8月20日、米国のトランプ政権は、台湾に対する新型のF16V戦闘機66機と関連装備、部品の売却を承認、議会に正式に通知した。売却総額は80億ドル(約8500億円)と、米国の台湾への武器売却としては過去最大規模、そして、台湾への戦闘機売却は1992年にブッシュ(父)政権がF16を150機売却して以来、実に27年ぶりとなる。米国による台湾防衛へのコミットの強力な表明である。
第4、5世代戦闘機は、中台間の軍事バランスにおいて枢要な要素であるが、2007年頃を境に機数だけをとってみても中国が台湾に追いつき、今や中国側が圧倒し、さらに差を拡大しようとしている。『ミリタリーバランス』によれば、2018年には、中国852機に対し、台湾327機であるという。数だけでなく質も中国側の優勢が目覚ましい。
こうした中、台湾は10年以上も前から米側に新型戦闘機の売却を求めてきた。しかし、オバマ前政権は、対中配慮から台湾の要求を断った。両岸の軍事バランスを中国側にますます優位に傾ける、不適切な判断であったと言わざるを得ない。今回の決定は、そうした過去の過ちを改めるものであると評価できる。
台湾側は、当然、今回の決定を強く歓迎している。総統府のホームページは、8月19日、21日の2回にわたり総統府報道官の名前で、トランプ政権に感謝する声明を掲載している。声明は、台湾へのF16Vの売却が台湾の防衛能力を高め、両岸と地域の安定と平和に貢献するものであると評価するとともに、台湾の今後のさらなる自助努力を約束している。また、米国が台湾関係法、「6つの保証」(ともに米国は台湾防衛にコミットするとしている)に則った行動をとったことへの感謝も述べられている。声明は、台湾がいかに米国の新型戦闘機を必要とし欲していたか、よく示している。
米国の台湾防衛への関与は、確固たるものになってきているように見える。7月にも戦車等約22億ドル(約2400億円)相当の武器売却が発表されたばかりである。こうした措置は、台湾関係法、「6つの保証」、さらに、最近制定された、アジア再保証イニシアチヴ法(ARIA)や国防権限法2019などに則っている。ARIAや国防権限法は、議会が政府に対し台湾防衛へのコミットを求めるものである。米国は現在、元来親台湾の議会とともに、トランプ政権(従来、行政府は議会ほど台湾支援に熱が入っていなかった)も一致して親台湾の姿勢をとっている。米国の台湾重視は、インド太平洋戦略の一環と見て間違いないと思われる。
蔡英文総統は最近、台湾はインド太平洋の民主主義の要塞であるとして、米国のインド太平洋戦略に台湾を明確に位置付けるようになっている。7月のカリブ海諸国歴訪でも、そういう発言があった。
インド太平洋戦略は、言うまでもなく、つきつめれば対中戦略である。米中の対立が、経済、軍事、価値観の諸分野で激化する中、米国は、インド太平洋戦略の要となり得る台湾に対する支援をより強化していくことになろう。
従って、米中対立は悪化が見込まれる。米国民の対中感情悪化も、米国の中国への対決的姿勢を後押しする要因となり得よう。米調査機関ピュー・リサーチ・センターが8月13日に発表した世論調査によれば、中国に好意的でない米国民の割合は昨年の47%から60%に上昇、81%が中国の軍事力拡大は米国にとって悪いことだと回答しているという。
7月の台湾への戦車等の売却発表、蔡英文総統のカリブ海諸国歴訪の往路と復路における米国への立ち寄りでの厚遇(通常1泊のところ2泊した)、そして、今回のF16V売却の発表は、いずれも、トランプ政権による事実上の蔡英文総統再選支持のシグナルでもあると見てよいだろう。
台湾では、今年1月2日の習近平演説(台湾を一国二制度の枠組みで統一する、台湾統一に武力行使を辞さない等)以降、対中警戒が強まり、特に香港におけるデモへの中国の対応ぶりを目の当たりにして、対中強硬姿勢を強める蔡英文への支持が回復しているようである。米国の武器売却などは、現職総統である蔡英文の功績となり、来年1月の総統選挙でのアピール材料となり得る。
今回のF16V売却の決定は画期的なことではあるが、これだけで両岸の航空戦力のバランスを変え得るようなものではない。米台間の契約が成立してから実際に台湾がF16Vを手にするまで数年かかると見られる。F16Vは、航続距離が従来機より長いほか、レーダーや電子装備の性能向上によりF22やF35といった第5世代戦闘機との相互運用性も高まるというが、第5世代そのものではない。
そうではあっても、台湾の空軍力再建の第一歩には違いないし、米国が台湾防衛への確固たるコミットを示したことの意義は、やはり極めて大きい。