台湾巡る中国の認知戦に警戒を  浅野 和生(平成国際大学副学長)

【産経新聞「正論」:2025年5月1日】https://www.sankei.com/article/20250501-RBRH2KPY7NJSLHQOTOHONTTBTM/?442708

◆国連80年とアルバニア決議

今年は昭和100年、第二次世界大戦終結80年、そして国際連合発足80年にあたる。

このタイミングで、中国の習近平政権は頼清徳政権の台湾の国際生存空間を消滅させるべく認知戦を仕掛けている。

国連発足当時の中国は、蒋介石の国民党が率いる中華民国であった。

したがって国連憲章で中国は中華民国(Republic of China)と明記された。

その後、国共内戦を経て1949年10月1日に中華人民共和国の建国が宣言され、同年12月には蒋介石の中華民国政府が台湾に移転した。

以来、台湾海峡を挟んで両者が対峙(たいじ)してきたが、国連では、その後も蒋介石政権が中国を代表する政府であり続けた。

やがて毛沢東政権の国連加盟を支持する声が拡大して、71年10月25日、国連総会で第2758号決議(いわゆるアルバニア決議)が賛成多数で可決した。

一般の理解では、蒋介石の中華民国が国連から追放され、代わって毛沢東の中華人民共和国が入り、安保理常任理事国にも加えられたということであろう。

しかし、同決議の原文を見ると、それは正確ではない。

同決議のタイトルは英文で「Restoration of the lawful rights of the People’s Republic of China in the United Nations(中文では、恢復中華人民共和国在連合国的合法権利)」で、中華民国とか台湾という文言はない。

本文は中華人民共和国を国連における唯一の中国代表政府として認めること、そして安保理常任理事国5カ国の一つとすること、他方で国連およびその関連機関で「蒋介石政権」が不法に占めていた地位からこれを追放するというものである。

本文中にも中華民国あるいは台湾という語は用いられていない。

それにもかかわらず昨年9月28日、国連総会で演説した中国の王毅外交部長(外相に相当)は、71年の国連決議は「中華人民共和国政府代表を国連における中国の唯一の合法的代表であると認め、台湾地区の代表を直ちに国連とその所属するすべての機構から追放することを決定した」ものであると述べ、「この決議は台湾を含む全中国の国連代表権問題を抜本的に解決し、『二つの中国』は存在せず、『一つの中国、一つの台湾』も存在しないことを明確にした」と断言した。

さらに今年3月7日、王氏が全人代の記者会見で上記の発言を繰り返すと、3月10日、外交部の毛寧報道官は同決議が「世界に中国は一つしかなく、台湾は国家でなく中国の一部であること」を示していると説明した。

◆「二重代表制」も議案に

しかし上記の通り、第2758号決議は、台湾が中華人民共和国の一部であるかどうか、あるいは「一つの中国、一つの台湾」が存在しないかどうかについて、国連として決定したものではない。

なお71年の国連総会では、アルバニア決議案とともに米国、日本などが共同提案国となった「二重代表制決議」も議案となった。

これは、国際社会の現実を率直に受け入れれば、毛沢東の中華人民共和国政権を中国の代表として国連に招き入れることには賛成するが、これとは別に中華民国が存在している現実を認めるべきで、これまで国連に貢献してきた中華民国の実績を評価して、国連の中に中華人民共和国と中華民国を併存させるという決議案であった。

先に第2758号が可決された結果として、この議案は採決されずに終わった。

しかし国連が「二重代表制決議」を受理したことは、可決の可能性を容認したということで、国連が予(あらかじ)め両者の併存はあり得ないという立場にはなかったことを示している。

◆国連の威を借りる中国

この議案について当時の佐藤栄作政権は、71年10月の国会で日本としては「一つの中国」原則をとっているが、現実に中華民国と中華人民共和国の二つの政府があることを率直に認めて、将来の平和的統一を期待しつつ、「経過的措置」として、国連における併存を認める「二重代表制決議」の提案国になった、と説明している。

他方、72年9月に田中角栄政権は日中共同声明で、中華人民共和国が中国を代表する唯一の合法政府だと明言した。

しかしこれに続く10月後半からの国会、衆院予算委で大平正芳外相は、日本は共同声明で台湾が中華人民共和国の不可分の一部であるとする中国政府の主張について「理解し尊重する」とし、承認する立場をとらなかったと述べた。

日本政府としては、71年に「二重代表制決議」を提案した立場を変えていないことを示したものである。

国連発足80年の今日、習近平政権はアルバニア決議に言及することで国連の威光を借り、「台湾は中華人民共和国の不可分の一部だと国連で決まった」という偽情報を世界に推し広めているのである。

日本は、世界一の親日国・台湾の生存空間を守るため、「我が国の認識ではそれは事実ではない」と正しい情報を発信すべきではないか。

(あさの かずお)

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【編集部より】

浅野和生氏が指摘するように、中国は近年、国連の第2758号決議(アルバニア決議)が台湾を中国の一部として確認できる根拠だと主張してきた。

しかし、浅野氏も指摘するように「第2758号決議は、台湾が中華人民共和国の一部であるかどうか、あるいは『一つの中国、一つの台湾』が存在しないかどうかについて、国連として決定したものではない」。

アルバニア決議については、衆議院外務委員会でも、政府は「中華人民共和国政府の代表を国際連合における唯一の合法的な中国の代表として承認する、この旨を定めたもの」「国連における中国の代表権について決議した、このように解している」(2024年12月18日)と答弁し、中国の主張を退けている。

これは、日本政府がアルバニア決議は「台湾が中国の一部」であることの根拠にはならないことを明言したことに他ならない。

米国もすでに「国連の第2758号決議は中国の『一つの中国』の原則を支持するものではなく、この決議は国連が台湾の最終的な政治的地位に関する公式の見解を示すものではない。

この決議は台湾が国連システムおよびその他の多国間組織に有意義に参加するのを排除するものではない」(マーク・バクスター・ランバート米国国務省アジア太平洋担当次官補、2024年4月)と表明している。

本誌でも紹介したように、本会の渡辺利夫会長も、中国の主張は法律戦の一環であり、牽強付会以外の何ものでもないとして「この決議は、国連における中国の代表権問題に決着をつけるためのものであって、台湾が中国の一部であるという『一つの中国』原則を認めたものではない」(2024年11月29日)と明解に論じている。

https://www.sankei.com/article/20241129-7XKAE37H6VNX5JSKDPIE4RWTOY/

浅野氏の「正論」と合わせて読まれたい。


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