と距離を置こうとした李登輝、陳水扁の両政権が既にとってきた。蔡政権での新味は、ASEANからインド、オーストラリアなど政策対象を18カ国に拡大した点などにある。
国民党系の政策専門家は、「大陸(中国)でのリスクヘッジを図る南向政策なら国民党が先にやった話だ」と語る。中国政府は「経済発展の規律に反する単純な政治判断だ」とはね付けている。
過去の南向政策が、台湾経済をどれだけ中国の「引力」から切り離す政策効果を生んだのかは、結果として疑問だ。蔡政権では、総統府で政策の旗振り役だった部署が今年看板を下ろし、他の部局に業務を引き継いでいる。
それでも、政策は「アジア太平洋の台湾」というアイデンティティーを模索する蔡政権にとり、経済政策の枠組みを越えた意味を含む。
翻って、日本の対応はどうだろう。良好とされる日台関係だが、貿易・投資の推移からは00年代半ばを境に日台の経済関係が「縮小傾向に転じた」と専門家は指摘する。
他方、日本企業には、中国進出のため言語や文化に通じた台湾企業と提携する動きがこれまで出ていた。それも中国の賃金上昇などで、日本企業の対中進出意欲が後退する状況に見舞われている。
では、日台の企業連携は意義を失ったのか。むしろ、中国での労働力不足や習政権下のカントリーリスクを前に、日本は新南向政策と同じ方向をみているように思われる。日台の企業連携の可能性は、新たなステージを迎えたのではないだろうか。