李登輝に学ぶ「指導者の心得」─日本の最先端医療で台湾の人々を救う  早川 友久 (李登輝元台湾総統秘書)

【WEDGE infinity:2019年3月9日】http://wedge.ismedia.jp/articles/-/15579

 政治家・李登輝の信念は「民之所欲、長在我心」である。1995年、現役の台湾総統として訪米した際、母校コーネル大学での講演タイトルにも使われた。つまり、国民が何を求めているかを常に心に留めて置かなければならない、という意味だ。

◆「みんなガンでやられてしまった」

 2015年7月、李登輝は国会議員会館での講演を要請され、日本を訪問した。東京での講演を終えたあとは、仙台へ向かう日程を組んだ。2007年に訪日し、奥の細道をたどる旅をした際、松島の瑞巌寺で李登輝夫妻がよんだ俳句を刻んだ記念碑が建立されたからだ。

 日程の草案を李登輝に見せたところ、やおら「東京から仙台までは新幹線か。ちょっと郡山に寄って病院を見られないか」と尋ねられた。もちろん東北新幹線は郡山を通過する。私は「行けます。調整します」と即答していた。

 この問答だけでは、読者の皆さんは何が何やら分からないだろう。この会話の背景はこうだ。

 2011年の秋、李登輝が定期診断を受けたところ、大腸ガンが見つかった。医師団は、90歳近い李登輝の年齢や体力を考え、開腹手術を懸念していた。

 しかし、医師団との話し合いのなかで、李登輝は「ガンを完全に取り去るには開腹手術しかない、ということであれば躊躇わずに手術していただいて結構だ。患者の私が同意しているのだから何かあっても心配しないでやってくれ」と押し切ったそうだ。

 結果、手術は大成功。開腹手術をしたからこそ、ガンを根治させられたのだろう。

 順調に回復した李登輝だったが、あるときのこと。

 月刊誌に依頼されたインタビュー原稿に使う写真を選ぶために、いくつかの候補を持っていくと、李登輝は一枚の写真に目を留めた。それは、青年時代の李登輝と家族の集合写真だった。台北高等学校を卒業し、京都帝国大学に内地留学のため出発する直前に撮ったものだという。

「ここに8人いるだろう。両親とお祖父さん、兄貴と嫁さん、そして兄貴の子供たち。このなかで生きているのは私だけ。みんなガンでやられてしまった」

◆「貧しさゆえに死なねばならないのか」

 台湾でも日本と同じく、死亡原因の1位をガンが占めている。あまつさえ、李登輝夫妻は愛する長男を鼻腔ガンで失っている。長男の憲文は32歳、愛娘がまだ8ヶ月のときだった。李登輝も自身がガンに侵されて以来、ずっとこうした台湾の実情をどうにかしなければならないと考えていたようだ。

 そんな李登輝だから、退任総統の医療顧問を務める病院の先生方とも密に情報交換をしたのだろう。日本で現在実験段階にある、中性子を用いたガン治療法(通称:BNCT)や、日本ではすでに実用段階にある陽子線や重粒子線などの治療設備が、台湾ではまだ整備されていないことが判明した。

 もちろん台湾でも大規模な病院ではこれらの設備の導入を検討していたのだが、数十億といわれる資金面がネックとなり、当時はまだいつ実現するのか不明の段階であった。

「台湾の人々がガンになったらどうするのか。お金がある人は日本に行って治療を受けることが出来るかもしれないが、それには何百万もかかる。その余裕がない人はどうするのか。貧しさゆえに死なねばならないのか」。

 まさに現役総統の当時と変わらず「常に国家のことを、国民のことを、頭の片隅に置いておかなければならない」をモットーとする李登輝の行動力によって、たちまちに日本における最先端のガン治療に関する情報が集められた。李登輝の親友で、当時参議院議員だった江口克彦氏にも協力を仰ぎ、筑波大学の有力な研究者を招いてレクチャーしてもらうこともあった。

 当時の主だった大病院の「日本の最先端ガン治療設備をなんとか台湾に導入したい」という願いと、李登輝の「台湾の人々がそこそこの経済負担で最新のガン治療を受けられる環境をもたらしたい」という行動力がうまい具合に噛み合い、歯車が回り始めたのである。

◆医師も驚くほどの知識を身につけていた李登輝

 2015年の訪日はそんなさなかのことだった。福島県郡山市にある「南東北病院」では、すでに中性子によるガン治療設備「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)」が備えられ、実際の治療に向けての準備が進められていることを、李登輝や私は、資料や京都大学の研究者から聞くなどして知っていた。

 そこで、李登輝自身「実際にこのBNCTの設備を見てみたい」ということで「郡山に寄れないか」という一言が飛び出したのだ。

 前述の江口氏の協力もあり、この南東北病院訪問は実現した。

 病院側が準備してくれた午餐会の席上、李登輝は家族8人で写った写真の拡大コピーを手に挨拶に立ち「どうにかして、台湾の死亡率第一位の癌を減らしたいという思いを常に持っていたところ、BNCTという最先端の治療方法が日本で完成されつつあることを聞き、将来ぜひとも台湾へ導入したいと考えたわけです。(中略)実際にBNCTの機械を見るのは今日が初めてですので、非常に楽しみにして参りました」と述べている。

