*読みやすさを考慮し、小見出しは本誌編集部で付したことをお断りします。
◆国際スポーツ大会の開催権を台湾から剥奪した中国
世界各国に、「一つの中国」を押し付け、ホテルや航空会社など民間企業の表記にまで「台湾」や「香港」といった表記を削除するように要求している中国ですが、ついに直接的に台湾に圧力をかけてきたようです。
2019年8月に台湾中部の台中で開催予定だった国際スポーツ大会「東アジアユースゲームズ」が、今月の24日、中国の反対で中止されることになりました。
同日、日中韓やマカオ、モンゴル、北朝鮮など、9カ国・地域でつくる委員会による臨時理事会が開催されましたが、中国が一部の台湾独立派らによる政治活動を問題視し、大会の中止を提案、賛成多数で可決されたのです。
台湾総統府はこれに対し、「スポーツに対する粗暴な政治介入だ」と非難する声明を出しました。
この大会の前身は東アジア各国・地域のオリンピック委員会が共同で開く「東アジア競技大会」だそうです。これをリニューアルした第1回大会として、来年、台中で開かれ、台湾で初めて開かれるオリンピック関連のスポーツ大会になるはずでした。
開催予定地だった台中は、すでに大会準備のために4年間かけて約6億7000万台湾ドル(約24億円)を投じたそうです。それを突然中止と言われても、はいそうですかと簡単に引き下がれるものではありません。
もちろん、台中市の林佳龍市長は、東アジア・オリンピック委員会(EAOC)に対し、決定の取り消しを求める申請を行いました。
中国が、この大会の中止を申し出た理由は、2020年の東京オリンピックに向けて、一部の政治的な団体が台湾の選手を「チャイニーズ・タイペイ」ではなく、「台湾」名義での参加を目指している活動をしているからというものでした。ここでも、「一つの中国」の押しつけです。
そして、中国のそうした実に政治的な理由による大会中止の要求に対して、参加各国は賛成票を投じたというわけです。参加予定国は、第1回開催権を獲得していた台湾、中国、日本、香港、マカオ、韓国、北朝鮮、モンゴル、そして、オブザーバーとしてグアムです。反対は台湾の1票、棄権は日本の1票、賛成はその他の国の7票でした。日本が棄権した経緯は、以下報道を一部引用します。
<中国が主導する東アジア・オリンピック委員会(EAOC)会議が24日、北京で開かれた。委員長の劉鵬氏は、台中市の大会開催権剥奪を主張し、委員の挙手で開催権を剥奪するかどうかを採決することを提案した。劉氏は中国の全国人民政治協商会議外事委員会副主任を務める要人。
同日の会議には、委員長の劉氏と中国、台湾、韓国、北朝鮮、日本、モンゴル、香港、マカオの委員の計9人が出席していた。劉氏の発言で委員たちはざわついた。台湾の委員は、「来年の大会は台湾が初めて五輪ルールを適用して開催する大会だ。東アジアユース競技大会の参加の機会を奪ってはならない」と反発した。日本の委員は、『14年に台中市の開催が確定した。開催権の剥奪はやり過ぎだ』との意見を出した。>
◆蔡英文総統を怒らせてしまった中国
会議は圧倒的多数で中止が決定したわけですが、日本が棄権したことについて台湾では「感動」の声が多く挙がっているということです。ネットでは、大国の中国を前に反対することはできなくても、棄権という方法で抗議を示してくれた。棄権してくれた日本に感謝する、などといった声が多く寄せられたといいます。
これに対して中国側の報道は、日本は保身のために棄権したまでだ。日本は台湾を助けることはできなかった、などといった批判的な言い方になっています。
蔡英文総統も、この決定には黙っていられなかったようで、自身のフェイスブックで「中国が政治的な力で大会開催権を乱暴に剥奪した。台湾国民は決して受け入れることはできない」と抗議しています。また、頼清徳行政院長は「EAOCに正式に抗議する」とも明らかにしています。さらに、通常は中国を批判することが少ない野党、中国国民党さえもが、台中市での開催を「全力で支持する」としています。
台中市では、大会に向けた競技場の整備や広告などのほとんどを完成させており、中止が決まった後になってから、抗議の意味を込めて製作が終了していた2種類のテレビ広告を公開しました。
・「我們??上一課」CF https://www.youtube.com/watch?v=3U6BV5mR9UA・「未知的力量」CF https://www.youtube.com/watch?v=qQfjnYjOMok
どちらのコマーシャルも現役の若い選手が登場する、とても力強いものに仕上がっています。
◆対中感情がますます悪くなる台湾
2020年のオリンピックに向けて、「台湾」名義での参加を目指す勢力に対しての警告のような形で中止となった今回の大会ですが、皮肉にも中止が決まってからは台湾内での対中感情はより悪くなり、一部報道では「台湾」名義での東京五輪参加を目指す住民投票のための署名が、通常の10倍以上の1日170件に増えているそうです。
そして、東アジア・オリンピック委員会(EAOC)による中止決定を受け、台湾は声明を発表し強く抗議し、蔡英文総統は大会準備を継続するとも言っています。その声明文の一部を以下に引用します。
<数年かけて準備を進めてきたこのイベントに対し、中国がボイコットを表明した。これは若いアスリートたちの権益を無視した行為だ。しかも、中国は不合理な理由によって、この国際競技大会の開催を取り消した。台湾住民はこれを受け入れることができない。国際社会におけるスポーツを愛するあらゆる人々にとっても、これは認められないことだろう。
