李登輝氏の靖国参拝【中】[作家 曾野 綾子]

李登輝氏の靖国参拝【中】[作家 曾野 綾子]
先に、李登輝前総統の靖国神社初参拝におしどり作家として知られる三浦朱門氏と曾
野綾子さんが同行し、その詳細について、曾野綾子さんが「夜明けの新聞の匂い」を長
期連載している月刊誌「新潮45」8月号(7月18日発売)に「李登輝氏の靖国参拝」と題
して執筆していることをお伝えしました(8月15日発行、本誌第591号)。

 曾野さんから本誌掲載へのご了承をいただきましたのでご紹介いたします。ただ、長
文ですので3回に分けてご紹介します。                 (編集部)


李登輝氏の靖国参拝【中】

                               作家 曾野 綾子

 李登輝氏と夫人の来日を私は新聞で知ったが、公表された日程は、日本財団が主催し、
私も個人として参加する第九回目のアフリカ旅行の直前だった。私事になるが、私は昨
年五月に骨折した足がまだ完全には使い物になっていなかった。まだ足の中に十本のチ
タンの釘が入っているので、拒絶反応を示して腫れるのではないか、と言う人もいたが、
私自身は七月中旬に釘抜きの手術をすれば解決する問題だと割り切ってはいた。ただ何
をするにも行動が遅いか足元が危ないかで、アフリカの奥地に行くにはあまり適した状
態ではなかった。

 そのうちに李登輝氏の滞在に関する一連の講演会やレセプション、招宴の招待状など
が来た。招宴は私の出発後である。私は李登輝氏にほんの一、二分でもお会いできる時
間があるかどうか疑問だと思い始めた。そのうちに李登輝氏が今回初めて靖国神社に参
拝されるという発表があった。十数年前まで、氏は実の兄上が岩里武則という日本名で、
靖国に祭られていることを知らなかった。亡くなったのはフィリピン戦線であったとい
う。

 私はそこで初めて、もし李登輝氏が靖国に参拝されるなら、お供をしたいと連絡した。
それなら氏のお時間を全く余分にお取らせせずにお眼にかかれるだろう、と思ったので
ある。氏も私の一家も偶然だがカトリック教徒であり、ご夫妻からもぜひいっしょにお
参りしてくださいという伝言が来た。

 信仰と靖国参拝とは全く矛盾しない。ヴァチカンの態度もそれを裏付けているし、何
より新約聖書には、その基本となる思想が随所に出て来る。

 新約聖書は、寛大と、報復の禁止を義務づけている。二〇〇一年九月十一日の同時多
発テロ以来、実に多くの学者や知識人が、一神教は狭量で、他宗教を受け入れないし、
報復するものだ、と書いた。それは全くキリスト教に無知であることを示している。

 新約聖書には次のような個所がある。

「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。(『マタイによる福音書』5・44)」

「敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。悪口を言う者に祝福を祈り、あな
たがたを侮辱する者のために祈りなさい。(中略)人にしてもらいたいと思うことを、
人にもしなさい。(中略)人に善いことをし、何も当てにしないで貸しなさい。(中略)
あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい。(『ル
カによる福音書』6・27〜36)」

「あなたの敵が飢えていたら食べさせ、謁いていたら飲ませよ。(『ローマの信徒への
手紙』12・20)」

 しかし決定的な思想は聖パウロの書簡の一つである『コリントの信徒への手紙』の9・
19以下に示される。

「わたしは、だれに対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました。できる
だけ多くの人を得るためです。ユダヤ人に対してはユダヤ人のようになりました。ユダ
ヤ人を得るためです。律法に支配されている人に対しては、わたし自身はそうではない
のですが、律法に支配されている人のようになりました。律法に支配されている人を得
るためです。また、わたしは神の律法を持っていないわけではなく、キリストの律法に
従っているのですが、律法を持たない人に対しては、律法を持たない人のようになりま
した。律法を持たない人を得るためです。弱い人に対しては弱い人のようになりました。
弱い人を得るためです。すべての人に対してすべてのものになりました。何とかして何
人かでも救うためです。福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それは、わ
たしが福音に共にあずかる者となるためです」

 この聖書的表現には多少の解説が要るだろう。その人を得るため、というと、何か人
気取りの行動をせよ、という風に読む人もいるかもしれない。選挙に立候補する人が、
誰とでも愛想よく握手し、どこの会合にも出席するような心情かと誤解されるのである。
しかし聖パウロが言うのは、自らが相手と同じ目線に立てということである。自分の信
仰を誇って相手を見下したり、貧しい人が貧乏を愚痴る時にそんな生活は自分には関係
ないことだ、というような顔をしないことなのである。それらはすべて信仰の真理を知
ってもらうためであって、現世の利得のためではない。

 靖国問題もそれを考えれば、少しも矛盾しない。戦争中多くの若者が戦地で死んだら
靖国へ帰ります、と言った。強制されてそう言ったのではない。死後の魂のことは誰に
もわからないから、待合場所を決めるようにそう言った人が多かったろうと思う。

 そのような死者の言葉が大きな力を持つことはいくらでもある。「僕が死んだら、相
模湾に散骨してくれないか。あそこの夕陽を二人でよく眺めたから」と誰かが言葉を残
して亡くなれば、残された人は、愛する人と会いに行く思いで相模湾の夕陽の見える丘
に行く。靖国も同じだ。(続く)

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