 視察に入った李登輝は、病院側の説明に耳を傾け、疑問に思ったところは熱心に質問していた。何より、李登輝が医師も驚くほどの知識を身につけて視察に訪れたことに心底びっくりしている様子だった。視察を終えると、地元のテレビや新聞からも質問が飛んだが、私は新幹線の時間が迫っていたこともあって冷や汗を流しながらそばに立っていたことを思い出す。

 実際に最新鋭の設備を見学し、治療の利点や今後クリアすべき課題などを徹底的に聞き取った李登輝は非常に満足そうだった。仙台へ向かう新幹線のなかで「寄って良かったな」とご満悦だった。

◆「私が実験台になろう」という夫人の密かな覚悟

 それから数年が経ち、現在では、すでに台湾の複数の病院に重粒子線治療設備など最先端のものが導入されている。李登輝の国民に対する思いが、現実の成果となって結実したひとつの例であろう。

 李登輝が医学に関心を寄せ、突破口を開いた例がもうひとつある。夫人の曾文恵が原因不明の「めまい」に侵されたときだ。

 2005年の冬、李登輝夫妻は孫娘ら家族とともに日本を訪れることになっていた。退任してから2度目の訪日である。このときは、名古屋空港から入り、金沢や京都をめぐる予定だったが、間近に控えた頃に、曾文恵がめまいで体調を崩したのである。

 ところが病院で様々な検査をしても原因が分からない。身体のどこも「異常なし」と診断されながら、めまいは止まず、不安を抱えながら出発のときが迫っていた。

 そんなある日、愛読する『文藝春秋』に「めまいは治せる」という本の広告が掲載されていた。藁にもすがる思いで、李登輝夫妻は「日本へ行ったらまずこの本を求めよう」と話し合ったという。

 案の定、京都滞在中にめまいが出てしまい、後半のスケジュールを一部キャンセルするなど、曾文恵にとっては心残りの旅になってしまったが、日本で買い求めた書籍の効果は結果的に正解だった。

 著者の七戸満雄医師によれば、原因はヘルペスのウイルスによってめまいが引き起こされるという。これには、ゾビラックスという抗ウイルス剤を投与して治療するのだが、台湾の医師団は疑心暗鬼で、さらにはこの抗ウイルス剤を服用しすぎると却って副作用が起きる、と二の足を踏んでいたそうだ。

 しかしここで夫である李登輝が言った。

「あらゆる検査をしても異常がないというのなら、この七戸先生の主張に賭けてみようじゃないか」

 そして敬虔なキリスト教徒である夫妻は、困難に直面したときいつもするように、聖書をおみくじのようにあてずっぽうに開き、そこに書かれている言葉を読んだ。

「静かにしているならば救われる。安らかに信頼していることにこそ力がある(旧約聖書イザヤ書第30章15節)」

 曾文恵によれば、この言葉を目にしたことで、逆に「私が実験台になろう」という気持ちになったのだという。もし同じように苦しんでいる人がいたら、私が実験台になることで救えることが出来るのではないかと考えたそうだ。

 結局、李登輝夫妻の決意によって、医師団も投薬に同意した。投薬は一日5回、飲む順番もあって、非常に複雑だったようだが、二週間もするとめまいが消え、自由に動き回れるようになったという。

 その後、李登輝は「台湾にはおそらく他にもめまいで苦しんでいる人がいるだろう」と考え、退任総統の医療顧問団がある栄民綜合病院にこの問題を研究するためのチームを発足させた。さらには、この年の台湾医学会に七戸医師を招いて講演をしてもらっている。

 余談だが、2014年に訪日した際、李登輝は初めて北海道を訪れた。台湾の農業に大きく貢献した新渡戸稲造や磯永吉が学んだ北海道の地を見てみたいという思いからだった。

 このとき、曾文恵のめまいを治した七戸医師が家族とともにホテルを訪問してくれ、李登輝夫妻とも旧交を温めた。

 実は札幌訪問のスケジュールが決まったとき、李登輝夫妻が真っ先に「札幌には七戸先生がいるなぁ。ぜひお会いしてあのときの御礼をもう一度言わなきゃなぁ」と言われたので、私から連絡を差し上げたところ、快諾していただいたのだ。もちろんあれ以来、曾文恵のめまいは再発していない。

◆李登輝に学ぶ「指導者の心得」

 ガン治療、めまい治療の二つを例として取り上げ、李登輝が台湾の医療の前進にまで大きく貢献してきたことを述べたが、その根底にあるのは李登輝の確固たるいくつかの信念だ。

 多少表現が異なるが「国民が何を求めているか、常に心に留めて置かなければならない」あるいは「最高指導者たるもの、常に国家と国民を頭の片隅に置いておかなければならない」といった、李登輝がことあるごとに言う指導者の心得が、例に挙げた医療の面において成果を挙げたということだろう。

 民を思う心、信念、そして「私たちが実験台になろう」と決意した李登輝夫妻の信仰が、結果的に台湾の医療の前進と人々の健康に寄与したのである。

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