直視すべき 台湾・朝鮮半島情勢  加藤 良三(元駐米大使)

【産経新聞「正論」:2020年9月8日】

 コロナ禍によって世界中至る所で多くのことが不確実性を増しているが、そういう時であればあるだけ「変わるもの」、「変わらないもの」、「変わるべきもの」、「変わってはならないもの」の見極めが重要になる。

◆不変の日米同盟の実効と信頼

 変わってはならないものは例えば日本の防衛力強化および日米同盟の実効性・信頼性の高度化の努力であろう。

 だいぶ前に本欄に書いたが、日本は陸地の領土面積こそ約38万平方キロメートルと世界で61位だが、海上保安庁の2011年版海上保安レポートによると、領海と原則200カイリまでの「排他的経済水域」(EEZ)を合わせた面積は世界第6位である。四面環海の列島国家であるが故の恩典だが、モンゴルなどの内陸国家から見ると羨(うらや)ましい限りだろう。

 羊は見たところ丸々ふっくらとしてかわいらしい動物であるが、毛を刈られた(シアリング)後はあわれで貧相な動物である。

 日本列島の中の小島を漸次奪取された暁には日本は毛を刈られた羊のような姿になるだろう。小なりといえども一つ一つの島を守る努力は日本が強い国と願う以上、ゆるがせにできないことだろう。

 近年南シナ海、東シナ海、台湾、尖閣諸島近海における中国の軍事動向や韓国・北朝鮮の動向に細心の注意を払い、即応態勢に遺憾無きを期すべきゆえんである。

 1969年11月21日の佐藤・ニクソン共同声明は沖縄返還を確定した歴史的文書だが、アジア・太平洋地域全般に係る日米双方の安全保障情勢認識を示すものとしてもいまなお意味のある文書だ。

◆有事に前向き対応を「予諾」

 共同声明第4項において佐藤栄作首相は「…韓国の安全は日本自身の安全にとって緊要である」、そして「台湾地域における平和と安全の維持も日本の安全にとってきわめて重要な要素である」と述べている。

 やや専門的になるが、朝鮮半島有事や台湾有事の際に米国から米軍が直接戦闘行動に発進するための在日米軍基地の使用について「事前協議」があった場合、日本は「前向きに対応する」ことを「予諾」したものと広く受け取られている。(ただ、日本政府はそのような事前協議に対して国益を踏まえて諾否を判断する。すなわち、イエスもあればノーもあるとの公式の立場を変えていない)

 69年といえば冷戦華やかな頃であり、ソ連の影響力が朝鮮半島全体に及ぶことが懸念された時代であった。冷戦終了後30年の今日「釜山に赤旗が立つ」うんぬんの状況にはもはやないだろうが、朝鮮半島の帰趨(きすう)が日本に及ぼす影響には引き続き最大限の注視が必要である。

 一方、台湾の記述は今日もそのまま当てはまるように思われる。日米間の協議を通じて以上のような点で日米間に認識の共有が確保され続けることが重要だ。

 仮に台湾に日米に敵対的なレジームが生まれた場合、中東から日本に至る長大なシーレーンの安定は甚大な影響をこうむることは必定であろう。日本のみならず米国にとっても日本の基地から中東への兵力展開が制約を受けるという重大な問題が生じよう。

 沖縄県の尖閣諸島について中国は70年頃からその領有権を主張しだしたが、その論理は端的にいえば、「尖閣諸島は中華人民共和国の不可分の一部であるところの台湾の不可分の一部である」ということである。故李登輝元総統は一部台湾内にある「尖閣諸島の領有権は台湾にある」との議論が表面化するのを封じ込め、現民進党政権も李登輝路線を踏襲しているとみられるが、今後の台湾内の政治動向いかんによっては台湾が尖閣諸島の領有権を改めて正面から主張し出す可能性もあると見ておくべきである。

◆台湾関係は敬意と細心の注意

 ことほど左様に日本は台湾との関係を相手に対する敬意と細心の注意を以(もっ)て手堅く進めていく必要がある。法治国家たる日本は日中間の国際約束を順守すべきだが、台湾への抑制過剰な対応を以て中国への免罪符と心得る行動や発想は見識あるものとはいえない。

 軍事の世界は変容を遂げつつあり、領土侵攻などの態様もはなから武力を用いた直接的なものからサイバー、AI(人工知能)、電磁波などを駆使して「白」から「灰色」、そして最終的に「黒」(武力の行使)に至る漸進型になってきているとみられる。

 しかし、日米が結束して領土保全の基本原則にくみし、一方的な現状変更を認めないという姿勢を明確な行動によって不断に示していくことは不確実性を増す世界の状況の中にあって、これまで以上に重要なことである。

 船が大時化(しけ)に遭ったとき、船室に籠(こも)って休もうとすると船酔いが酷(ひど)くなる。船酔いを抑える最善の方法は海が見えるところに立って水平線を見つめ続けることだと聞いたことがある。

 直近のものごとに動じない、原則を踏まえた対応が今ほど求められているときはない。(かとう りょうぞう)

※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。


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