昨10月5日、台湾李登輝之友會全国総会(城仲模総会長)が主催する世界大会が台北
市内で開催された。
日本からは、本会の柚原正敬常務理事をはじめ片木裕一理事(事務局次長)、冨澤賢
公理事(事務局次長)、薛格芳理事、紀伊進・熊本県支部長(理事)、山下昭信・静岡
県支部長代理、早川友久理事、そして折しも台湾ツアーで訪台していた千葉県支部の川
村純彦支部長(理事)をはじめとする一行も参加した。また、本会理事で大阪日台交流
協会の野口一会長一行も参加した。
午前9時半から始まったこの大会の冒頭に李登輝元総統が登壇、「台湾の民主が直面
する内外の危機」と題して1時間ほどの講演をされた。
その前日、城仲模総会長や交流協会台北事務所の斎藤正樹代表、柚原常務理事などが
淡水の群昨会に李元総統を訪問したときに同じテーマの講話をされたので、ここではそ
の時の講話をご紹介したい。
李元総統は馬英九政権の急激な中国傾斜に警鐘を鳴らし、総統だった時代の「九二年
コンセンサス」なるものを完全に否定している。また、馬英九総統が中国との関係を「国
と国との関係ではない」と宣言したことについても「国家を裏切り、人民の期待を失す
るもの」と厳しく糾弾している。
いささか長い講話であるが、ここに一挙に掲載してご参考に供したい。李元総統は考
えが変わったとする見方があるが、いささかも変わっていないことがこの講話に如実に
現れている。「台湾民主化の父」たることを改めて印象づける講話だ。ご精読を乞いた
い。 (編集部)
台湾の民主が直面する内外の危機─世界李登輝友の会聯合会の開催に寄せて
台湾元総統 李 登輝
城総会長、斎藤大使、柚原さん、野口さん、そして台湾、日本、アメリカ、ロシアか
らお集まりの、ご来賓の皆様、こんにちは!
ただいまご紹介いただきました李登輝です。
明日、台湾の李登輝友の会全国総会によって、世界各地区の李登輝友の会の連合会を
開催するに当たり、海外各地からお集まりの皆様に心から歓迎と感謝の意を表します。
台湾李登輝友の会は二〇〇二年六月に設立して以来、各地において台湾の主体性ある
歴史観、文化観および民主価値を旨とする活動を始めて参りました。
この六年間はまた、台湾の政治経済が客観的な不正常情勢の影響を受け、残念なこと
に二〇〇四年選挙以降、台湾の民主化は強化されなかったばかりか、逆に後退的な危機
にまで見舞われたのです。
世界第三波の民主化を研究する専門家であるハンチントン教授は「第三の波として民
主化を遂げた国における民主の強化は、つねに四大挑戦に直面する」と語っています。
その一つ目は、民主化過程における参与者の造反。
二つ目は、明らかに反民主的なイデオロギーの政党や政治運動の選挙における勝利。
三つ目は、行政部門の権力壟断。これは民選首長が権力を一身に集め、立法部門の監
督を回避し、行政命令で統治を進めるといった事態にも及ぶ。
四つ目は政府が人民の政治権と自由権を剥奪すること。
今日、私たちはこの四つの大きな民主化の挑戦を考え、深く反省し、台湾の民主化の
病理を総体的に検討しなければなりません。
この度、世界各地の李登輝友の会聯合会の開催は、皆様のご意見や考え方を交換すべ
き良い機会でありましょう。ここで、私からも問題を提出して皆様の参考に供したいと
思います。
一、民主強化には国家のアイデンティティ問題が存在
今年の立法院と総続の二大選挙では中国国民党が勝利を収め、多くの人々が馬政府政
と中国国民党が「全面的な執政、全面的な責任負担」を行い、台湾の民主化を期待しま
した。しかし残念ながらその願いどおりには行かず、馬政府はこの三ヶ月来、中国への
傾斜を加速させています。直行チャーター便や観光客の来台のためまったく存在してい
ない「九二年コンセンサス」を承認し、台湾をひたすら「一つの中国」の渦の中に巻き
込もうとしています。そして馬政府の「経済は中国に依存する」との総体的政策は、台
湾の経済民生を救うことができないことを証明しているばかりか、さらには台湾を中国
の「経済を以って統一を促進する」策略から抜け出せなくさせています。
二、台湾が主権独立国家であることの否定は許されない
台湾は一つの「主権独立」の国家であり、一つの「主権在民」の国家です。台湾と中
国との関係について私は、一九九九年当時話した通り、一九九一年に憲法修正を行って
以来、両岸は国と国の関係に定まり、少なくとも「特殊な国と国との関係」となりまし
た。決して「一つの中国」という内部的な関係ではないのです。
ところが今の政府は何と自ら主権を放棄するように、両岸関係は一種の特別な関係で、
国と国との関係ではないと宣言しました。こうした対外的な自己否定は主権独立国家の
