ここ最近、台湾では、日本人の遺失物が台湾人の連携によって持ち主に戻ったという話が、美談としてよく報じられています。
落とし物や忘れ物が持ち主に戻るという話は、日本人からすれば、当たり前のことで特筆するまでもないことですが、台湾ではやや「特別」な意味を持ちます。
今週のメルマガはこの点について分析してみました。
【黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」第236号:2018年5月23日】http://www.mag2.com/m/0001617134.html
*読みやすさを考慮し、小見出しは本誌編集部で付したことをお断りします。
◆日本人の忘れ物が持ち主に戻ったことがなぜ台湾ではニュースに?
台湾で日本人がタクシーに忘れたスマートフォンを、台湾人が連携してあっという間に持ち主を探し出し、本人に返したという記事が話題になっています。5月20日の聯合新聞網は、以下のようなニュースを掲載しました。
<5月17日、台南市でタクシーに乗車した日本人男性が車内にスマートフォンを忘れたため、タクシー運転手が台南市警六分局金華派出所に届けましたが、そのスマートフォンのケースには名刺とメモが刺さっていたものの、日本語だったこともあり、担当の警察官・林于翔(リン・ユーシアン)さんも判読できず、ついには日本で仕事をしている妹にLINEで連絡。
メモには電話番号とともに「金曜日17:35、経済(エコノミー)、2人、関西空港」などと書かれていたことが判明、林さんはそこから、日本人はビジネスマンで、「金曜日17:35」は帰国のための飛行機の時間だと推測し、メモにあった電話番号にかけてみると旅行会社だったために、合致する日本人乗客への連絡を依頼しました。
これにより、1時間もたたずに、焦った様子の日本人2人が金華派出所に姿を見せ、無事、スマートフォンが持ち主に戻ったとのことです。>
実際の聯合新聞網の記事には、スマートフォンが戻って喜ぶ日本人観光客や、警察官の林さん、そして林さんの妹などの写真まで掲載されています。
ちなみに林さんの妹は台湾で就職活動に失敗、140センチ程度という背の低さが原因だと思っていたそうです。旅行で訪れた日本にハマり、日本で暮らそうと一念発起して日本語を勉強、その後、来日してケータイの販売員に就職したそうです。
台南を訪れる日本人観光客は多く、トラブルで派出所にやってくる日本人に対して、同じように日本にいる妹をときどき即席の通訳にしているとのことです。
じつにのんびりした他愛もない話で、日本人からすると、記事にするほどの価値があるのかと思う人もいるでしょう。しかし、ここには台湾人の琴線に触れる、いくつかの「隠れテーマ」があるのです。
ひとつは、言うまでもなく親日であるということ。警察官の妹は大の日本好きで日本で暮らしながら、その一方で、台湾で困っている日本人を助けているという、日台の特別な関係を体現しているわけです。
そして、台湾人は落とし物を届ける正直さを持っているということ。海外では通常、落とし物が返ってくることは非常にまれです。とくに高価なものであれば、絶対と言っていいほど、出てきません。
日本統治時代を経験した台湾では、「日本精神」といえば「正直」「誠実」を意味する言葉となっています。そしてその「日本精神」が台湾では息づいているのです。世界一親切で正直な日本人という民族に対して、台湾人も遺失物を返還する正直で誠実な民族だということを示す。それは台湾人の「誇り」でもあります。
◆台湾に生きている日本人の美徳
言うまでもありませんが、日本を訪れた外国人が驚くのが、遺失物が持ち主に戻る確率の高さです。2016年に東京都で落とし物として届けられた現金は36億7000万円にものぼり、そのうち4分の3の27億円が持ち主に返還されたそうですが、アメリカの経済ニュース「ブルームバーク」では、このことを、「落とし物を届けるという美徳が反映された結果」と伝えています。
こうした日本人の美徳が、台湾でも生きているのです。前述の警察官・林さんの妹さんも、だから日本での生活が苦にならないのでしょう。また、台湾好きの日本人が増えているのも、異国情緒がありながら、価値観が近いからです。
