【李登輝元総統】「台湾の指導者は頭を働かせよ」

【 李登輝元総統】「台湾の指導者は頭を働かせよ」

日本李登輝友の会メールマガジン「日台共栄」より転載

李登輝元総統「台湾の指導者は頭を働かせよ」 自由時報が単独インタビュー

【本会ホームページ「お知らせ」:2015年5月12日】 http://www.ritouki.jp/

 5月11日、台湾紙・自由時報による李登輝総統の単独インタビューが掲載された。聞き手は『李
登輝執政告白実録』(邦訳は金美齢訳『台湾よ─李登輝闘争実録』)などの著書で知られる副編集
局長の鄒景●(すう・けいぶん)氏。

●=雨の下に文。鄒氏は台湾を代表する政治記者として知られる。

 李登輝元総統は言う。

 国家統一委員会は政府内部の会議であり、両岸の話し合いと何の関係があるのか。

 馬英九は92年コンセンサスを振りかざしているが、何の意味もなさない。

 馬英九はアジア投資銀行に加入したいようだが、TPPへの参加も同時に考えよ。

 台湾の指導者は頭を働かせよ。政権交代すれば政権は巡ってくる。しかし、台湾の国民にチャン
スはまた巡ってくるのか。

 まずは憲政改革と民主改革を進め、教育・文化を推進し、次世代の重点産業を発展させるなど、
台湾の国内建設と競争力の強化を推し進めることが指導者のあるべき姿だ。

問:
 最近、総統の馬英九は国家統一委員会と「92年コンセンサス」をこじつけ、「92年コンセンサス
は存在する」と主張していますが、どのように見てらっしゃいますか?

李登輝:
 まず始めに、なぜ国家統一委員会を作ったかということから説明しなければならない。1988年、
私は思いがけず総統に就任することとなった。ただ、当時の国民党の政策は反攻大陸だったが、私
も反攻大陸の政策を堅持しなければならないのかと思い悩んだ。なぜなら、台湾と中国の両岸が内
戦状態を続け、動員戡乱(かんらん)体制(国家総動員体制)を維持するのであれば、山積する問
題を解決することは出来ないからだ。動員戡乱時期臨時条款では処理できないことがたくさんあっ
た。

 そこで私は、どうすれば国民党の年寄りたちの「反攻大陸」を黙らせることができるか考えた。
その結果、国家統一委員会を作ろう、と提案したのだ。ただ、国家統一綱領を見てほしい。綱領は
三つの段階に分かれているが、その第一段階に「中国の民主化、自由化、所得の公平化が実現した
時、統一についての話し合いを始めまる」と規定している。

 当時、総統の立場にあって、私が掲げた最も重要な目標は動員戡乱時期を終わらせることだっ
た。そうでもしなければ、1947年に中華民国憲法が成立してから1年も経たないうちに凍結された
ままの状態が、長期にわたって台湾の政治体制をねじまげているという現状を打破できないと考え
たからだ。

 1990年、国家統一委員会が成立し、会議で同意が得られると、翌91年には動員戡乱時期の終結宣
言を行った。そして、当時の国民代表ひとりひとりを訪ね歩いては、「国民大会の臨時会議を開い
て『動員戡乱時期臨時条款』を廃止してください。そして、万年国会を解散させ、新しい代表が選
ばれるようにしてください」と誠心誠意頼んでまわったものだ。

 その後、総統を国民の直接投票によって選ぶ制度を導入し、台湾の徹底的な民主化を図った。当
時、馬英九は国民の直接選挙に反対し、「委任直接選挙」なるものを主張したが、それはペテン
だ。委任して何が直接選挙か。

 さらに、台湾省を凍結したことで台湾の省はなくなった。ここまで話せば、私が何を目的として
きてやってきたか分かるだろう。台湾の主体性を一歩ずつ踏み固めてきたのだ。だから「統一」と
いっても、国民党の年寄りたちに聞かせるために言ったまでで、中国に対して言ったのではない。

