若者たちよ(3) 李登輝・台湾前総統

「第5回日台文化交流青少年スカラシップ」講演から

【4月17日 フジサンケイ ビジネスアイ】
http://www.business-i.jp/news/china-page/news/200804170041a.nwc

■「中華」とは異なる民主体制、台湾人アイデンティティー

 「中華」とは何か。定義が難しいが、中国は(世界の)中心にある「華」だといい、
中国人は「大中華帝国」ととらえている。しかし、あの国(中華人民共和国)には人権
がない。皇帝がすべて。中国は5000年の歴史と言うが、(現在も)古いしきたりにとら
われており、中国人の考え方にあまり変化はない。皇帝が権力を握って財を集めては周
囲に脅威を与える。

 文字や歴史的な発明など独特の文化があり、自分の国が最も偉いと思っているのが
「中華」の意味。台湾は清代に「化外(けがい)の地」と呼ばれていた。では私(李登
輝氏)は何人か。(日本統治時代の台湾に生まれ)22歳まで日本国籍。京都帝国大学に
進み、軍に入って陸軍少尉にまでなった。戦後はどうか。(台湾人としてのアイデンテ
ィティーに)まったく苦しんでいない。

                    ◇

 しかし台湾が歴史に登場して400年ほどしかない中で、長らく外来政権に治められて
きた。被支配民はどのように主人になって国を作るか分からない。(3月22日の総統選
挙で台湾本土派で落選した)民主進歩党の謝長廷氏の得票率は約41%。台湾で最近行わ
れた調査で「私は台湾人だ」と答えた人が40%と、ほぼ一致した。私は「台湾人」だと
の意識をもつ人が70%近いと思っていたが、実際は40%に落ちてしまった。私は悲しい
気分になった。

 台湾人主体の体制。台湾のために奮闘する。民主化する。私は(中国大陸から戦後、
台湾に移ってきた外来政権の)中国国民党の中にあって、主席、総統という立場で民主
政府に変えてきた。自分たちで自分の国をどう作るか。台湾人はまだ大いに勉強しなけ
ればいけない。台湾人が自分なりの精神を持つまで時間がまだかかる。私の悩みだ。

 いかに早く台湾人が自主的な考え方、主体性をはっきりと持ち、民主化を深める努力
をするか。「公(おおやけ)」のために一生懸命努力することが台湾人にも大切だ。

                    ◇

 台湾の状態も今年、変わった(3月の総統選挙で8年ぶりの政権交代が決まった)。国
民党の馬英九氏が総統選挙で勝って、台湾は中国に統一されてしまうのではないか、と
心配する人が日本にも大勢いる。だがその考え方は打ち消さなければいけないな。一部
の考え方にだまされている。

 中国はいま、台湾を飲み込む計画も力もない。自分自身(中国)が大変だ。そういう
中国の状態を知らないから(心配する)。産経新聞とフジサンケイビジネスアイが載せ
た(3月26日付「中台統一」加速はない、との内容の)私のインタビュー記事は大きな
影響がある。内容に私が責任を取るよ。怒られるのは私だけだ。(中台の問題について)
こわごわとせず、大きな気持ちでハッキリ発言なさいと、福田(康夫)首相には伝えて
くださいよ。

                    ◇

■揺るぎない現実派 新時代の「台湾人」へ

 戦前から台湾に住む本省人(台湾籍)と中国大陸から戦後渡ってきた外省人(中国
大陸籍)とに大きく分けられる群族(エスニック)はこれまで、総統選挙や立法委員
(国会議員)選挙のたびに対立し、逆に溝を深める場面も生んできた。台湾世論が大き
く2つに分かれる現象を、地元誌は「香港は『一国二制度』だが台湾は『一島二国』だ」
と揶揄(やゆ)した。

 だが、李登輝前総統は2005年10月の訪米時、ワシントンでの講演で、台湾は台湾以外
から渡ってきた時期や省籍(祖先からの出身地)の異なる群族が共存する社会だが、台
湾に暮らして根を張る人すべてが「新時代の台湾人」になるべきだと述べた。一部の政
治家や中国が、群族間対立や内部分裂を煽っていることに危機感を示し、台湾の人々に
団結を求める主張だ。

 群族間の認識の違いや迫害を受けた負の記憶は簡単には埋められないだろう。李氏は
それを十分に承知しながらも、人口13億人の中国大陸から政治的にも軍事的にも脅威を
受け国際政治面でも弱い立場にある台湾が、人口2300万人の中でアイデンティティーの
混乱を続けることは得策ではなく、「分裂」は国際社会に誤ったシグナルを送ることに
なると考えた。まず「国家レベル」で優先すべきは「団結」である、と。

 中国などから「独立派」と指弾されてきた李氏が、今回の総統選で最終段階では台湾
本土派の謝長廷氏(民主進歩党)支持を決めながら、中国国民党の馬英九氏(香港出身)
が当選した後、インタビューで馬氏に「一党支配をもって民主化を進めるべきだ」と注
文を付けたことなどに“姿勢の変化”を指摘する声もあった。しかし、群族対立に今度
こそ終止符を打ち、台湾の置かれた状況を直視して将来を見つめ直すべきだという「現
実派」の李氏の信念は揺るぎない。さまざまな批判を覚悟で李氏は現実路線を訴えた。
                                 (河崎真澄)

写真:日本人の中台統一への心配を打ち消さねばならないと語る李登輝・台湾前総統(長
   谷川周人撮影)



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