民進党の頼清徳候補の優位はゆるぎそうにない台湾総統選挙

 昨日(9月12日)、台湾の中央選挙委員会は、来年1月13日(土)に投開票が行われる総統選挙と立法委員選挙に関する詳細を発表した。

 有権者数は約1950万人。総統・副総統選の立候補届け出は、11月20日から同24日まで。総統・副総統の候補者は政党の推薦、または署名を集める方法で立候補届け出ができる。

 政党推薦で候補者を立てられる政党は民進党、国民党、民衆党、時代力量の4党。現在、名乗りを上げている候補者は民進党の頼清徳氏、国民党の侯友宜氏、民衆党の柯文哲氏の3氏。

 郭台銘氏も出馬表明したが、無所属で、前回の総統選挙には出なかったので、前回の総統選挙の有権者数の1.5%以上の署名が必要となり、その数は28万9667人だという。9月19日から11月2日まで署名書類の提出を受け付け、署名の結果は11月14日までに公表するそうだ。

 それにしても、郭台銘氏の8月28日の出馬表明を受け、大方のメディアが「野党候補3人がこのまま立候補すれば、票が分散するのは確実で、与党・民進党が優位に選挙戦を進めることになる」と報じたように、世論調査では民進党の頼清徳候補が圧倒的にリードするようになってきた。

 台湾の「美麗島電子報」が9月8日発表した世論調査によると、頼清徳候補は38.8%の支持率で断トツだった。2位は侯友宜候補で21.0%、3位は柯文哲候補で18.4%、4位は郭台銘候補で9.4%だった。2位と17.8ポイントも引き離している。

 台湾民意基金会が8月21日に発表した世論調査では、頼清徳候補は43.4%、2位は柯文哲候補で26.6%、3位は侯友宜候補で13.6%だったから、頼候補のリードは揺るがず、国民党の侯候補が民衆党の柯候補を逆転した格好だ。

 なぜ頼候補の支持率が高くなり、他の候補者の支持率が伸びないのか。ジャーナリストの井上雄介氏が詳しく分析している。井上氏は「台湾の民意がにわかに親中に転じない限り、頼氏の優位もゆるぎそうにない」という見立てだ。下記にご紹介したい。

—————————————————————————————–台湾総統選で飛びぬけた頼清徳氏 「独立色」が争点井上雄介 (ジャーナリスト)【Wedge ONLINE:2023年9月13日】https://wedge.ismedia.jp/articles/-/31435

 2024年1月の台湾総統選挙の各種世論調査で、与党民進党の候補で副総統の頼清徳氏が独走状態を続けている。台湾のネットメディア、美麗島電子報が9月5日から7日に行った世論調査で、頼氏の支持率は38.8%で、最大野党、国民党候補で前新北市長の侯友宜氏は21%、第2野党、民衆党候補で前台北市長の柯文哲氏は18.4%と他を引き離す。若年層の人気が高かった柯氏は、同じメディアの世論調査で当初は25%を超えていたところから低落傾向が止まらず、今回は前回に続いて侯氏にリードを許した。

 8月末に無所属での立候補を表明した、電子機器の受託製造サービス(EMS)世界最大手の鴻海精密工業(ホンハイ)創業者、郭台銘(テリー・ゴー)氏は9.4%で最下位。郭氏は9月初め同社の役員を辞任して、総統選挙に専念している。ただ、国民党の侯氏支持を表明していたため同党から「背信行為」との批判も出ている。

◆訪米も多数が肯定

 8月末ごろから各社の世論調査で潮目が変わり、頼氏が台湾のネットスラングでいう「天井板を上抜けた」状態になった。世論調査で長い間、支持率が動かなかった頼氏が「天井板」の35%を一挙に超えて4割かそれ以上に急伸し、他の2候補は合わせても及ばないほどの差となった。

 世論調査機関の台湾民意基金会が8月21日に発表した総統候補の支持率は、頼氏が43.4%、柯氏が26.6%、侯氏が13.6%。同会のそれまでの世論調査の中で、頼氏の支持率は過去最高。前回20年の総統選挙を前にした、19年8月時点の蔡英文総統の支持率を2ポイント上回った。

 同会は「2024年の台湾総統選挙は新しい局面を迎えた」と指摘。それまでの3候補鼎立(ていりつ)から「一強、一中、一弱」の構造に変化したとの見方を示した。美麗島電子報の9月の調査結果をみると、既に「一強、二〜三弱」になっている。

 また、支持層の内訳にも変化が出ている。同基金会の8月の調査結果では、柯氏が40歳以下の層だと支持率をダントツの1位。40歳以上では頼氏が優勢、侯氏は55歳以上で2位につけた。

 ただ、前回の調査と比べると、頼氏が各年齢層で支持を拡大したが、柯氏が優勢な支持層は45歳以下から40歳以下へとさらに若年化した。侯氏は全年齢層で支持を減らし、特に20〜24歳の層では全滅状態となった。

 8月に頼氏の支持が急伸したのは、同月行われた訪米とその前後の発言が評価されたためとみられる。頼氏は南米パラグアイの新大統領就任式出席のため台湾を出発。8月12日に往路の「経由地」として米ニューヨークに到着。16日には、復路の「経由地」として米サンフランシスコを訪れた。