 国家統一委員会は総統の私が招集するものだから、私の署名があるのは当たり前で、それに何の
意味があるのだ。1992年、国家統一委員会は2度の会議を開いた。1度目は4月、2度目は7月だっ
た。

 4月の会議では、両岸交流が始まれば、必ずや「一つの中国」の問題にぶつかる。これを台湾側
はいかに解釈するかという議題で会議を開いた。席上、康寧祥委員が「国家統一綱領に照らしてみ
ると、現在の状況はまだ第一の段階で、『一つの中国』について話し合うのは時期尚早だ」という
意見を出し、●柏村(当時、行政院長)も賛同した。●柏村曰く「我々は中華民国を堅持していれ
ばいいのだ」と。

●=都の者が赤。

 7月の2度目の会議では、そこそこの結論が得られた。つまり、一つの中国の内容は両岸それぞれ
が独自に表現すればよいというものだ。あちらはあちらの立場、こちらはこちらの立場でいいじゃ
ないか、と。ただ、これの一体どこが「92年コンセンサス」になるのか。

 当時、両岸の接触については、もう一つのルートがあった。蘇志誠(当時、総統府弁公室主任)
と鄭淑敏を香港に送り、南懷瑾らを通じて汪道涵らと意見交換をした。後に、お互い実際に会って
話せば、意見がまとまりやすいだろうということになって仕切り直しをした結果、シンガポールで
辜汪会談(1993年4月にシンガポールで行われた台中トップ会談)が実現したのだ。

 台湾では1990年に海峡基金会が設立、中国は2年遅れて海峽両岸関係協会が設立されたが、香港
で話し合いをしたのはその後の話であって、それまでの時期は相互に行き来はしていたものの、コ
ンセンサスを得るなどということは不可能だった。これははっきりした事実だ。

◆馬英九がいくら「92年コンセンサス」を振りかざしても意味をなさない

 「92年コンセンサス」は蘇起(当時、大陸委員会主任委員)が2000年の政権交代前に言い出した
ものだ。後に彼は著作のなかで「二国論」(李登輝総統が発言した、中国と台湾は『少なくとも特
殊な国と国との関係』とする主張)は誤りで、92年にはコンセンサスが出来ていたと言い出し、そ
れに連戦が乗っかったようだ。2005年、連戦はそのコンセンサスを土産に北京へでかけ、胡錦濤と
いわゆる「5つのコンセンサス」で合意した。以上が全体的な経過である。

 馬英九はやたらと「92年コンセンサス」を振りかざしているが、実際のところまったく中身のな
い話だ。馬英九は国家統一委員会の議事録コピーを持ちだして私に証明しろと言っているが、な
かったものをあると言えるはずがない。

 国家統一委員会は政府内部の会議であって、両岸の話し合いとは何の関係もないし、両岸関係の
ために作ったものではない。国民党はこれまでも歴史を「創造」するのが得意だった。今さらコン
センサスのない香港会談を持ちだし、それをコンセンサスだと言うのなら、歴史捏造以外のなにも
のでもない。

問:
 今日の国際情勢には新たな変化が生まれています。例えば、中国の習近平政権はアジア投資銀行
を設立したり、「一帯一路」構想を唱えてみたりと、新たな国際秩序の構築を企図しており、それ
に対して日米がTPPなどの経済戦略を推し進め、対抗しているような状況についてどのように見
られていますか。

李:
 この状況は、中国の本当の平和的な台頭なのか、それとも米国が覇権を求めたゆえの問題だろう
か。まずは、権力を政治の中心とする中国と、周辺国家の関係を理解することだ。中華人民共和国
憲法には国家と解放軍は中国共産党の支配下にあると明文で規定されている。中国共産党による一
党独裁体制下の国家目標こそが世界の覇権であって、そうした国家の目標を達成する手段が軍事力
であり、経済力なのだ。

