李登輝氏の靖国参拝  曽野 綾子(作家)

李登輝前台湾総統がかねがね来日して松尾芭蕉の奥の細道の跡を静かに廻りたい、とい
う希望を持っておられたことは、多くのマスコミが書いていた。李登輝氏は戦前の京大農
学部の出身で、夫人の曽文恵さんも、日本語に関しては読み書きとも全く日本人と同じだ
といつか話されたことがある。

 李登輝氏と夫人の来日を私は新聞で知ったが、公表された日程は、日本財団が主催し、
私も個人として参加する第9回目のアフリカ旅行の直前だった。そのうちに李登輝氏の滞在
に関する一連の講演会やレセプション、招宴の招待状などが来た。招宴は私の出発後であ
る。私は李登輝氏にほんの1、2分でもお会いできる時間があるかどうか疑問だと思い始め
た。そのうちに李登輝氏が今回初めて靖国神社に参拝されるという発表があった。10数年
前まで、氏は実の兄上が岩里武則という日本名で、靖国に祭られていることを知らなかっ
た。亡くなったのはフィリピン戦線であったという。

 私はそこで初めて、もし李登輝氏が靖国に参拝されるなら、お供をしたいと連絡した。
それなら氏のお時間を全く余分にお取らせせずにお眼にかかれるだろう、と思ったのであ
る。氏も私の一家も偶然だがカトリック教徒であり、ご夫妻からもぜひいっしょにお参り
してくださいという伝言が来た。

 信仰と靖国参拝とは全く矛盾しない。ヴァチカンの態度もそれを裏付けているし、何よ
り新約聖書には、その基本となる思想が随所に出て来る。

 李登輝氏の靖国参拝は6月7日、午前10時頃だと知らされた。「朝早い方がマスコミとも
無縁に静かにお参りになれますね」と私は知らせて来てくれた人に言ったが、「いや、そ
うじゃないんです。李登輝さんは、ちゃんと自分の態度をマスコミにも示して、個人の参
拝をしたいと言われているんです」という答えだったので、私は小説家的反応と政治家と
しての姿勢の違いを快く感じた。

 私と夫が9時半近くホテルオークラに着くと、李登輝夫妻は既に記者会見中であった。
我々もそこで同行を許されたご挨拶をした。それが終ってから、夫妻は車で靖国神社まで
移動され、私たちも自分の車で後を追った。

 初め李登輝氏は、普通に拝殿の前で神式ではない礼拝の形を取るなどと言われていた
が、それは元国家元首には不可能なことであったろう。靖国神社側は玄関で待ち受けら
れ、そのまま私たちは応接室に通された。そこでお茶を頂いた時の李登輝氏の顔にも、い
つもの温かい笑顔はなかった。

 それは苦痛に、或いはもしかしたら涙に耐えている表情に私には見えた。現代の男たち
は平気で人前で泣く。しかし戦前の日本の男たちは、どんなことがあっても泣かないもの
であった。李登輝氏の兄上は、今でも、遺骨もない、墓もない。兄上の死の詳細は今もっ
てわからない。それは、もしかすると長い間、亡き父上にとってはむしろ一縷の希望であ
ったかもしれない。どこかで長男は生きているのではないか、という思いが父上に、息子
の死を信じさせなかったとしても不思議はない。だから位牌も墓も、父上は作ろうとはさ
れなかった。

 兄が靖国に祭られているとわかったから、今度はどうしてもお参りに来なければならな
い、と思った。仲のよい兄弟だったし、その決定は、李一家の家庭の個人的なものです、
という意味のことを李登輝氏は記者会見の時も宮司さんにも繰り返された。それから長い
間、兄を祭ってくださっていてありがとうございました、という意味のお礼も言われた。
私でも同じことを言ったろうと思う。そう言う他にどういう言葉があったろうか。それは
悲痛な言葉であった。

 私たちはいわゆる昇殿参拝を許された。渡り廊下で用意されたお祓いを受けた。そして
畳敷きの拝殿で、李登輝夫妻は立ったまま、亡き兄の存在と対面した。

 「やっと来ました」だったか「これでうちに帰ってきてください」だったか、その思い
は計り知ることはできない。神社側が、静かな声で、このような順序でご拝礼ください
と、お辞儀や柏手を打つ回数を教えた。私にとってもそれはほっとすることだった。キリ
スト教徒は、どのようにしたら神社で礼儀を失しないで済むのか、手立てを知らない。李
登輝氏は静かにその通りに従われ、私たちも従った。

 その後再び応接室に戻ると、そこには亡き方の名前、軍隊の階級、所属部隊などを書い
た「証明書」のようなものが用意されていた。李一家の長男の、不明だった死の経緯、長
い長い戦後はこうして終った。

 中国は果たして李登輝氏の靖国参拝を非難した。李登輝氏はA級戦犯を祭った靖国を拝
みに行ったのではない。そこに兄がいたとわかったから会いに行ったのだ。再会の場所が
上野駅でも靖国神社でも、氏にとっては同じだったろうと思う。それを政治に結びつけ
て、息子であり、兄である人の死を悼む人の心を踏みにじる。中国とはそういう国なの
だ。

 ホテルに戻ると夫人が私にお土産をくださった。中に台湾のみごとなカラスミが入って
いた。夫はそれをうちでは食べずにアフリカヘ持って行けと言った。靖国参拝の翌日、6月
8日に私は一行18人でアフリカヘ発った。

 マダガスカルの奥地、モザンビーク海峡に面したモロンダバという町から四駆で8時間、
地図にさえ載っていないベレーブという寒村にできた小学校の完成を確認するために埃に
塗れて辿り着いた夜、薄暗い電灯の元で私たち18人の日本人は、この思いがけない珍味を
一緒に味わったのである。

           (「新潮45」2007年8月号掲載「夜明けの新聞の匂い」より抄録)


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