いまや、タバコを吸い続ければ肺癌になるというのが常識であり定説と言ってよい。厚労省をはじめ、どの病院も医師も「定期検診を怠るな、早期発見・早期治療に努めよ」と声高に叫び、職場検診もさかんに行われている。定期検診、早期発見・早期治療を疑う人はまずいないと言ってよい。
しかし、渡辺氏はこれに逆行し、60歳になったとき、「それまで定期的につづけてきていた肺癌のCTスキャン検査をきっぱりやめた」(『神経症の時代─わが内なる森田正馬』2016年10月、文春学藝ライブラリー)という。
理由は「メイーヨークリニック実験の論文を読んで、その高い実証性に得心させられたからであった」と記す。
この実験は1970年代初期に行われ、万単位の常習喫煙者を、何らかの異常が発見されれば医療的処置を施す「検診群」と、医療的処置を施さない「放置群」に分け、それぞれの死亡者を6年にわたって経過観察する実験だったという。
6年後の総死亡者数は「検診群」で143人、「放置群」で87人。さらに、11年後の観察経過では「検診群」が206人、「放置群」が160人という総死亡者数で、医療的処置を施さない喫煙者に死亡者が少ないという結果だったという。
渡辺氏はまた同書で、冬になれば外界との交流が断たれてしまう豪雪の山村に、公立総合病院をもつ町への道路が開かれたことで、この村の病人数が一気に増えた事例も紹介し、「病は病理的現象であるより前に認知的現実」だとも説く。
このように、渡辺氏は日本の常識や定説をくつがえす医療のビックデータがあることや認知的現実により病が増えることを指摘している。なんとも新鮮な指摘で、渡辺氏と同じ喫煙者である編集子は、これを「目から鱗」と言わずしてなんと言うのかと思わず膝を打った。
渡辺氏は月刊「Voice」新年号から、巻末で「文明之虚説」という1ページの連載を始めた。新年号は「 癌はどういう病か」。またまた呆気(あっけ)に取られるというか、定説をくつがえす目から鱗の指摘をされている。1ページなので立ち読みでもすぐ読み終える。ぜひご一読を。
◆月刊「Voice」1月号 https://www.php.co.jp/magazine/voice/
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渡辺利夫 [わたなべ・としお] 昭和14年(1939年)6月22日、山梨県甲府市生まれ。同45年、慶應義塾大学経済学部を経て同大学院博士課程満期取得。経済学博士(同55年)。その後、筑波大学教授、東京工業大学教授、拓殖大学教授を歴任して同大学長、総長に就任。同27年12月、同大総長を退任し学事顧問に就任。同28年3月、日本李登輝友の会会長に就任。公益財団法人山梨総合研究所理事長、国家基本問題研究所理事、公益財団法人オイスカ会長。第27回正論大賞受賞。
主な著書に『成長のアジア停滞のアジア』(吉野作造賞)『開発経済学』(大平正芳記念賞)『西太平洋の時代』(アジア・太平洋賞大賞)『神経症の時代─わが内なる森田正馬(もりた・まあたけ)』(開高健賞正賞)『新脱亜論』『アジアを救った近代日本史講義』『国家覚醒―身捨つるほどの祖国はありや』『放哉と山頭火─死を生きる』『士魂 福澤諭吉の真実』など多数。