――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習43)

【知道中国 2377回】                       二二・六・十

――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習43)

「贈券(coupon)」に関する注釈を目にして、『概率論及其応用』の読者はどう感じただろうか。モノを買えば様々な特典が付く資本主義制度に違和感を持った。それとも「資本主義って存外に面白そうな制度だ。親の仇でもないわけだから、血道を上げて打倒を叫ぶこともないだろうに」などと心密かに憧れを抱きはしなかっただろうか。それにしても偶然とはいうものの、高等数学研究書の片隅の注記が当時の中国における社会生活の一端を浮かび上がらせようとは。やはり事実は小説より奇なり、ではある。

65年出版:

『現代応用数学叢書 偏微分方程式的応用』(上海科学技術出版社)/犬井鉄郎・宮島龍興・木原太郎『偏微分方程式的応用 Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ』の翻訳

『多複変数函数論中的典型域的調和分析』(科学出版社)/著者は華羅庚。「中国科学院数学研究所専刊 甲種 第4号」《QED》

『不等式』(科学出版社)/G.H.Hardy J.K.Littlewood G.Polyaの共著『INEQUALITIES』(1952年ケンブリッジ大学出版局)の翻訳

『現代数学叢書 無限維空間上測度和積分論(上冊) ――抽象調和和分析――』(上海科学技術出版社)/著者である復旦大学の夏道行は「量子力学、量子場論、統計物理学、不可逆熱力学、相対論などの分野に共通する問題でありながら、内外を問わず纏まった研究書は出版されていない状況下で、敢えて“捨て石”になる覚悟だ」と、本書執筆の動機を綴っている。

『1917-1957 四十年来的蘇聯数学 概率論 数理統計』(科学出版社)/ロシア革命以後の40年におけるソ連の概率論と数理統計に関する研究動向の翻訳。巻末に付された膨大な論文目録から当時の中国の研究水準を推し量ることができそうだ。

『空間、時間和引力的理論』(科学出版社)/アインシュタインの引力研究を基礎にした最新の空間・時間・引力に関するソ連最新の研究書の翻訳

『理論流変学講義』(科学出版社)/北オランダのM.Reinerの『LECTURES ON THEORETICAL RHEOLOGY』の翻訳。訳者がインフラ建設、機械、化学工業の迅速な発展のために必要不可欠な分野だと強調しているところから判断して、あるいは中国社会が大躍進の廃墟から立ち直りつつあったがゆえの出版だとも思える。

『泛函数分析概要』(科学出版社)/ソ連の最新研究の翻訳。「函数分析・微分方程式・周期関数論などにも十分に気配りの届いた最良の研究。数学系の大学・大学院生に最適の教科書であり、泛函数分析の専業者にも極めて有用な研究書」とは翻訳者の弁である。

――このように高等数学関連書籍を書名だけでもザッと並べて眺めてみて素朴に感じることは、これまで大躍進前後から文革期、ことに1970年前後までの間、中ソ対立が強調される傾向が強かったが、それは政治・外交・イデオロギー面などに限定されたものではなかったか。少なくとも高等数学の面では、ソ連のみならず日米の2つの「敵国」であろうが、世界最先端の研究成果を貪欲なまでに取り入れていると思える。融通無碍、それとも無原則と言う大原則、いやいや原則は原則として前面に押し立てるが、それは飽くまでもタテマエ。使えるモノはなんでも使おうというホンネ(功利主義)も窺える。

老獪、それとも小狡い、はたまた利用できるものはなんでも利用してしまう狡猾さなのか。その辺りの超自己チューな姿勢はソ連帝国主義に対抗するため“宿敵”であったはずの米大統領のニクソンと手を握った毛沢東、あるいは共産党政権の基盤を再強化して国家富強のためにはアメリカだろうが日本だろうがシャブり尽くそうと身構えた鄧小平――両者に共通する。いやはや煮ても焼いても・・・蒸しても揚げても・・・喰えませン。《QED》


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