 ネットメディアの太報によれば、頼氏の8月の南米と米国訪問は、表向きは非常に地味な動きとなった。実際には、非公開で米政府高官や米連邦議会の上下両院議員と会談したもようだ。パラグアイの大統領就任式ではハーランド米内務長官と懇談し写真撮影も行った。

 台湾の専門家によれば、頼氏の訪問に当たって米側は今回、中国を念頭にリスクコントロールを何より重んじた。それでも頼氏に行動の自粛を求めることはなく、歓迎宴の出席やプロ野球の試合観戦は予定通り行われた。今回の訪米を通じ米政府は、一緒にリスクコントロールを行えるパートナーとして頼氏への信頼を強めたという。

◆台湾独立派の払しょくが奏功

 台湾の衛星放送局のTVBSは、頼氏が帰国した8月21日から24日、電話による世論調査を実施。頼副総統の今回の訪問と、ニューヨークの演説で「台湾が安全なら、世界は安全。台湾海峡が安全なら、世界は安全」と述べたことなど、米国での発言について評価を求めたところ、「満足」は37%で、「不満」の20%を大きく上回った。ただ、「分からない」も44%を占めた。

 米ブルームバーグTVとブルームバークビジネスウィーク誌は、頼氏の訪米の直前の14日、独占インタビュー番組と記事をリリースした。頼氏が台湾副総統として国際メディアの取材を受けるのは初めて。

 台湾紙の聯合報によれば、インタビューでブルームバーグ側は何回も「台湾独立」の言質を引き出そうとした。インタビュアーは「台湾人は正式な独立を求めているか。あなたはどうか」と尋ねたのに対し、頼氏は「台湾は既に独立主権国家だ。名称は中華民国で、中華人民共和国の一部ではない。改めて独立を宣言する必要はない」と答えた。

 さらに「正式な独立とはどのようなものか」と尋ねられたのに対し、頼氏は「そのようなフレームワークは存在しない」と明言。「台湾は既に主権国家だ。われわれは現状維持の努力を続けなければならない」と繰り返した。

 頼氏はこれまで、もともと独立志向の民進党内でもさらに強硬な台湾独立派と内外で目されてきた。何より中国はそのようにみている。このため頼氏は総統候補に決まってから、台湾独立派イメージの払拭に努めてきた。

 頼氏は、台湾の正式独立という「フレームワークは存在しない」と言い切ったことは、台湾でも大きく報じられ、強硬な台湾独立派からの転換したことを決定的に印象付けた。蔡英文路線を引き継ぐ現状維持宣言であり、米国と中国、何より台湾の有権者を安心させたとみられる。

◆頼氏批判の急先鋒は郭台銘氏

 頼氏への支持が高まる中、頼氏への批判のボルテージを上げているのが、8月28日に無所属での立候補を表明した郭台銘氏だ。同日、台湾総統府近くのビルで「主流民意大連盟」と題する記者会見を行い、「企業家が国を治める時代が到来した」とぶち上げた。郭氏は、過去7年間の民進党政権の失政を列挙して、次の総統選挙での政権交代を呼びかけた。

 ただ、美麗島電子報の最新世論調査では、民進党政権の継続を望むが34.5%で最多。国民党政権17.7%、民衆党政権の11.8%がそれに続き、無所属候補の総統就任を望む声はわずかに4.3%。台湾世論は政権交代を望んでいない。

 郭氏は、国民党の侯友宜氏か民衆党の柯文哲氏のどちらかと組めば、勝機があるとみているとの見方がある。郭氏を総統候補、他の2氏が副総統候補となり民進党政権に挑む皮算用だ。

 英BBC放送中国語版によれば、国民党の朱立倫主席は、もはや総統選ではなく、同時に行われる立法院(国会)選挙に関心が移り、勝利を目指して全力を注いでいる。民衆党は、柯文哲氏の個人商店色が強く、郭氏をトップに頂く可能性は小さいとみられる。

◆「一つの中国」は認めない

 総統選の焦点である中台関係について、郭氏は中台が「一つの中国」を口頭で認め合ったとする「92年コンセンサス」を、民進党政権が存在自体を認めないことを強く批判。中台の緊張緩和は「一つの中国の枠組み」を基礎に、中国と直接談判する以外に方法はないと主張している。

 92年コンセンサスは、民進党以外は存在を認めているが、郭氏は中国の代弁者と目さており、その主張は一層声高だ。BBCによれば、専門家は「(郭氏が代理人であることは)これまでみんなが心の中で思っていた秘密だが、最近は公然たる秘密となりつつある」と述べている。中国は郭氏の当選よりも、「一つの中国」が台湾でどのぐらいの支持を得られるかを探ることが、真の狙いという。

 頼氏は9月10日、南部の高雄市で行われた選挙後援会の発足式で演説し、中台関係をめぐり一部の候補が、中国との平和協定締結を主張していると指摘し、「平和協定が役に立つなら、チベットがあのように悲惨な目に会うはずがない」と一蹴した。チベットと中国は1951年、「チベット平和解放に関する協定」に署名している。

 また、別の候補が「92コンセンサス」を受け入れ、主権を引き渡して平和を達成しようとしていると批判。「主権のない平和は、ニセの平和だ。主権をなくして平和が得られるなら、香港とマカオはあのように惨めになるはずがない」と切り捨てた。

 頼氏の「一つの中国」の否認は一貫しており、台湾総統選で他の3候補との最大の違いもこの一点だ。台湾の民意がにわかに親中に転じない限り、頼氏の優位もゆるぎそうにない。

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