【WEDGE infinity:2021年3月30日】https://wedge.ismedia.jp/articles/-/22584
台湾のパイナップルが突然、最大の輸出先である中国から「禁輸」された問題は、中台関係の悪化による中国の「制裁」が、フルーツ王国として知られる台湾の農業分野にも及んできたと受け止められた。一方で、日本では台湾パイナップルの購入運動が広がるなど、国際的な波紋を広げている。パイナップル禁輸騒動の背後には、14億人の巨大市場を利用する中国外交のあり方に対する世界の困惑と反発がある。
一通のファックスが台湾全体を震撼させた。届いたのは2月25日。台湾のパイナップルから害虫が検出されたとして、3月1日から台湾産の輸入を禁止するという中国の税関「海関総署」からの通告だった。台湾側は中国向けの99.8%がこれまで検疫に合格しており、検出されたとしても燻蒸消毒で対応ができると反論したが、中国側の措置は変わらなかった。
◆緊張高まる中国と台湾
中国の習近平指導部は、台湾に「一つの中国」原則を呼びかけているが、蔡英文・民進党政権は拒絶している。対話は凍結状態になっており、中国軍機による台湾の防空識別圏侵入が連日のように行われるなど緊迫した局面も多い。蔡英文政権は米国との安全保障などでの関係強化を図り、さらに中国は反発するという悪循環だ。
そんななかでの禁輸措置だけに、台湾側は貴重な外貨獲得手段であるフルーツをターゲットにした新たな「制裁」と受け止めた。その背景にあるのは、中国による「市場」を人質にして外交圧力をかける手法が、近年繰り返されてきたことがある。
過去にも、ノーベル平和賞を劉暁波に与えたノルウェーに対するサーモン禁輸、南シナ海の南沙諸島領有権で対立したフィリピンへのバナナ禁輸、そして最近では新型コロナに関して中国を批判したオーストラリアの牛肉やワインへの輸入制限など、中国はいずれも対立を抱えた相手に対して、農産品などの輸入問題に絡めてプレッシャーをかけている。
◆民進党支持者の多い南部が生産拠点
台湾では、パイナップルの産地は、南部の屏東県(30%)、高雄市(14%)、台南市(14%)などで、基本的に政権与党民進党の強い地域と重なっている。南部の農家に打撃を与えることで蔡英文政権を揺さぶる狙いもあるとみられた。中国への輸出は、輸出パイナップルの97%に達する。大口顧客の突然の禁輸に、生産者には動揺が広がった。
それをカバーすべく、台湾政府は国内消費の拡大と輸出振興を打ち出した。呼応するように台湾パイナップルの購入運動が起きたのが日本だった。中国も日本で台湾パイナップルの消費ブームが起きるとは想像できなかっただろう。日本ではちょうど、台湾から巨額の義援金を震災支援で送られた東日本大震災から10周年を迎えたタイミングで、台湾への「恩返し」の機運が高まっていたのも大きかった。
◆フリーダム・パイナップルを台湾は呼びかけ
今度も台湾が中国から、あるいは日本が中国から、禁輸などの圧力を受けた時に、同じような日台連携の対抗策が生まれるかもしれない。中国のやり方はWTOのルールにも反している可能性がある行動だが、現状では止める有効な手立てがない。台湾の呉?燮外交部長は、オーストラリア・ワインが「フリーダム・ワインと呼んで世界で消費拡大を呼びかけたことを念頭に、「台湾を支持し、フリーダム・パイナップルの名の下に団結を」と呼びかけた。
現実に、フルーツと政治は密接な関係がある。それはフルーツが国家間の貿易で取引される「換金作物」であり、輸出国が外貨を稼ぎ出す重要な「輸出品」になるからだ。幸い、当面中国の輸出分をカバーするだけの台湾国内の消費と日本への輸出増などが確保できたとみられている。台湾側は一息ついた形だが、問題がこれで解決したわけではない。特に今後ポイントになるのは台湾パイナップルの輸出競争力の問題だ。
◆台湾産はライバルの2倍の価格
「パイナップルの「自殺」と「他殺」って何でしょうか?」。この数週間、日本人の友人から何度か質問を受けた。台湾でパイナップルに対する中国の禁輸が日本で報道され、あわせて台湾のパイナップル文化が話題になったからだ。台湾では、お店に切ってもらうことを「他殺」、自分で切ることを「自殺」と呼ぶ。この表現は、台湾人には普通だが、日本人からすると「殺」という文字が恐ろしげで、意外だったようだ。台湾の店で「他殺」は作業代が少しかかる。日本でカットフルーツがスーパーで少し高いのと同じことだ。
日本でパイナップル一個の平均価格はおよそ3〜400円。ほとんどが台湾産のライバルのフィリピン産だが、たまに台湾産も見かけることがあった。値段は倍ぐらいすることもあり、かなり高めだ。
