日本は台湾を中華民国に返還していない  傳田 晴久

現在、台南に住む傳田晴久(でんだ・はるひさ)氏は、定年退職後に国立成功大学に語
学留学し、ときどき台湾での事象を伝える「臺灣通信」を送り続けている。

 本誌で以前、中国が「三段論法」を使って台湾や尖閣諸島が中国(国内)のものと主張
していることを指摘した「中国の三段論法」を紹介したことがある。

 今回お送りいただいた第54号では、金美齢さんが企画した「ありがとう台湾オリジナル
Tシャツ」を着て台湾の人々に感謝の意を表す「多謝台湾ツアー」に参加した感想をつづ
っている。

 しかし、単なる感想ではない。このツアーでは、自由時報社の呉阿明(ご・あめい)董
事長を訪問し、また李登輝元総統にも会ってお話を聞いたそうで、第54号では呉阿明氏の
話に触発され、なぜ台湾に中華民国があるのかについて整理した、いわば台湾の国際法的
な位置づけについて述べている。

 本誌では地図帳問題などを通じて、日本は昭和20年(1945年)に台湾を中国(中華民国)
に返還したという「ウソ」について繰り返し説いてきた。なぜウソか。答は簡単だ。1945
年に日本が台湾を中華民国に返還していたら、なぜ1951年9月8日に調印したサンフランシ
スコ平和条約で台湾を放棄できたのか、ということだ。返還していたら放棄はできない。
返還していないことは、サンフランシスコ平和条約に署名したアメリカをはじめ、日本を
含む49カ国が認めていたということに他ならない。従って、日本は放棄しただけだから、
その後の台湾の帰属先は未定ということになるのである。

 呉阿明氏も「台湾に駐留していた国民党政府軍は、北朝鮮・満州に駐留していたソ連軍
同様、台湾から撤収しなければならなかった」と、返還説のウソについて話したそうだ。

 傳田氏は、日本における米軍、北朝鮮・満州におけるソ連について改めて調べなおして
レポートしている。最後に「日本も改めて台湾を中華民国に返還した訳ではないと、『勇
気をもって』宣言すべきではないでしょうか」と述べるが、まさに正論である。

 なお、「臺灣通信」のタイトルは「呉阿明氏表敬訪問」でしたが、レポートのポイント
をよりはっきりさせるため、本誌では「日本は台湾を中華民国に返還していない」として
いる。また読みやすさを考慮して改行し、漢字の一部を平仮名に開き、句読点を付け直し
ていることをお断りします。


多謝台湾ツアー報告(1)−呉阿明氏表敬訪問
【臺灣通信(第54号):2011年10月19日】

◆はじめに

 金美齢先生デザインの「ありがとう台湾オリジナルTシャツ」を購入したところ、購入
した人々と共に台湾の元総統李登輝閣下を表敬訪問しようとのお誘いを受けました。丁度、
日本に戻っている最中でしたが、すぐに申し込みました。直後に李登輝元総統が入院され
たというニュースが入り、これは駄目かと思いましたが、まぁダメモトでも行ってみよう
と決め、航空券の手配をしました。

 今回の「台湾通信」はその「多謝台湾ツアー」の報告です。

 当日、もうお一方表敬訪問するので集合時間が早まりました。もうひとりのお方とはな
んと、クオリティペーパー「自由時報」社董事長の呉阿明氏でした。呉阿明氏は私も所属
する台北の「友愛会」のメンバーで、月例会で時々お見掛けするし、あるときは氏のお隣
に座らせていただいたこともありました。

 私にとりまして、とても有意義なお話をお伺いいたしましたので、今回のツアー報告は
まず「呉阿明氏表敬訪問」から始めます。

◆ツアーのいわれ

 この「多謝台湾ツアー」はもちろん311東日本大震災に対する台湾の「愛心」にお礼を申
し上げるものです。ご存じの通り、大震災発生直後、台湾から続々と「愛心」が寄せられ
ました。そして、金美齢先生のところに多くに日本人から「どのようにして台湾の人々に
お礼と感謝の気持を伝えたらいいか」との問い合わせがたくさん寄せられたそうです。

 金先生は感謝の気持を伝えるTシャツを作り、それをみんなで着て台湾に行けば、きっ
と我々日本人の気持が伝わるのではないか、と考えられ、ご自分でTシャツをデザインさ
れたそうです。そして今回のツアーの企画をされたとのことです。

◆「自由時報」社訪問

 呉阿明氏が董事長を務められる「自由時報」の本社社屋は台北市の北部、松山空港の北
に位置する内湖(ネイフー) という新興の都市にありました。この内湖という地域は昔は
湿地帯だったそうですが、今はどんどん開け、メディア関係の企業が沢山進出している所
との説明がありました。

