【産経正論】台湾有事への究極の心構えとは

【産経正論】台湾有事への究極の心構えとは 元駐米大使・加藤良三

産経新聞 2021.5.10

 コロナ禍の今後の帰趨(きすう)いかんにかかわらず、日本周辺の安全保障環境は従来以上に緊張をはらむものとなっている。

 朝鮮半島情勢、なかんずく北の核弾頭と中・長距離ミサイル開発の動向は変わらないように見える。近年は中国による台湾統合の動きが強い懸念を呼んでいる。

≪最重視される「事前協議」≫
 台湾周辺や朝鮮半島で一朝有事の事態が生じた場合に日本が武力行使しうる法的範囲は…これまで営々と時間をかけて取り組んだ結果、安倍政権時代に実質的進展があったとはいえ…グローバルな国際相場(国連基準)でも依然特異で強い制約下に置かれている。

 結局、台湾、朝鮮半島有事の事態に「日本の国益」が損なわれないようにするための軍事的行動の主役はアメリカにならざるを得まい。

 アメリカが自ら軍事行動を取るに当たって日本に求める協力で最重視するのは米軍の航空機や艦船が「戦闘作戦行動に直接参加するための在日米軍基地の使用」への日本の同意だろう。

 これがいわゆる「事前協議」と言われる問題の多分核心になる。事前協議の対象にはこのような「基地使用」のほか、1個師団(海軍の場合は1機動部隊)を超える米軍の日本への「配置」と日本への「核の配備」があるが、現実性が高いのは「直接戦闘行動に発進するための基地使用」と思われる。

 ちなみに、日米安保上「事前協議」の「発議権」はアメリカのみが有し、日本は持たない。逆にアメリカは上記3事項は必ず事前に日本に協議してその同意を得てから行動することが義務付けられている。

 日米安保の運用について日米間で自由な協議が随時行われることになっている(第4条の「随時協議」)が、特に重要な上記の3事項については日本の事前同意が前提条件となる。

 事前協議の要請が米側の誰から日本側の誰に行われるかは規定がない。大統領から首相、国務長官から外相、NSC補佐官から国家安全保障局長などアメリカ政府を代表する人間から日本政府のカウンターパートに対して行われる。

 日本政府はかかる事前協議があった場合の回答に、「イエス」もあれば「ノー」もあり、その時の国益を踏まえて個別に判断すると一貫して答弁している(核配備については「常にノーである」と答弁している)。

≪台湾情勢「最も重要要素」≫

 他方、日本政府は1969年11月の沖縄返還に関する佐藤・ニクソン共同声明(第4項)で、朝鮮半島における情勢は「日本自身の安全にとって緊要(エッセンシャル)」、台湾における情勢は「日本の安全にとってきわめて重要な要素(ア・モスト・インポータント・ファクター)」であるとの認識を表明しており、アメリカ側はこれを朝鮮半島・台湾情勢についての事前協議が行われた場合、日本が同意を与えることを予諾したものと受け止めている。先月の日米首脳会談後もこの点は変わっていないと筆者は理解する。

 朝鮮半島情勢はひとまずおいて、仮に台湾に反米・反日のレジームが誕生した場合のアメリカ及び日本にとっての悪影響は甚大なものとなるだろう。それは尖閣の運命にも直結する。シーレーンへの打撃は言うに及ばず、「海洋国家」日本が享受する「排他的経済水域」(EEZ)は劇的に縮小しかねない。

 日本はあたかも毛を刈られた羊のようなか細く惨めな姿になっていく以外ない。日本を哀れむ国々があったとしても憐憫(れんびん)の情はものの役に立たない。

 争いを回避し、基本問題を先延ばしにして対処するのは日本のお家芸であり、それで日本は成功してきたと実感するし、他国にはまねのできない日本独自の「スキル」で過小評価すべきものではないと思っている。

≪必ず来る「真実の瞬間」≫

 しかし、「真実の瞬間」(ザ・モメント・オブ・トルース)はいつか必ず人間にも国にもやって来る。人間も国も「旗幟(きし)」を鮮明にすることを迫られる状況に必ず遭遇する。

 日本は近年意識して「人権」、「人間の尊厳」など「価値」重視の外交を展開して、日本の国の「格」を上げる結果につながっていると感じている。

 「台湾有事」が生じたとして、日本が経済上の利益を犠牲にしても自ら標榜(ひょうぼう)してきた「価値」を守る側に就くか否かは以後の日本に対する国際的評価に決定的影響を与えるだろう。

 もとより何を選ぶのかは民主主義国日本が自らの民主主義の手続きに従って決めることだが、仮に台湾有事の事態となってアメリカから前述の事前協議が行われた際、「イエス」と答えることを躊躇(ちゅうちょ)し、ましてや「ノー」と言う日本が自国民を永く幸せにし、後々憲法前文に言う、「国際社会に名誉ある地位を占める」国になるとは筆者には到底信じ難いことである。(かとう りょうぞう)


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