*読みやすさを考慮し、小見出しは本誌編集部で付したことをお断りします。
◆中国共産党の蔡英文と民進党の追い落とし計画
オーストラリアに亡命した中国人作家で民主活動家の袁紅冰は1月14日、台北での自身の著作の発表会で、2020年、次の台湾総統選挙において、中国共産党の台湾工作弁公室が、台北市長の柯文哲と、シャープを買収したことで日本でも有名となった鴻海(ホンハイ)会長、郭台銘を立候補させ、蔡英文と民進党を追い落とす計画をしていると述べました。
台湾では各メディアがこれを取り上げました。たしかに、2020年の台湾総統選挙については、蔡英文の対抗候補として、中国人の間では以前から柯文哲市長の名前がよく出てきました。また、アメリカでトランプ大統領が当選してからは、商人出身の郭台銘の名前も、台湾のメディアでよく取り上げられてきました。
2人の名前は結構以前から取り沙汰されており、日本のメディアでも、昨年1月には産経新聞が郭台銘の出馬の可能性について取り上げています。袁紅冰は今回、その背後に中国共産党の工作活動がある、と警告したわけです。ただ、状況は変化しています。
袁氏とは台北で2度ほど会ったことがあります。自称・内モンゴルの出身であり、北京中南海のことをはじめ、中国事情には詳しいですが、本人は台湾に住んでいませんので、台湾情報についてはたいていネットやメディアのウケウリのことも多く、彼の予想とニュース・ソースについては、どこまで信頼できるかはわかりませんが、私は「そういう予想もある」くらいに理解しています。
とはいえ、たしかに、台北市長選で「政治素人」を掲げて当選した柯文哲は最近、上海市との交流で訪中し、「中国と台湾は運命共同体」などと発言、対中接近しすぎている姿勢が目立っています。
また、郭台銘は外省人の出身であり、本質的に中国人です。鴻海は広東省の深圳に最大の工場を持っていましたが、昨年には広州市と共同で1兆円もの投資を行い、テレビ液晶の工場を同市に建設することを決定しています。中国政府と深くつながっていることは言うまでもありません。国民党が2020年の総統選への出馬を打診したという噂もあります。
中国は、蔡英文政権をあの手この手で潰そうとしています。そのため、上記の2人を推して、2020年の総統選挙に蔡英文の対立候補として立候補を仕向けるという可能性も否定できません。
◆総統選挙の2020年は中国の台湾への武力侵攻の準備が整う年
2020年は、中国が台湾への武力侵攻の準備が整う年だとされています。台湾白書をはじめ、アメリカのシンクタンク「プロジェクト2049研究所」の研究員、イアン・イーストンも同様の分析をしています。
その年に、台湾では総統選挙があるわけです。中国は現在、「92共識」(中国共産党と台湾の国民党が、1992年に「一つの中国」を互いに確認したとされる合意。だが、李登輝などをはじめ、当時の政府責任者はいずれもその存在を否定している)を認めるように、蔡英文に圧力をかけていますが、蔡英文は認めていません。
そのため、2020年の総統選挙では、中国はさまざまな手を使って、蔡英文と民進党を追い落とそうとしてくることは確実です。2004年の民進党政権時、陳水扁の2期目の総統選の際に、陳水扁と呂秀蓮の正副総統候補が暴漢に狙撃されるという事件がありました。後に実行犯は死体で発見されるなど、事件については解明されていません。
それはともかく、柯文哲については、最近ではその言動で批判が続出、人気が急落しています。郭台銘は、目下、パフォーマンスの舞台があまりなく、動静不明です。チャイナマフィアとの関係も深いので、現在はなかなか動けないのではないかと推測されます。
◆蔡英文を上回るほどの頼清徳人気
現在、台湾で人気急上昇なのが、前台南市長で、現在は行政院長(首相)の頼清徳です。彼は、昨年9月、辞任した林全首相の後任として任命されました。
蔡英文は、発足直後、外省人2世の林全を行政院長(首相)に指名して組閣しましたが、これが支持率急落の原因のひとつとなりました。
林全は高雄市左営区海軍眷村という、国共内戦で敗れて台湾に逃れてきた国民党軍の下級軍人たちが住む村の出身で、アメリカのイリノイ大学に留学経験を持ち、2000年の陳水扁政権の誕生に伴い政界入りした人物です。
蔡とは私的交際もあると伝えられ、台湾人にとって、彼が行政院長に選ばれたことは、日本でいえば「お友だち内閣」のような評価でした。
蔡は「改革」を掲げて政権をスタートさせましたが、林全内閣はやることなすことがすべてウラ目に出て、蔡英文の人気は急落。支持率は3割前後までに落ち込んだのです。