これまで台湾のパイナップルが日本で広がらなかった理由は、この価格差に加えて、まとまった輸入量が確保できないという問題もあった。ドール・フードなどの多国籍大手が大農園を保有して生産・販売管理を行っているフィリピン産に比べて、小規模農家が中心に生産していて、人手不足に常に悩んでいる台湾は安定供給に不安があった。味がいいことはわかっていても、大手スーパーや商社は販路確保に二の足を踏んでいた。
◆輸出での対中依存脱却難しく
もう一つの問題は、台湾経済の対中依存の問題である。
中国は、関係改善を進めた国民党の馬英九政権時代(2008-2016)から、台湾産優遇政策によって農産物や水産物の輸入を増やす政策を進めた。2008年に中台直行便のフライトが開通し、2010年には両岸経済協力協定(ECFA)が締結され、台湾の対中の農産品輸出が急拡大していった。
もともと台湾の農産品輸出は、日本が第一位だったが、2013年には中国が日本を追い抜いた。中国の消費市場は拡大を続けており、購買力は年々高まっている。台湾側には小さくないメリットとなり、フルーツは中台関係改善の象徴的な存在となった。パイナップルも台湾の対外輸出の90%以上を中国市場が占めるようになった。
2016年に誕生した蔡英文政権は、東南アジアや南アジアとの貿易拡大を念頭に「新南向政策」を打ち出して対中依存の解消を目指したが、フルーツなどは競合相手になる国も多いうえ、価格差の問題もあって、依然として対中依存は解消できないままだった。その実態がこのパイナップル騒動によって明らかになった形である。
国際的に孤立する台湾がFTAなどのネットワークに中国の圧力で入れないことも響いている。台湾のパイナップルは日本では17%の関税がかけられ、価格を下げることも容易ではない。また、冷凍技術が欧米の輸出には求められるが、設備の整備も遅れていると言われる。すぐ隣の中国への輸出があるので、業界で努力を怠っていた部分もあった。
◆日本人が目をつけた台湾のパイナップル
パイナップルはトマトなどと同様に南米原産で、外形が松かさ(pine)に似て、味はリンゴ(apple)を思わせたので、パイナップル(pineapple)と呼ばれるようになった。甘さと酸っぱさを兼ね備え、果肉も大きく、栄養価も高いことから、あっという間に世界の食卓に広がった。だが、収穫後は長持ちしないので、輸送技術の発達前は缶詰が主流だった。缶詰パイナップルの栽培地として、最初に台湾の可能性に目をつけたのが日本人だった。
日本が台湾の統治を始めた19世紀末、台湾でどのような果物が作れるか研究を始めた。そこで目をつけた農作物は、サトウキビとパイナップルだった。サトウキビは砂糖生産のため。パイナップルは缶詰にして世界に輸出するため。台湾初の缶詰工場は1902年に高雄の鳳山に完成した。生産量はどんどん拡大し、輸出先も日本だけでなく世界各地に広がった。
台湾のパイナップルは、砂糖、コメにつぐ輸出品に成長。パイナップルの缶詰工場は1933年に台湾総督府の統制方針で一社に統廃合されたあとも、生産の担い手が台湾人農家であることは変わらなかった。台湾の気候に非常に適したパイナップル生産は、今日のフルーツ王国台湾の出発点でもあり、台湾社会の思い入れも強い。
台湾フルーツは、バナナに代表されるように、中南米産や東南アジア産に価格競争で敗れ、戦後の日本市場からいったん退場した。だが、最近はコロナによる在宅での食事が増えて、以前よりも食費にお金をかける傾向が高まっている。多少値段が高くても、日本の消費者は美味しい方を選ぶようになったので、台湾パイナップルにも期待が持てる。
日本で台湾のフルーツといえばまずはマンゴやライチ、ザボンなどが有名になった。最近はナツメや釈迦頭(バンレイシ)、蓮霧(レンブ)もときどき見かける。台湾フルーツの品種は多く、日本人好みの味である。日本での消費拡大のきっかけとして、パイナップル禁輸が「災い転じて福」となるかどうかは、今後の台湾側の自助努力にも左右されそうだ。
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野嶋 剛 (のじま・つよし)ジャーナリスト1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)。
公式HPは https://nojimatsuyoshi.com
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