台湾の蔡英文総統は6月26日、フランス通信社AFPの取材を受け、台湾の直面する諸問題について語った。このインタビューの中で、蔡英文は最近の中台関係、中国の対外政策、台湾人意識などについて、これまで以上に踏み込んで明瞭な定義づけを行っている。まず、インタビューの中で特に注目される発言をごく一部を紹介する。
・中国は最近、台湾海峡の現状に影響を与える、より攻撃的な行動をとるようになっている。そう 感じているのは台湾人だけではない。中国の行動は、国際社会に、いかに中国が現状を変更しよ うとしているかを明確に印象付けている。
・中国による台湾の主権への挑戦において台湾のボトムラインの第一は、我々の民主主義と自由 だ。第二に、台湾の主権は尊重されなければならない。第三に、台湾人は自らの将来を決定する 権利を有しており、それは損なわれてはならない。
・我々は、民主主義、経済、国を守る能力、我々が大切にしている価値を強化し続けなければなら ない。これは台湾だけはなく、地域、そして世界全体にとっての課題だ。中国の影響力拡大に直 面するのは、今日は台湾かもしれないが、明日は他の国かもしれない。我々は、中国を抑制し覇 権的影響力の拡大を最小化するために、民主主義と自由の価値を再確認すべく協働する必要がある。
・中国の習近平国家主席との会談については、相互主義、尊重に基づき、政治的前提条件なしとい うことであれば、台湾の総統として中国の指導者と会談する用意がある。
・過去数百年にわたり台湾は多くの課題と脅威を克服し、非常に強い民主主義と経済、それに安定 した社会を構築した。全体として台湾人は、直面してきた課題のお陰で、明確なアイデンティ ティーを作り上げてきた。これは我々の共通の記憶だ。それが、台湾人が台湾人と認識されるこ とを選ぶ理由だ。我々の共通の記憶、経験、価値が相まって、我々を台湾人たらしめている。
出典:‘President Tsai interviewed by AFP’, June 26, 2018, Office of the President Republic of China(Taiwan)https://english.president.gov.tw/News/5436
中台関係についてのこれまで2年間の蔡英文の主張は、いわゆる「現状維持」政策の大枠の中にとどまっていた。台湾の民進党は本来、台湾独立を指向する政党であるが、蔡英文はこれまでの2年間の施政においては、出来るだけ中国を刺激・挑発することを避けるため、「台湾独立」の主張を封印し、同時に中国の主張する「一つの中国の原則」を認めずとの姿勢を鮮明にしてきた。
しかし、今回のインタビューにおいて、蔡は中国からの種々の圧力に対し、明瞭に「国の威信と主権」を保持しつつ、中国との間で「平和な関係」を維持したいとの希望を述べている。また、自由で民主的な台湾はアジアのみならず、世界の見本となりうるものと述べつつ、台湾の将来は2300万人の台湾の住民たちが決定する権利を有していると明言する。
中国の対外政策については、中国は台湾海峡における「現状維持」を覇権主義によって破壊しようとしている、と述べ、中国の膨張的行動については、台湾人がそう受け止めているだけではなく、世界中の人たちがそう感じていると指摘する。
これらの発言は、最近の台湾周辺海域における中国軍の軍事演習など武力による威嚇、外交場裏における台湾承認国の切り崩し(2年間で18か国から14か国へ減少)、WHOのオブザーバー参加などに対する妨害活動、その他もろもろの統一戦線工作などを念頭において行われたものであろう。
蔡英文によれば、台湾の住民たちは過去数百年のユニークな経験の結果、自ら独自のアイデンティティーを築き上げてきたとして、人々は共通の記憶、経験、価値に基づき、「台湾人」と見なされることに誇りを感じてきた、という。蔡英文がこれまで「台湾人意識」について、これほど明瞭に発言したことはなかったのではなかろうか。
以上のような諸点から見て、蔡英文の中国に対する基本的スタンスは「現状維持」という言葉では表現しきれないほど「台湾独立」の方向に強く傾斜するものとなったといえよう。
本年11月には台湾において統一地方選挙があり、蔡英文政権が安定的な政権運営を続けられるかどうかの分かれ目に当たる。目下の蔡の支持率は停滞気味である。台湾の有識者の中には、「現状維持」政策を評価しつつも、より強く「台湾人意識」を打ち出す総統に期待する人々は少なくない。
中国の台湾に対する戦術は今後ますます硬化し、台湾海峡をめぐる緊張関係は強まることはあっても弱まることはなさそうである。他方、「台湾旅行法」「国防授権法」等の法律を議会が議決した米国が、今後、如何なる対中国、対台湾政策をとることになるのか、目を離せないところがある。