 「自由時報」社は総大理石造り、それはそれは素晴らしい建物でした。我々は大きな円
形の会議室に案内されましたが、そこで董事長が出迎えてくれました。

 私は「友愛会の伝田です」と申し上げたかったのですが、ちょっと気後れして、名乗ら
ずに会釈して席に向いました。席には自由時報紙が置いてありました。

◆呉阿明董事長のお話とその意味

 董事長はいろいろなお話をされましたが、私にとって最も重要なお話は以下のことでし
た。

≪1952年4月29日に日本と連合国との間の講和条約が発効し、日本は戦勝国の統治から晴れ
て独立しました。本来この日をもって占領地に駐留していた外国軍隊は全て撤退すべきで
ありました。

 今の北朝鮮、満州地域に駐留していたソ連軍は居座ることなく撤収しました。しかし、
台湾に駐留していた蒋介石の軍隊は、台湾は日本から中華民国に返還されたと言い張り、
居座りました。≫

 いわれてみればその通りでした。講和条約によって、それまで両国間に存在していた「戦
争状態」は解消したのですから、相手の軍隊がその地域に駐留する理由はありません。

 日本国内に現在駐留する米軍は何なのでしょうか。何故米軍が今なお日本に駐留してい
るのか、当然日米安保条約に基づくわけでしょうが、恥ずかしながら未だ条文を見たこと
がありませんでした。

 改めて日米安保条約を調べましたら、第6条に「日本国の安全に寄与し、並びに極東にお
ける国際平和及び安全に寄与するために、アメリカ合衆国はその陸軍、空軍及び海軍を日
本国において施設及び区域を使用することを許される。(以下略)」とありました。解釈
にはいろいろ意見もあるようですが、米軍は国際条約に基づいて駐留しているのです。

 北朝鮮から撤収したというソ連軍は何故その地域にいたのでしょうか。

 1910年、朝鮮半島の大韓帝国と大日本帝国との間で「日韓併合条約」によって大韓帝国
は正式に大日本帝国の支配下に入りました。強制されたかどうかいろいろ見解はあります
が、条約としては成立しました。

 そして大戦後、1945年、日本がポツダム宣言を受諾したことに伴い、朝鮮半島の北部は
ソ連軍が、南部は米軍が、そこに駐留する日本軍を武装解除し、軍政下に入りました。ま
だ講和条約は結ばれていませんから、この地の主権は依然として日本にあったと考えられ
ますが、1952年、サンフランシスコ講和条約の発効に伴ってソ連軍は北朝鮮から撤収した
ということになります。

 それでは、台湾に居座った中華民国軍、並びに後に中華民国の首都を南京から台北に移
した中華民国の存在根拠は何でしょうか。

 日本は日清戦争の結果、下関条約によって1985年に清国から台湾並びに周辺の澎湖島等
などを、万国が認める中でその統治権を入手しました。そして、当時台湾に在住していた
中国人に2年間の猶予を与えて、台湾に住み続けるか、大陸に帰るかを問うたそうです。

 中華民国は今年(2011年)建国100年を祝っていますから、当然、建国(辛亥革命)は
1912年です。蒋介石の軍隊が台湾に入ったのは、マッカーサーの指令で日本軍の武装解除
のためでした。一説には、このとき日本軍が相当抵抗することが予想されたので、蒋介石
軍は日本軍に皆殺しにされても良いような雑兵を送り込んだといいます(これは単なる伝
聞です)。そう言えば基隆に上陸した中国軍の姿の描写が思い起こされます。

 蒋介石軍の役割は日本軍の武装解除であって、台湾の統治ではなかったわけです。日本
が台湾の主権を放棄したのは1952年4月29日ですから、それまでは日本の領土であったはず
です。

 中国共産党軍が国共内戦で中国国民党政府を制圧し、正式に中華人民共和国の建国を宣
言したのは1949年10月1日です。したがって1952年4月29日には台湾に駐留していた国民党
政府軍は、北朝鮮、満州に駐留していたソ連軍同様、台湾から撤収しなければならなかっ
たと言うのです。もっとも大陸にはすでに中華人民共和国が存在していましたから、蒋介
石軍の行き場はなかったでしょう。

 サンフランシスコ講和条約によって日本は台湾の主権を放棄しましたが、台湾の帰属に
ついては何も言及していません。すなわち台湾を、清国を継いだ中華民国に返還したわけ
ではありません。

 その時点の一番の権力者は米国ですから、米国が台湾の帰属について「ひとこと」言っ
てしかるべきですが、日本も改めて台湾を中華民国に返還した訳ではないと、「勇気をも
って」宣言すべきではないでしょうか。

◆おわりに

 いろいろ書きましたのは、私の復習。皆様方は先刻ご承知のことかもしれませんが、私
は呉阿明董事長のお話を伺って、改めて各種資料を読み返しまして、上記のように整理し
てみたのです。

 董事長はもう一つ面白いことを言われました。「自由時報」は中国に対して「No」と
いえる唯一のメディアであるとのこと。そのとき配られた「自由時報」のトップ紙面、最
上部に「台湾優先 自由第一」と書いてあることを強調されました。

 さらに、日本人、中国人の差について次のようにお話されました。「心」の中で思って
いることと、「頭」で考えていることと、実際に「口」に出てくることが一致しているの
が日本人、一致していないのが中国人。ウ〜ン、なるほど。ひょっとして、私は中国人?



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