日本の「万邦無比」といえば、戦前も戦後も「万世一系」の天皇を連想しますが、それ以外にも「国際貢献」「世界で一番住みたい国」「社会の安定、安心安全」の国であることです。しかし、そうしたことについて、日本のマスメディアはあまり伝えたくないらしく、最近ではインターネット以外ではそれらを伝えることがほとんどありません。
台湾についての報道は、日本のマスメディアではタブーとなっていますが、2014年には、アメリカのウェッブサイトが、台湾を日本に次いで世界で2番目に「安定、安心、安全」な国として認定しています。別の調査では1位に選ばれたこともあります。
台湾は地政学的には、ほぼ東南アジアと東北アジアの接点に位置していますが、文化的には、ここ百年来は政治、経済、社会ともにますます日本に似てきています。それは、日本語族が一時、社会の主役だったからだけではありません。10代、20代の「新人類」にまで「哈日族」(日本大好き族)が生まれ、そのことが台湾の社会現象にまでなっています。
今回のスマートフォンの件以外にも、今年の4月末には、2年半前に女子大生が石垣島でダイビング中に紛失したカメラが宜蘭県の海辺に漂着、それを拾った小学生が持ち主探しを呼びかけ、その結果、女子大生のものだということが判明、女子大生が母親とともに宜蘭県の小学校を訪れ、全校をあげた歓待の中、カメラが返還されたということがありました。
この件は、自由時報が一面でカラー写真付きで報道するだけでなく、台湾のテレビでも美談として中継していました。
◆在日台湾人団体も「台湾人観光客を中国人観光客扱いしないで欲しい」と要請
一方、台湾で「支那人根性」といえば、「嘘つき」「いい加減」「自己中心」「裏切り」などを意味する言葉であり、台湾人としては否定的なイメージばかりです。
だから、台湾人のなかで「自分は中国人」だと考える者の割合は年々低下しており、現在では5%未満という調査もあります。また、今年の1月8日には、台湾の自由時報が、台湾の若者のあいだで「台湾は中国ではない、台湾人は中国人ではない」という意識が急速に強まっているという、アメリカ人コラムニストの記事を伝えています。
中国人のマナーや道徳心のなさが世界中で顰蹙を買っていることは言うまでもありません。同じ中国語を話しているからといって、中国人と一緒にされたくないという思いが、台湾人のなかで強まっているのです。
2017年2月には、在日台湾同郷会、在日台湾婦女会、日本台湾語言文化協会といった在日台湾人団体が連名で、日本の報道各社に対して、「台湾人観光客を中国人観光客扱いする間違った報道」というタイトルの要請を行っています。
要請書のなかで、在日台湾人たちは、次のように訴えています。
<報道でよく見られるのは、「中国人観光客」のくくりのなかで、北京からの客、上海からの客、と同列に台湾からの客を取り扱うケースです。
わたしたち台湾人は中国人ではありません。歴史的にも国際法的にも、台湾は中国の一部ではありません。(中略)
日本の報道が無神経に台湾を中国の一部と考え、台湾人を中国人と同じと考えているとしたら、それは残念ながら、正確ではありません。中国政府の一方的な台湾併呑の野望に加担するような姿勢は是非、是正して下さいますようお願い致します。>
訪日台湾人のなかには、大声で爆買いする中国人と同一視されたくないということで、人前では中国語を話さずに無言を貫こうとする人たちも多いのです。
◆中国人と同一視されたくないという風潮が強まる台湾と香港
もちろん、台湾人のみならず、香港の若者も、中国人と同一視されたくないという風潮が強まっています。
いずれにせよ、台湾人と中国人はまったく異なる人種なのです。もちろん、中国と台湾の統一を願う外省人(戦後、中国本土からやってきた中国人)もまだまだ少なくありませんが、70年近く前に台湾に進駐してきた彼らも、その子ども、孫の世代になるにつれて「台湾人意識」が芽生え、強くなってきているのです。
だいたい、蒋介石の独裁体制から民主主義国家に生まれ変わった台湾が、いまさら独裁国家の中国と一緒になりたいはずがありません。民度も社会制度も、台湾は中国ではなく、日本に近いのです。
台湾人も「中国人」「華人」「漢人」とされることが多いのですが、台湾人と中国人(台湾では「外省人」「華僑」などと称されます)との対立は、ますます激しくなっているのが現状です。
台湾で「日本人の忘れ物が持ち主に戻った」ということがニュースになる背景には、「中国人と台湾人は違う」「日本人と台湾人は近い」ということを言外に示している部分もあるのです。