行為とは言えません。これは国家を裏切り、人民の期待を失するものです。
三、主権は民に在り、政府に在らず|中国への傾斜を拒むには鳥籠の中の公民投票法を
修正すべきである
台湾人民は馬英九氏を選出しましたが、これは決して彼に台湾の「主権放棄」の権限
を与えたことを意味していません。ましてや中国の一部にさせることなど許したわけで
はないのです。
もし馬英九氏が今日、多数の有権者が自分を支持しているからとして、九二年コンセ
ンサスを承認していい、台湾の主権的地位を変更していいと考えているとしたら、皆様
は断じてこのようなおかしな考えを認めてはなりません。有権者はまったくこのような
ことを彼に許したわけではないのです。
四、国共両党に台湾の前途の勝手な授受を許してはならない
それから忘れてならないのは、台湾の主権問題は国際問題であり、台湾海峡の現状は
片方が一方的に変更してはならないということです。国共両党がドアを閉め、台湾の前
途について協議し、それで天を欺くことができるなどと考えてはいけません。国共が協
議を達成し、台湾海峡の現状を一方的に変更しても、台湾海峡の情勢に利害を持つのは
両岸だけではありません。周辺諸国も同じなのです。ですから絶対に国共両党の勝手な
授受を許すことはできません。
五、民主参与者の腐敗、愛台湾はスローガンに堕した
そのほか、最近ある政治家の海外送金事件に絡む汚職が発覚し、それがどう不法であ
るかは、司法の判断が待たれています。しかしそこで暴露された民主化過程での参与者
本人の腐敗、一部支援者が是非を論じなかったり、再三弁護をしていることは、台湾の
民主強化に関心のある人にとっては重視に値することです。馬政府と中国国民党の行い
は、台湾民主陣営に対する外部の脅威です。しかし民主参与者本人の腐敗と、それに垂
れ下がる集団の腐敗は、台湾民主陣営の心腹内の禍です。そして危険性の上では、内部
の禍は外部の脅威より小さいとは言えません。
皆さん、私たちの台湾への願望、民主への願望は、社会正義に対する堅い姿勢から来
るものです。そうでなければこれほど小さな台湾は、何に依って立つのでしょうか。民
主参与者に社会正義がないままで、社会正義のない反民主陣営に勝てるでしょうか。台
湾は社会正義がないままで、社会正義のない中国覇権主義に勝てるでしょうか。
六、社会正義を行う「台湾本土」、超越した「新時代の台湾人」を追及
長年にわたって台湾の民主運動は、民主、自由、人権という価値観を標榜し、社会正
義をその根本的な哲学の基礎においてきました。ハンチントンは民主の基礎を論じる際、
神学者ニーバーの「人類は正義を実践する能力を備えているため、民主を可能にするこ
とができる」と言う言葉を引用していましたが、人類は正義に反する傾向の中にあって、
民主を必須とすることもあるのです。
民主の最大の敵は反社会正義です。そのため台湾の民主において、将来最も憂慮しな
ければならないのはブルー陣営とグリーン陣営の対立ではなく、社会正義が行なわれて
いるかどうかなのです。ブルーで反社会正義なら悪、グリーンで反社会正義ならやはり
悪です。いわゆる「台湾本土」は特定の血統や地域の人の総称ではありません。そのよ
うなものを超越した台湾へのアイデンティティ、社会正義への崇拝、清廉自律、土地を
いと惜しむことのすべてを備えていることを指すのです。
七、自己統治能力を備える現代的公民になれ
今日、私たち台湾の二千三百万人の眼前に横たわっているものは、いかに生存するか
の問題だけでなく、如何に超越するかの問題があります。私たちは台湾が正常な国家に
なることに圧力を加える外在的脅威を超越しなければなりません。そしてまた歴史がも
たらした漂流意識を超越し、低い道徳基準で自己を甘やかす陋習を超越しなければなり
ません。こうして初めて、台湾人民にはチャンスが訪れ、アジアの孤児の運命から抜け
出し、自己統治能力を備える現代的な公民になることができるのです。
皆様、過去の二十数年問において、人々の心は台湾の民主化を推し進め、その成果は
小さなものではありません。しかし今日の歴史は私たちに新しい課題に直面しているこ
とを教えています。台湾の民主化に対する内外の危機はすでに眼前に迫っており、さら
に向上するカで挑戦を克服しなければなりません。皆で「同じ心で提携」し、引き続き
努力して行こうではありませんか。
最後に、皆様の長期にわたる「李登輝友の会」への不断のご叱咤、ご支持に、あらた
めて感謝の意を表すと同時に、皆様のますますのご活躍と、ご健康をお祈りいたします。
ありがとうございました。