台湾がキーワードになる菅首相とバイデン大統領の初首脳会談

 4月16日、菅義偉首相が訪米してバイデン大統領と初の首脳会談に臨む。バイデン大統領が菅義偉首相をワシントンに招き、外国首脳として初めて直接会談する相手に選んだと言われ、発表が予定されている共同文書は、安全保障、経済協力、気候変動の3つ分野で構成されるという。

 本誌が注目しているのは、「日米安全保障協議委員会(2+2)」の共同発表に盛り込まれた「台湾海峡の平和と安定」が共同文書でどのように位置づけられるのかにある。

 読売新聞は「全体文書では、米国の対日防衛義務を定めた日米安保条約5条を沖縄県・尖閣諸島に適用すると明記する。『台湾海峡の平和と安定』の重要性を確認するほか、香港や新疆ウイグル自治区の人権状況に対する懸念も指摘する方向だ」(4月7日付)と報じている。

 下記に紹介する産経新聞も「米国は台湾有事を見据え、沖縄から台湾を経て南シナ海に至る『第1列島線』の防衛に向けた日米協力の推進が、中国の覇権的海洋進出の抑止に不可欠と見なしている。こうしたことから、会談では『台湾』をキーワードに東アジア地域の平和と安定を目指していく立場を確認する見通しだ」と伝えている。

 米国国務省は4月9日、米政府と台湾の当局者間の非公式接触の制限を緩和する新たな指針を策定したと発表した。一方、日本ではいまだに台湾政府関係者との接触を制限する内規緩和は進んでいない。もっぱら日本台湾交流協会が台湾政府と接触していて、米国と足並みをそろえていない。台湾を「非政府間の実務関係」と位置づけながら、実務者協議さえままならない日本の現状だ。

 防衛大臣に就任前の岸信夫・衆議院議員はこの状況を打開して欲しいと、非政府間の実務関係という日本の台湾との関係に関する基本的立場を踏まえながら「副大臣クラスの自由な往来ぐらいはできるようにしたらいい」と提言したのももっともなことだ。

 日本はすでに台湾の蔡英文総統から安全保障対話を求められている。この日米首脳会談は、日米が進める「自由で開かれたインド太平洋」がテーマであり、台湾はその要衝に位置する。日本は米国から台湾との安全保障対話を求められる可能性が高い。日本は「非公式接触の制限緩和」を実施すべき事態になっていることを認め、早急に検討すべきであろう。

—————————————————————————————–日米首脳会談 日米中の思惑交錯 日本は自由主義秩序の支え役へ【産経新聞:2021年4月10日】https://special.sankei.com/a/politics/article/20210410/0002.html

 菅義偉(すが・よしひで)首相とバイデン米大統領は16日、ワシントンで首脳会談を行う。バイデン氏にとっては、菅氏が対面で会談する初の外国首脳となる。日米両国はインド太平洋地域の平和と安定に向けた両国の結束ぶりを中国にアピールする考えだ。一方の中国は日米の離間工作に躍起となっている。

◆日本 日米の結束アピール

 菅義偉首相は16日、バイデン大統領と会談する。中国を牽制するため、自由主義秩序の中核として日米の結束を印象付けることが最大の狙いだ。バイデン氏は多国間主義を重視する姿勢を示しており、自由主義秩序の「チャンピオン」に復活する米国と歩調を合わせる姿を描く。ただ、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に関しては、自由貿易協定に厳しい米国世論を踏まえ会談で復帰要請を見送ることも検討している。

 トランプ政権からバイデン政権に移行したことで、国際社会における日本の立ち位置は微妙に変化した。新旧の米政権はパワーバランスを重視し対中強硬姿勢を取る点で共通するが、バイデン政権は自由や人権を基調とする秩序の牽引役を担う意思が際立つからだ。

 一国主義を掲げたトランプ時代はTPPを離脱した米国に代わり、安倍晋三政権がTPPの崩壊を防いだ。EUとも経済連携協定(EPA)を締結。「自由で開かれたインド太平洋」を掲げて日米豪印4カ国の連携を主導するなど、米国が果たしてきた役割を一部肩代わりした形だ。

 バイデン政権の誕生で、日本政府は米国が自由主義秩序の主導役に復帰することを歓迎する。日米外交筋は「軍事力も経済力もある米国がリーダーでなければ中国になびく国が出かねない。米国がリーダーになるよう仕向けるのが日本の役割だ」と語る。

 首脳会談では尖閣諸島(沖縄県石垣市)や台湾海峡での抑止力、対処力強化に向け連携する方針で一致。中国に依存しないサプライチェーン(供給網)構築や、東南アジアなどでのインフラ整備支援で日米が協力することでも合意する。バイデン政権が重視する人権問題でも香港や中国の新疆(しんきょう)ウイグル自治区の状況に「深刻な懸念」を共有する。

