【4月15日 フジサンケイ ビジネスアイ】
http://www.business-i.jp/news/china-page/news/200804150041a.nwc
■指導者は現場を見ろ、日本人の一人として奮闘せよ
日本の若者に台湾を通じて世界を見つめ直してもらう「日台文化交流 青少年スカラ
シップ」(フジサンケイ ビジネスアイ、産経新聞社主催、台湾行政院新聞局共催)は
今年、第5回を迎えた。10 〜20代の若者から作文など4部門で1101点の応募があり、こ
のうち優秀賞の受賞者など17人が6日間の研修旅行を贈られ、台湾を先月訪れた。一行
が訪問した李登輝前総統は、日本や台湾の将来、中国との関係などについて幅広く、流
暢(りゅうちょう)な日本語で若者たちに語って聞かせた。
(河崎真澄)
◇ ◇
台湾の李登輝です。みなさんは(今回の研修旅行で1泊の)台湾家庭でのホームステ
イを経験したと聞いた。ホームステイは一番いい。自分と関係のない家に住み、その家
の人たちに私とはこういう人間だと生活を通して話したり、場所によっては、今でもト
イレや風呂もないような台湾の家庭を知ることができる。
昨日(3月27日)、実は今回(3月22日)の選挙で総統に当選した(野党国民党の)馬
英九氏が訪ねてきた。私が馬氏に敬服しているのは、彼が選挙前に(台湾の中部や南部
で)99日間のホームステイをしたことだ。彼は(香港出身で)台湾生まれではないが台
湾の総統になりたい。ならば台湾人の家に住み込んで「私はこういう人物だ」と了解し
てもらう必要がある。
この考え方は間違えてはいない。まだまだ貧しい家庭も多く、苦しんでいることを知
らねばならない。
最近、「最高指導者の条件」(PHP研究所)という本を私は日本で出版したが、そ
の中で「現場を見なさい」と書いた。馬氏にも話したが、自分とは異なる環境で、人々
はどう生活しているのか見なければならない。自分の目で見ることが、台湾と日本を将
来、強く結ぶにどうすべきか考えるために、欠かせない。
指導者には何が求められるか。組織を作り上げるには、危機に対応する現場主義(が
必要)。現場が分からないと。東京で法律つくって、これで正義をやってるというのは
間違いだ。民主政治では国民の細かい事情を知らねばならない。
◇ ◇
日本は戦後六十数年、非常に進歩した。私の最近の3回の訪日の感想だ。(終戦を迎
えた)昭和20(1945)年8月15日に私は名古屋城にいた。(旧日本軍の)見習い士官だ
った。あれだけ爆撃を受け焦土と化した日本を見た。そこから立ち上がり、世界第2位
の経済大国を作り上げた。
民主的な平和な国として世界各国の尊敬を受けることができた。その間における人々
の努力と指導者に敬意を表したい。同時に日本文化の優れた伝統が、進歩した社会の中
で失われていなかった。私は田舎を回ってきた。岡山、倉敷、そして名古屋、金沢、石
川、昨年は仙台から山形、秋田へと、奥の細道も歩いた。
みなさんは気づかないだろうが、外国から来るとこんな田舎まで、ゴミひとつ落ちて
いない(ことは驚きだ)。長い間、伝統的に培われた日本人の考え方であり、国を愛す
ると同時に村を愛する、自然を愛するという精神に結びついた。
旅館も、新幹線も、仕事に従事する日本人の真面目さ、細やかさをはっきりと感ずる
ことができる。社会秩序はきちんと保たれている。精神的に高い日本文化を日本人はも
っている。日本の精神は「武士道」に起源があると私は感じる。
◇ ◇
だが、いまの日本に何かが欠けている。これを取り戻す必要がある。さもなくば国際
的に日本は強い国になれない。まず第一に私がいう「私は誰だ?」という問題。私は人
間だが、人間の生命には限りがある。
みなさんは倉田百三の戯曲「出家とその弟子」を読みましたか。そこに出てくる考え
方の基本は、死を迎える前に、生きている間に何をすべきかという問題がある。生きて
いる間に自分の精神を高め、自分以外の公共のために努力しなければいけない。これが
公(おおやけ)の精神だ。自分さえよければという考え方が若い人に広がっているが、
日本人の一人として奮闘すべきだ。
私は台湾のために奮闘している。私は「私(わたくし)」ではない私。公のために奮
闘する私だ。日本の指導者にその精神が欠けていないか。
◇
【プロフィル】李登輝
り・とうき 旧制台北高等学校から京都帝国大農学部に学び、戦後、台湾大卒。米コー
ネル大で農業経済学博士号。台湾大教授時代に蒋経国元総統の求めに応じて政界入り。
台北市長や台湾省長などを経て1984年に副総統。88年に蒋氏死去に伴い総統昇格。自ら
導入した総統直接選で当選し2000年まで総統職にあった。一党支配時代の国民党の政治
体制や社会構造を内側から変えた「台湾民主化の父」。85歳。台北生まれ。
写真:3月28日、台北県淡水の台湾総合研究院を訪ねた17人の「第5回日台文化交流 青
少年スカラシップ」の参加者に2時間にわたって語りかけた李登輝氏(右)(田
中靖人撮影)