 中国の基本外交政策は、戦国時代の「遠くと交わり近くを攻める」を未だにその方針としてい
る。遠くの国とは仲良く付き合い、近隣国家はできるだけ締め付けておくというやり方だ。近隣国
家である日本、フィリピン、インドネシア、ベトナムはどこも中国との領土問題を抱えている。

 また、解放軍の基本的な軍事戦略は、古代の兵法と同じく「一点集中」。一点とは日本であり、
その次がフィリピンだ。ただ、中国にとってみれば台湾は一点でさえもない。というのも、中国か
ら見れば台湾は自国の領土の一部だからで、まずは台湾を回収してから、次の一点である日本を抑
えこもうという魂胆だ。

 中国は20億米ドルをかけて航空母艦「遼寧」を完成させ、最近では2隻目の建造に着手している
という。これは出海権の全面掌握を目論んでいるためだ。さらにロシア製の潜水艦を購入し、東シ
ナ海、南シナ海、インド洋、太平洋を手中に収め、最終的には制海権を掌握して西太平洋とインド
洋を支配下に置こうという壮大な野心の表れだ。

 台湾海峡を航行する日本の石油タンカーの航路が絶たれたら、日本は尖閣諸島を守る能力を失う
ことになる。戦後、日本は日米安全保障条約という軍事保障のもとにあったため、人民解放軍はい
かにして米国の軍事力を西太平洋から駆逐するかを最大の目標としてきたのだ。

◆アジア投資銀行加入だけではなくTPPにも加入せよ

 2013年の米中首脳会談によって米中間には大規模な経済関係が生まれ、それによって日米安全保
障条約は無力と化したかに見えた。しかし、2014年4月24日、訪日したオバマ大統領は安倍総理と
会談し、初めて「尖閣諸島は日本の管轄下にあり、日本が管轄するすべての領土が日米安保条約の
適用範囲に含まれる」と発言した。先日の安倍総理の訪米では、さらにハイレベルな接遇を受けた
が、中国の脅威を焦点として、日米の同盟関係はより強固なものになっていくだろう。

 ただ、米国もまたタヌキだから、国益のためなら何でもやりかねない。例えば、米ドルが基本通
貨となっているのは、陰で石油をコントロールしたいがためだし、IMFが打ち出した特別引出権
(SDR)には明らかに不満げだ。中国のアジア投資銀行設立については、IMFの幹部は即賛成
を示している。現在、最も重要なのはEUで、中国はEUの経済不振の機会を狙ってアジア投資銀
行や「一帯一路」構想を浸透させ、肯定的な反応を得ることでアメリカに打撃を与えたいと考えて
いる。

 中国のGDP成長率は年7%で日本を追い越し、今年はアメリカをも追い越している。10月に人
民元が自由化されたら、途端に米ドルとの競争が始まるかもしれない。ただ、米国の一貫的な戦略
を観察していると、事情はそんなに単純なものではない。例えば、日本の真珠湾攻撃のときも、撃
沈されたのはいくつかの老朽化した駆逐艦だけで、3隻の航空母艦は真珠湾を離れていた。米国は
日本による攻撃を予期しており、まずは日本に先制攻撃させた後、反撃に転じたのだ。現在の状況
にしてみても、米国がこれから強大な底力でどのように反撃に出るか注意していく必要がある。

問:
 そうした混沌とする国際情勢のなか、台湾はどのように対処していくべきでしょうか。

李:
 決して大国ではない台湾は、細心の注意を払い、状況を冷静に把握し、大国間の争いに巻き込ま
れないようにするべきだ。馬政権がアジア投資銀行への参加を希望するなら加入すればよい。た
だ、同時に米国のTPPにも加入の努力を続けるべきだ。さらには、APECやWTOにおける台
湾の役割を強化し、ASEANとの経済貿易協力拡大や政治対話についても同様に進めていかなけ
ればならない。そうすることで、台湾がどちらか一方の陣営に偏ることを避けられる。どちらか一
方の陣営に偏った場合、台湾が属した側が却って脅威になる可能性もあることを念頭に置くべき
だ。