 日本側がその先に見据えるのが米国のTPP復帰だ。日本は今年のTPP議長国で、首相は産経新聞のインタビューに「米国にもTPPの主要国として当然入ってほしい」と語っている。

 ただ、米国内ではTPPに批判的な見方が根強く、バイデン氏も選挙期間中に「対米投資を拡大するまで新たな貿易協定を結ばない」としていた。日本側は「初会談でバイデン氏を困らせる必要はない」とし、まずは英国の参加を進め米国復帰に向けた環境整備に力点を置く考えだ。

(杉本康士)

◆米国 東アジア平和安定へ日本の決意見極め  バイデン米政権は16日の日米首脳会談で、対中国を軸とする米政権のインド太平洋戦略に関し、米政権が抱く中国の台頭への危機感と、中国との「険しい競争」(バイデン大統領)を勝ち抜く決意を日本が共有しているかどうかを見極めたい考えだ。

 バイデン氏は3月25日の記者会見で、米中の角逐は「21世紀における民主主義勢力と専制主義勢力の戦いだ」と述べ、米国が民主主義や人権重視の価値観を共有する同盟・パートナー諸国を主導して中国に立ち向かっていくと表明した。

 中でも米政権は日本について、インド太平洋戦略の推進に向けた最も重要なパートナーと位置付ける。

 菅義偉首相をワシントンに招き、外国首脳として初めて直接会談する相手に選んだのも、尖閣諸島(沖縄県石垣市)への領海侵入を繰り返し、台湾への軍事的圧力を強める中国に対抗するには、日本との連携が不可欠であると認識しているためだ。

 それだけに米国は、日本が現行憲法の枠内で、軍事・安全保障分野で役割を果たす姿勢をどこまで打ち出せるかを注視している。

 特に、米国は台湾有事を見据え、沖縄から台湾を経て南シナ海に至る「第1列島線」の防衛に向けた日米協力の推進が、中国の覇権的海洋進出の抑止に不可欠と見なしている。

 こうしたことから、会談では「台湾」をキーワードに東アジア地域の平和と安定を目指していく立場を確認する見通しだ。

 会談では同時に、経済安全保障の分野でも台湾を視野に入れた半導体のサプライチェーン(供給網)の確保に向けた話し合いも行われる。

 米政権は、世界的な半導体不足が深刻化する中、半導体製造世界最大手のTSMCを擁する台湾を「ハイテク供給網の地政学的要衝」と位置付けて関係強化を図る。トランプ前政権下の2020年には、西部アリゾナ州にTSMCが新たに工場を建設することも決まった。

 日本もTSMCの生産拠点の国内誘致を積極的に展開しており、日米で台湾を抱え込む形で半導体の安定供給網を確立し、日米と同様に台湾の半導体への依存を強める中国の締め付けを図る考えとみられる。

 中国による新疆ウイグル自治区などでの人権侵害やミャンマーにおけるクーデターをめぐって、バイデン氏が菅氏に対し、中国やミャンマーを非難する明確なメッセージを打ち出すよう求める可能性もある。

(ワシントン 黒瀬悦成)

◆中国 日米離間狙い対日強硬の兆し

 日米首脳会談を前に、中国は日本への姿勢を硬化させつつある。日本が米国と対中連携を深めていることへの反発からで、日中外相電話会談では「大国の対抗に巻き込まれるな」と日本側にクギを刺しており、日米の離間を狙い対日圧力をさらに強める可能性がある。

 中国共産党機関紙、人民日報系の環球時報が7日付で「日本に幻想を抱かなければ失望することもない」と題した社説を掲載し、日中外交関係者の間で注目された。同社説は、日本が菅義偉首相の訪米を前に、中国への強硬姿勢を示すことで「米国の機嫌をとろうとしている」と主張。日本に対し、「かなり信頼できない国で、外交の自主能力はひどく劣っており、米国の影響力は絶対的だ」と手厳しく批判した。

 ここ数年、中国側は日中関係が改善基調にあるとの認識を示してきたが、足元で対日強硬に転じる兆しを見せている。きっかけは、日本が米国と3月16日に開いた日米外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)で、中国を名指しして批判したことだ。中国外務省報道官はすぐさま日本に対し「狼を部屋に入れた」と非難した。

 今月5日には王毅国務委員兼外相が、茂木敏充外相と電話会談し「日本は独立自主国家として、客観、理性的に中国の発展を取り扱うことを望む」と求めた。日米首脳会談を控え、対中批判を強めるバイデン米政権に同調しないよう日本に注文を付ける意図は明白だった。

 日中外交筋は「中国は明らかに日本批判のトーンを強めてきている。今後、どこまで対日圧力を増していくか注意が必要だ」との見方を示す。王氏は会談で「他国による内政干渉を許さない」と強調しており、台湾や新疆ウイグル自治区などの問題で日米がどこまで連携を深めるか注視しているとみられる。

(北京 三塚聖平)

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