台湾の海岸巡防署(海上保安庁に相当)の大型巡視船「新北艦」が3月30日、南部の高雄
港で就役した。
中国同様に台湾も主権を主張する沖縄県・尖閣(せんかく)諸島周辺海域に近い台湾北
東海域で巡視活動などに当たる船で、就役式典には馬英九(ばえいきゅう)総統(62)も
出席し、合わせて高雄港沖で行われた海上警備演習も新北艦の艦橋から視察。馬総統は更
なる艦艇増強方針を示し、「主権問題では一歩も退かない」としつつも、「争議の棚上
げ」や「共同開発」、さらには近隣との「親善」「協力」も強調するなど、随所に対日配
慮の苦心がうかがえた。
◆皮肉きかせたメディア
「直ちに…海域を退去してください」
30日の高雄港沖。馬総統が搭乗する新北艦をはじめ、演習に参加した各艦の電光掲示板
には、台湾の海域を主張する警告文が、中国語、英語とともに日本語でも流れた。
演習は外洋に出漁中の台湾の漁船が、外国の海保当局から「妨害」を受けるという設定
などで行われ、ヘリコプターを使った人命救助訓練のほか、新北艦などでも放水を展開した。
しかし、与党・中国国民党寄りの民放テレビ局でも「風向きが悪く、放水は総統自身に
かかった」とし、「同行日本メディアの受け取り方も複雑そうだった」と皮肉をきかせた。
新北艦は全長98・5メートル、2482トン。台湾の現有巡視船では最大で、最高速度は24ノ
ット(時速約44キロ)。海巡署の巡視船で初の40ミリ砲を装備し、1月から高雄沖で実弾試
射も実施してきた。北部の基隆港に配備される。馬政権では、政権発足直後の2008年6月、
尖閣周辺で台湾の遊漁船「聯合号(れんごうごう)」が日本の海上保安庁巡視船と接触
し、沈没したことなどを受けて海上警備の強化を決定。新北艦などの建造に乗り出していた。
◆「友邦」との親善も強調
この日は「巡護八号」(1914・8トン)も同時に就役し、2隻の前で挨拶(あいさつ)し
た馬総統は、17年から20年までに240億台湾元(約750億円)を投じた海巡署の艦艇・装備
の増強計画を説明。更なる建艦や既存艦艇の改良などで、現在の160隻余から173隻に増や
す方針なども明らかにした。
尖閣周辺海域の扱いが折り合わず、09年以降中断している日台漁業協議再開に向けた調
整が進行する中、これらの行事は台湾の強硬姿勢の表れのように見えるが、演習海域を尖
閣から遠く離れた南部に設定し、新北艦の40ミリ砲も沈黙を守るなど、「対日刺激は極力
避けたい」との思惑が随所に感じられた。
挨拶で馬総統は「就役式典は武力を誇示するものではない」と強調。「(台湾は)平和
を愛好する」として自身が提唱してきた「東シナ海平和イニシアチブ」に触れ「資源の分
かち合い」を呼びかけた。
また「漁業権、漁民を守る」と「漁業」を前面に出し、同時に「海巡署は親善訪問など
国際交流活動も展開し、友邦との親善を増進する」「友邦との海洋上の業務協力に関わっ
てゆく」などと語った。
米中日という大国の影響を受ける台湾で、馬政権は「和中、親米、友日」を基本姿勢と
しているが、「友邦との親善、協力とは日台漁業協議を念頭にした表現では」(地元紙記
者)と指摘されるほどに、思わせぶりな言葉もちりばめた。
◆政権の苦しい舞台裏
事実、演習後、漁業協議に関する日本メディアの質問に対し、馬総統は「(4月から始ま
る)漁期が近づいている」と危惧を示し「早期締結を望んでいる」と進展に期待を寄せた。
台湾は2月8日、中国との法的見解や解決姿勢の相違、日米との安全保障上の緊密な関係
などから、尖閣を軸にした「中台連携」を完全に否定する外交部声明を発表している。同
時に当局は、今年1月24日に尖閣の接続水域に進入した台湾の活動家らの遊漁船の所有者に
対し、船舶通信士を乗せずに出航したなどとして3月5日から6月4日の3カ月間、漁業免許停
止処分を下した。
中台の政治対話をも否定したかっこうの外交部声明や、漁業協議への本腰姿勢に対し
「保釣」(尖閣防衛)で共闘を呼びかけてきた中国当局や、台湾の活動家らの不満は膨張
しているとされ、民放世論調査で支持率が10%台に低迷している馬政権は、「『主権問題
で弱腰』との支持層の批判を避けつつ、協議も進展させるという微妙なかじ取りが要求さ
れている」(与党幹部)と、苦しい舞台裏が指摘されている。
(よしむら・たけし 台北支局)