 Gゼロの時代、世界は群雄割拠の戦国時代を迎えている。それはまた主導的立場にある国家がな
くなった時代を意味している。台湾がいかに立ち上がり、いかに自分の道を歩むのか、台湾の指導
者は頭を絞らなければならない。ただ、政権を掌握したいだけなら、政権交代を待てばいい。だ
が、台湾の人々にチャンスはまた巡ってくるのか。最高指導者たる者、私心を捨て、台湾のより良
い国内建設と競争力の強化にできる限り力を注ぐべきで、それが指導者としての正しい姿だ。

問:
 台湾の国内建設に言及されましたが、重点は何でしょうか。

李:
 先日、大学で講演する機会があったとき「台湾の枠組みの変遷」について話した。昨年のヒマワ
リ学生運動、11月の統一地方選挙の結果を「枠組み(paradigm)」の概念から見ると、そこには多
くの意義が含まれているのが分かる。台湾は変化に直面しながらも、古い枠組みから新しい枠組み
へ、どのように一歩ずつ歩みを進めていくのか、指導者はこの点に必ず考えを巡らせなければなら
ない。ただ、こうした点を考えている指導者はいるようには見受けられない。

◆教育の強化、憲政と民主改革の推進

 私は憲政改革に大きな関心を寄せている。この5月2日、公民団体が主催した憲法改正シンポジウ
ムにも出席したが、各党の指導者は2段階で進めなければならない憲法改正の問題に対して厳粛に
向き合うべきである。

 第1段階では、2005年に陳水扁総統が第7次憲法改正によって、憲法の改正が著しく困難になった
状況を改め、憲法改正への道を切り開くことだ。そして続く第2段階で、旺盛な民間のパワーを十
分に利用し、憲法改正に大きく反映させることにある。

 昨年、私は第2次民主改革を唱え、民主改革の成果が地方自治にも反映され、国民がその利益を
享受できるようにと主張した。憲政改革に合わせ、地方自治に関連する法規も同時に改正するべき
である。

 教育と文化の推進は甚だ重要である。先ほど指導者の問題について言及したが、台湾の指導者に
は、指導者たる人間が持つべき哲学が欠けており、人生観や歴史観が確立されていない。本を読む
といってもただ目を通すだけで、どう活かすかを考えていない。これは教育とも大きな関係がある
だろう。台湾の教育には問題がありすぎる。

 経済は新たな道を探るべきだ。今がまさにその時である。世界の変化がこれほど早く、かつダイ
ナミックに動く状況下、台湾は自ら立ち上がり、次世代の重点産業を確立させなければならない。

 最近、私は関心を寄せているものが2つある。ひとつは半導体の活用だ。台湾の半導体生産はか
なりの水準だが、いかにしてより多くの国際的なブランドに台湾の技術を使ってもらうか、OEM
(他社ブランドの製品を製造すること)に甘んじている立場をいかに上昇させるかを考えている。
もうひとつは台湾のエネルギー問題だ。水素エネルギー、トリウムについては私自身も研究してい
るところだ。こうした分野が成功すれば、その時こそ指導者は国際社会で台湾がどのような役割を
担うことが出来るか判断することができる。そして、台湾は国際社会に踏み出すカードを手に入れ
られるのである。

 両岸関係については、台湾の新しい社会はすでにかなりの程度発展しているが、台湾の人々、特
に指導者はさらに成熟した考えを持たなければならない。中国との関係は「君は君、我は我なり。
されど仲よき」であればよく、原則の問題について話すことは必ずしも必要ない。結論を出すのが
難しければ、事務レベル協議で細かい部分を解決し、現実的に処理を行えば済むことだ。

                                【翻訳:本会台北事務所】