昨日の本誌で、台湾の調査チームがWHO専門家調査チームより1ヵ月以上も前に武漢を調査し、中国が公式に『人・人感染』を発表するより1週間以上も前に「人・人感染の可能性」を探り当てていたことをレポートする産経新聞の矢板明夫・台北支局長による連載第1回の「コロナ 台湾に学ぶ」をご紹介した。
台湾がなぜ迅速かつ的確に武漢肺炎の防疫態勢を固めることができたのか、とても重要なポイントだ。
その2回目は、武漢肺炎の感染者を受け入れ「感染への不安を相談するホットラインを設置し、隔離宿舎の提供など一連の対策を講じ『安心できる病院』として台湾の医療関係者の間で高い評価を受けている」という台南市の奇美病院を取り上げていた(ただし、この第2回はネット版)。
◆医療スタッフや患者の心のケアを重視 【産経新聞「コロナ 台湾に学ぶ(2)」:2020年5月31日】 https://www.sankei.com/article/20200531-XHWYQRHFHVKRJLP56TKH2DJPJU/
第3回は、台湾の「ナショナル・マスクチーム」で中心的な役割を果たした衛生材料最大手「南六企業」の創業者で会長の黄清山氏を取り上げ、台湾がどのように中国依存から脱却してマスク不足を乗り切ったかという記事と抱き合わせで紹介している。
この記事では触れられていないが、「ナショナル・マスクチーム」といえば、中山医学院を卒業してから台湾大学大学院で公衆衛生の修士号を取得し、医師として働いた経験もある陳其邁・行政院副院長もキーマンの一人だろう。
陳氏が武漢肺炎について蘇貞昌・行政院長に報告したのは早くも昨年12月31日だったこともさることながら、「何かあれば、私が責任を取る」と省庁横断システムを立ち上げ、迅速な対応を可能にした。
また、台湾は1月23日から29日までの1週間、春節休暇だったにもかかわらず、ほとんど休みを取らずに沈栄津・経済部長とともに各方面を駆けずり回ってマスク生産システムを整えた。ジャーナリストの野嶋剛氏は次のようにレポートしていた。
<陳其邁・副院長と沈栄津・経済部長は、旧正月期間中に各方面を走りまわり、ほとんど休暇をとることができなかったという。その間にやったことは、台湾政府が60台のマスク生産機械を発注したことだ。一台につき価格は300万台湾ドル(1台湾ドル=3・5円)で、合計で1.8億台湾ドルの費用となった。これらの生産機械を業者に分配し、生産を委託し、生産量のすべてを政府で買い上る仕組みを整えた。>(「台湾『マスク・ポリティックス』に見るコロナ時代の危機管理」WEDGE infinity:2020年3月11日)
産経新聞の記事で「約1カ月で60本分を各業者に配分して増産体制を組んだ」というのはこのことを指している。春節休暇返上でマスク生産機械の発注、業者への分配、生産委託、そしてなにより生産したマスクの政府買い上げというシステムを整えたキーマンが陳其邁・行政院副院長だった。
南六企業会長の黄清山氏などの業者の「全従業員に12時間交代で働いてもらい、機械は24時間稼働させ続けた」という大車輪の操業苦労はそこから始まる。そしてついに中国依存から脱却し、台湾独自でマスク不足の解消にたどり着く。
この「台湾経験」は重要だ。台湾は重症急性呼吸器症候群(SARS)に学び、武漢肺炎に学んで、台湾人としての誇りとオリジナリティを確立しつつある。
—————————————————————————————–脱中国 マスク不足を解消 官民一体で生産・販売管理【産経新聞「コロナ 台湾に学ぶ(3)」:2020年6月2日】https://special.sankei.com/a/international/article/20200601/0001.html
台湾の蔡英文総統は5月20日に行った2期目の就任演説で、台湾の医療用マスクの生産業者らを「ナショナル・マスクチーム」と表現し、新型コロナウイルスとの戦いで、官民一体の生産体制により中国依存から脱却した成果をたたえた。
関係者によれば、台湾では2003年にSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行した際に深刻なマスク不足に陥った経緯があり、その後の立法院(国会に相当)での法整備で、緊急時に当局が物資を強制的に調達できるようにした。
