昨年は107万人の個人旅行者が訪れたというから、ホテルや飲食業など観光産業には大きな痛手で、読売新聞は「台湾経済は深刻な打撃を受けることになる」と伝えている。
ただし、観光産業が痛手を受けるのは必至であることは誰にも予測がつくが、台湾経済は果たして「深刻な打撃」を受けるのだろうか。深刻とはどれほどの数値なのか。数値を出さなければ単なるあおり記事に終わり、説得力にとぼしい。
その点で、日本経済新聞は「台湾の行政院(内閣)による過去の試算を基にすると、8月以降に中国大陸からの個人旅行者がゼロになっても、年間の実質経済成長率を約0.1%下押しする程度にとどまる」と、独自調査による数値を出して記事に深みを加えている。
また、総統選挙と関連する圧力とするなら、中国が総統選挙にどう対応しようとしているのかにも触れないわけにはいかないが、日経の記事は「中国は蔡氏に圧力をかける一方、韓氏を側面支援して台湾に親中的な政権が誕生するのを期待する」と、きちんと総統選への中国の意向にも言及し、背景がかなり明瞭になる。
さらに、日経記事は「蔡政権への露骨な圧力はかえって中国への反感を引き起こしかねず、逆効果になる可能性もある」と、台湾が反発する可能性にも触れて記事を締めくくっている。下記にその記事を紹介したい。
別途、中国国防白書「新時代の中国国防」について、陸上自衛隊の東部方面総監で陸将だった日本戦略研究フォーラム政策委員の渡部悦和(わたなべ・よしかず)氏が詳しく分析しているのでご紹介する。中国が台湾をどうとらえているのか、今回の個人旅行停止に至る中国の基本認識は軍事的な観点からの方がよく分かるようだ。
—————————————————————————————–中国、台湾への個人旅行を当面停止 蔡英文政権に圧力【日本経済新聞:2019年7月31日】
【北京=高橋哲史、台北=伊原健作】中国は31日、中国大陸から台湾への個人旅行を8月1日から当面の間、停止すると発表した。中国からの旅行客に頼る台湾の観光業に打撃となる可能性が高い。2020年1月の台湾総統選をにらみ、「一つの中国」原則を認めずに米国と軍事的なつながりを強める蔡英文政権に圧力をかける狙いがあるとみられる。
中国当局は過去にも旅行会社への締め付けなどを通じて対立する国への団体旅行の制限を試みたことがあったとされるが、個人旅行の停止を公表するのは異例だ。
個人旅行を停止する理由について、中国の海峡両岸旅遊交流協会は31日の発表文で「最近の両岸(中台)関係をかんがみて」とだけ説明した。いつまで停止するかや、団体旅行の扱いには言及していない。個人旅行客が増える夏休みや、10月1日からの国慶節(建国記念日)の大型連休を狙った可能性がある。台湾で対中政策を所管する大陸委員会は「旅行による正常な交流に政治干渉すべきではない」と抗議するコメントを発表した。
現在、中国大陸から台湾への個人旅行は北京や上海など全国の主な47都市の住民に限って認められている。台湾側の統計によると18年の中国大陸からの観光客は205万人で、うち107万人が個人。総数で2位の日本(144万人)を引き離している。
台湾の行政院(内閣)による過去の試算を基にすると、8月以降に中国大陸からの個人旅行者がゼロになっても、年間の実質経済成長率を約0.1%下押しする程度にとどまる。ただ100万人規模が従事するとされるホテルや飲食、運輸など観光関連産業が打撃を受けるのは必至だ。
台湾では2008年に発足した対中融和路線の国民党・馬英九前政権が、中国大陸からの観光客受け入れを段階的に開放した。14、15年は300万人を上回り、全観光客の4割超を占めた。だが中国大陸と台湾が1つの国に属するという「一つの中国」原則を認めない蔡政権が発足した16年以降は減少傾向にあった。
独立志向を持つ台湾の蔡英文政権は、安全保障面で米国に接近している。米国は台湾海峡に艦船を派遣するほか、7月上旬には台湾への戦車や地対空ミサイルなど総額22億ドル(約2400億円)相当の武器売却も決めた。反発する中国は28日から8月2日にかけて台湾に近い浙江省と広東省の2カ所の海域を航行禁止区域に指定し、軍事演習を実施しているもようだ。
20年1月の総統選に最大野党の国民党から出馬する韓国瑜・高雄市長は中国との経済関係を強めて台湾を豊かにすべきだと訴える。中国は蔡氏に圧力をかける一方、韓氏を側面支援して台湾に親中的な政権が誕生するのを期待する。
ただ、蔡政権への露骨な圧力はかえって中国への反感を引き起こしかねず、逆効果になる可能性もある。