私が台湾で会った政治通は、総統1年目であれほどの人気急落は未曽有のことだと述べ、国民党政権が復活するのではないかと憂いている者も少なくないと語っていました。
林全内閣およびその支持者は「老男藍」ばかりだと評されました。「老」とは老人、「男」は男子ばかり、「藍」とは国民党のことです。林全内閣には女性が男性の10分の1の4人しかおらず、しかも古くからの国民党系の人物が閣僚として登用されていました。
これに対し、改革を求めていた台湾人からは、「台湾人を主流とする政権ではない。国民党政権時代とほとんど変わってはいないではないか。いったい何をするつもりだ」という不満と批判の声が噴出したのです。
そのため林全は1年あまりで行政院長を辞任し、後任として前台南市長の頼清徳が任命されたわけです。
頼は医師出身で、2010年に台南市長になってから、業績も人気もトップ独走、蔡英文の次の総統候補として有力視されてきました。ハンサムで民進党のホープとして期待されています。
また、明確な台湾独立派であり、日本と台湾の緊密な関係構築の必要性を説き、八田與一の銅像の頭部が切断された事件では、真っ先に非難の声を上げました。熊本地震では、1カ月分の給料を寄付しています。一方で、台南市から蒋介石像の撤去も行っています。蔡英文は、その彼を行政院長に指名したのです。
頼内閣の人気ぶりは予想以上で、蔡英文の支持率は徐々に回復しましたが、頼清徳の人気が蔡英文を上回る気配もあり、今後の展開について台湾では語られはじめています。
◆ハプニングがなければ蔡英文は再選
2020年の台湾の国政選挙については、不可知の要素が多いため、予想が難しいのですが、その前哨戦となるのが、今年末に行われる、地方自治体の首長や議会議員を決める統一地方選挙です。大勢を一括すると、前述したように柯文哲の人気が急落しており、本人は地方選挙の市長選で落選したら、医師に戻りたいと公言しています。
また、2016年1月の総統選挙と同時に行われた立法委員選挙で旋風を巻き起こした若者中心の党である時代力量も、パッとしません。
頼清徳については、年末の地方選挙における民進党候補の当落によって、また評価が変わってくると思われます。
蔡英文は人気が回復しつつありますので、私は、突発的なハプニングがなければ、恐らく2020年はそのまま再選されるのではないかと見ています。というのも、2000年以降の台湾政界の流れでは、国家元首としての総統は2期までが慣例となっているからです。
◆蔡英文政権最大の課題は司法改革
蔡英文政権が掲げる政治改革は、従来の中国型政治を骨抜きにするものだとも評され、台湾では「去中国化」といわれています。蔡英文の政治改革の目標の一つに、国民党の資産内容の追及がありますが、国民党のほうではすでに「脱産」(資産を逃し、隠す)が進んでいると目されています。
台湾の司法改革は教育改革以上に難しく、時間もかかります。蔡英文の代だけでは改革はできない可能性もあります。しかしそれをしなければ、台湾は真の法治国家にはなれません。民主政治も有名無実になってしまいます。
というのも、台湾の司法は現在、なおも国民党が牛耳っているからだ。国民党の用心棒・殺し屋とまで評されているからです。国民党幹部が「われわれのお店」だとうそぶいているという話もあります。
じっさい、馬英九が総統に就任すると、すぐに前総統の陳水扁を出国禁止にし、機密費流用と資金洗浄の容疑で逮捕、そしてわずか4、5帖の囚人房に収監しました。しかし陳水扁がどのような大罪を犯したのかは明確ではなく、司法の判決はいまなお結審していません。明らかに民進党が政権を奪ったことに対する「みせしめ」の報復です。
一方、馬英九も機密漏洩罪の疑惑が浮上し、総統退任後に起訴されましたが、こちらはすぐに無罪判決が出たことから、司法を現在も国民党が牛耳っていることは明らかです。
◆今年末の統一地方選挙は台湾の未来を占う重要な選挙
このように、70年にわたる国民党政権は、数えきれない負の遺産を残しています。民進党政権はこれらを丹念に潰していかなければなりません。しかし、中国が裏で策動して改革を阻害し、国内を2分して混乱を招こうとする動きも活発化しています。
幸いなことに、現在、国民党の再起はほぼ絶望に近く、民進党政権を脅かす政党は存在しないというのが、言論人の一致した意見です。
とはいえ、選挙は水ものです。万が一、中国の思惑通り2020年に民進党政権が下野するようなことがあれば、台湾のみならず、世界的にも大きな影響が出ます。ですから、「台湾問題」は、21世紀の人類の最後にして最大の課題とまで言われているのです。
その意味で、今年末に行われる統一地方選挙は、台湾の未来を占う大変重要な選挙なのです。