中国政府は長年、各国の内政に干渉するようなやり方を繰り返し、なりふり構わずに国際社会における台湾及び台湾住民の生存圏に圧力を加えてきた。それは、外交上のさまざまな圧力だけでなく、各国航空会社への台湾に関する表記変更要求、民間のこども向け美術イベントへの圧力、そして近年はスポーツイベントにまで干渉している。
例えば2016年に開催されたパラリンピックや長年準備を進めてきた2019年東アジアユースゲームズの開催など、いずれも中国から粗暴な圧力を受けている。国民の権利を全力で守るため、政府は決して軽々しく譲歩しない。また、台中市が引き続きその権益を追求することを支持する。同時に我々は国際社会に対し、中国のこうした国際行為が国際社会の安定、安全、福祉に極めて深刻な傷をもたらすものであることを重く受け止めるよう呼びかけたい。>(台北駐日経済文化代表処より。全文は以下のリンクから)https://www.roc-taiwan.org/jp_ja/post/58458.html
蔡英文総統は、大会開催は「スポーツのため、台中市のため、台湾のためで、与野党は関係ない」とも言って、台湾人の団結を呼び掛けています。ここに新しい台湾の姿があります。これまでの、中国の圧力に屈する台湾はもうありません。今回のような理不尽な中国の要求に屈する台湾では、もはやないのです。
◆習近平の母校教授が異例の政府批判
それにしても、日台以外の国がすべて中国の意見に賛成票を投じたという点に政治的根回しを感じます。
このメルマガでもお伝えした通り、習近平が絶対的皇帝として君臨したことに対して、中国国内でも批判が出てきています。今回の台湾への圧力は、そうしたことへの焦りかもしれません。
追い込まれた中国が、対外的に威嚇行為をすることで国内の目を外にそらすというのは、中国政府の常套手段です。そうしなければならない国内事情を習近平が抱えているとしか思えません。その証拠に、最近ではメディアで中国内から発信された習近平批判についての記事が散見できます。
記事の内容は、習近平の母校、清華大の教授が指導者への個人崇拝を厳しく批判し、国家主席の任期復活や天安門事件の再評価を要求する論文を発表したというものです。記事によれば、体制側の知識人が中国共産党指導部に“反旗”を翻すのは異例の事態だそうです。以下、記事を少し引用しましょう。
<任期撤廃に関しては「改革開放(の成果)を帳消しにし、恐怖の毛沢東時代に中国を引き戻し、滑稽な、指導者への個人崇拝をもたらすものだ」と非難。任期制に復帰するよう求めた。
特に、指導者への個人崇拝については「まるで時代遅れの強権国家のようだ」「今すぐブレーキをかけなければならない」と主張。「なぜこのような知能レベルの低いことが行われたのか、反省する必要がある」と痛烈に批判した。>
よくぞ言ってくれたという感じです。この人物の身の安全が気になるところですが、裸の王様に対して「お前は裸じゃないか」と言える人はこれまでいませんでした。それを言える人物が出てきたということは、中国社会全体がそういうムードになっているからなのかもしれません。
どちらにしても、習近平の「裸の王様」による統治は、揺らぎ始めているのかもしれません。
◆日本の真価が問われるのは台湾問題
米中の貿易戦争は、目下、激化しつつあります。人類史には、激戦、冷戦、サイバーウォーなどさまざまな「戦争のカタチ」があります。石原莞爾は、太平洋をまたいだ日米戦争を東西文明の「最終戦争」と定義しました。
現在進行中の米中の貿易戦争も、ただの貿易や経済だけにおける戦争ではなく、価値観をめぐる「最終戦争と呼ぶのにふさわしいと私は思っています。
その戦争がいつ終結するのかを予想するのはとても難しく、メディアでは様々な見解が紹介されています。米中の貿易戦争が長引けば、中国の歴史は終わりに近づくどころか、世界は変わります。
中国は、すべてが政治の国です。スポーツ、音楽はもちろん、人民の一人ひとりの行動がすべて政治的に解釈されています。今回中止となった東アジアユースゲームズだけでなく、「アジア大会」をはじめ、4年に一度のオリンピックでも中国政府は台湾の扱いについて介入を続けています。
ことに、小中華の韓国は中国の意を汲んで台湾への妨害や嫌がらせをしてきました。そのため、台湾の意識調査では、最も嫌いな国は韓国となっています。
では、中国からの横暴についてどうすればいいのでしょうか。2020年のオリンピックをめぐって台湾名義で選手を参加させたいという「正名運動」(名称を正す運動)は、前述したように、今回の件で収束するどころかさらに活発になっています。
台湾における「正名運動」の総責任者は、紀政という元オリンピック選手であり、彼女は台湾初の女性メダリストとして尊敬を集めています。また、3回のオリンピックに出場していますが、いずれも「台湾」名義(1回は台湾の別称である「フォルモサ」)で参加したそうです。
日本でも、台湾の選手を「台湾」名義で参加させようという草の根運動が広がりつつあります。
1996年の台湾の総統直接選挙のときに、台湾が中国の言いなりにならなかったからという理由で台湾にミサイル発射するという、「文攻武嚇」を中国が行ったことがありました。
この時の日本の首相であった橋本元首相は、不安で3日間も寝られなかったといいます。その後、台湾の選挙についてのコメントで橋本氏は、「(選挙を)やめろとは言っていないが迷惑だ」と公言しました。戦後の日本はずいぶん変わってしまったものです。
それでも周辺諸国は、日本は何かを変えてくれると期待しています。
今、日本の国会はアメリカに追随して「台湾関係法」の提出を計画中です。国会、ことに衆議院が決議すればイギリスやカナダの国会への影響もかなり大きいと思います。
日本も世界を変える力があることについては、「台湾関係法」の決議が一つの試金石であり、日本の真価もこの小さな一歩からはじまると期待されています。