【3月14日 産経新聞「正論」】
■「尊敬する国」の1位
いうまでもなく、日本と台湾とのあいだには国交はない。だが、両者の人びとのあい
だには互いに通い合う温かな感情がある。台湾人は遠い親戚(しんせき)の叔父や姪
(めい)と会ったような懐かしい気持ちを胸に日本人を招じ入れる。日本人は遠く離れ
た故郷の昔なじみに再会したような喜びを感じて台湾人を迎える。
これは日本語がわかる年老いた世代の台湾人と日本人との交流だけのことではない。
台湾の駐日代表、許世楷氏の夫人、盧千恵氏は昨年春に、「私のなかのよき日本」と題
する半生を綴(つづ)った自伝を東京で刊行した。そのなかで、あるデータを紹介して
いる。
それより少し前に台湾の月刊雑誌が発表したアンケートの結果である。台湾の20歳以
上の1000人の人びとに、「旅行したい国」「移住したい国」「尊敬する国」を尋ねた回
答である。いずれも1位は日本である。2位がアメリカだ。
台湾の総統選挙に与党・民進党から立候補している謝長廷氏が来日したときも、東京
で開かれた歓迎パーティーでこのアンケートを取り上げ、台湾人は日本人の美点をはっ
きり認めているのだと語った。謝氏は台北市の古い下町の生まれ、日本に留学、京都大
学の出身である。
■16日に与党系のデモ
だれもが自分が正しく振る舞っていることを認めてもらいたいと望み、自分たちの生
活と文化の良いところを評価してもらいたいと願っている。だからこそ、われわれは台
湾人が日本人に抱くあふれる善意に感謝の気持ちを持つのである。
だが、日本が隣り合っているのは台湾だけではない。反日と侮日を説いて国民を扇動
することは、それこそ興奮剤、栄養補給菓子を与える以上の効果があると信じる為政者
がいれば、独裁の暴虐の歴史を覆い隠すためには日本がおこなった残虐さを児童に教え
込むことが不可欠と考える指導者もいる。
ところで、そのようなやり方を真似(まね)たいと望む政治家が台湾にも登場する恐
れがある。22日の台湾総統選挙が近づいているのである。
台湾の政府与党、民進党は16日に100万人を動員するデモをおこなう予定だ。3年前
の同じ3月に中国政府が定めた「反国家分裂法」に抗議するデモである。その6日あと
に投票日が迫る。
謝氏と争う野党の国民党候補は馬英九氏である。祖父から3代つづく国民党員、当然
ながら大陸系である馬氏は、統一はしない、独立はしない、戦いはしないのだと主張し
ている。かれが台湾の総統になったとしたら、まずなにをやろうとするのか。反日を扇
動することになるのではないか。現在、かれはそのようなことを語っていない。だが、
過去にかれがやってきたことを見れば、その恐れはあるし、自分がなすべき仕事だと思
っているのでは、と私は見ている。
2人の台湾人の総統、李登輝氏と陳水扁氏はこの十数年のあいだに、台湾から蒋介石
を消し去り、中国を取り去ってしまった。これを元に戻そうとして、中国賛美を声を限
りに叫んでも、いかなる効果もない。日本を誹謗(ひぼう)し、反日を宣伝することか
らはじめなければならない。そして台湾人の国民党員の反対や批判の声を抑えて、それ
をおこなう方法がただひとつある。
■混乱回避の手立て急務
尖閣諸島の利用である。
その無人島が統一戦線工作の武器としてまことに有効であることをいちばんよく知っ
ているのは中国共産党である。
アメリカが台湾の蒋政権を承認していた1970年代のはじめ、蒋政府はアメリカ各地の
留学生に、尖閣諸島の日本返還に反対する運動をやらせた。海底油田の夢があったとき
のことだ。ところが、気がつけば、それらの団体を牛耳るようになったのは中国共産党
員だった。
1996年には、傍目には愚劣と見える尖閣諸島上陸のお芝居から巨大な成果を収めた。
中国共産党は香港を反日感情の大津波で溺(おぼ)れさせ、翌年に迫る香港の中国返還
に一般人が抱く不安と民主勢力が唱える反対をどこぞへ押し流してしまった。
もちろん、香港のようには台湾はいかない。そして私は謝長廷氏が総統に当選すると
予測している。
だが、そうなっても北京オリンピックのあとには、中国共産党は尖閣諸島を利用して、
日本と台湾とのあいだに不和を起こさせ、台湾に反日感情の火種をつくり、それを大火
にしたいと願うだろう。
われわれは尖閣諸島をめぐって混乱を防ぐ手だてを考え、漁業権の問題を中心に両国
人たちのあいだで解決策を考えなければならない。 (とりい たみ)