今回のコロナ禍が発生した1月当時、台湾のマスクの1日当たり生産量は人口約2400万人に対し約180万枚で、市販のマスクの大半は中国からの輸入に頼っていた。このため、台湾当局は急遽(きゅうきょ)、内外からマスクの生産ラインの部品を調達し、約1カ月で60本分を各業者に配分して増産体制を組んだ。業者らも軍からの作業員の応援も受けて24時間態勢で生産し、6月1日現在、1日当たり生産量を当初比10倍以上の約2000万枚に引き上げた。
一方、台湾当局は1月下旬からマスクの輸出と転売を禁止。域内で生産されたマスクの全量を買い上げ、購入時にも枚数制限と実名制を導入して1枚5台湾元(約18円)の廉価で、各地の指定薬局で販売した。
感染の震源地となった中国湖北省武漢には当時、多数の台湾人が暮らしており、家族や友人にもマスクを送れない状況に「血も涙もない」という批判がメディアと野党から殺到したが、蔡政権は耐え続けた。「特例を認めれば必ず転売する人が現れ、台湾のマスクはあっという間になくなる」と当局関係者は当時の胸中を振り返った。
当局とマスク業者の努力で安価なマスクが津々浦々に行き届いたため、台湾では早い段階で、公共交通機関や公的施設を利用する際のマスク着用を義務付けることができた。今となれば、「全員マスク」を徹底したことが、感染抑制の大きな理由といわれるようになった。
感染収束の兆しが見えた4月以降、台湾当局はマスクを欧米や日本などに寄付するマスク外交を展開し始めた。
(高雄 矢板明夫、写真も)—————————————————————————————–マスク生産 中心企業会長 軍も協力、24時間フル稼働【産経新聞「コロナ 台湾に学ぶ(3):2020年6月2日」https://www.sankei.com/article/20200601-GXZG2LOVRBJTHEYSOLS5LZDHHQ/
台湾の「ナショナル・マスクチーム」で中心的な役割を果たした衛生材料最大手「南六企業」(本社・高雄市)の創業者で会長の黄清山氏は1日までに、産経新聞の取材に応じ、台湾で深刻なマスク不足が回避できたことは「政府と民間企業が力を合わせて手に入れた勝利だ」と語った。
新型コロナウイルスが中国で流行し始めた1月下旬、黄氏は台湾当局の関係者から「海外からマスクを調達できないか」との相談を受けた。子会社のあるインドでマスク数百万枚を購入し台湾に送ろうとしたところ、インドでも感染が拡大し始めたため断念し、「現地政府などに寄付した」という。
「自分の問題は自分で解決するしかない」と考えた黄氏は、当局が調達したマスク生産ラインを工場に導入。全従業員に12時間交代で働いてもらい、機械は24時間稼働させ続けた。「従業員の日当を5倍にして、(1月下旬の)旧正月休みも返上してもらったが、それでも人手が足りなかった。政府に頼んで軍の兵士に来てもらい、梱包や箱入れなど簡単な作業を手伝ってもらった」。
当時、最も懸念されたのは「マスクの原材料不足」だった。供給最大手の黄氏は知り合いの当局高官に頼まれてテレビに出演し「マスクを生産する原材料は十分ある。必要なところには全て提供する」と宣言した。この発言で多くの業者と市民は安心し、薬局でマスクを買うための行列が短くなったといわれる。
黄氏は会社に備蓄している美容パック、紙おむつ、ウエットティッシュなどの原材料を、赤字覚悟で全てマスク用に振り向け、危機を乗り切った。
黄氏が最も印象に残ったのは、蔡英文総統が2月17日、工場視察に訪れたことだった。「不眠不休に近い状態で働き続けた従業員らは、総統から直接ねぎらいの言葉をかけられたことで社会に貢献していると実感し、士気はさらに高まった」という。
「台湾の需要はほぼ一段落したので、今後は外国への支援に力をいれる」という黄氏。6月から日本に300万枚を寄付する予定という。(高雄 矢板明夫)
──────────────────────────────────────※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。