――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習143)

【知道中国 2477回】                      二三・一・仲七

――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習143)

当時、日本で出版された『現代中国事典』(講談社現代新書 昭和47=1972年)の「大寨」の項には、次のように記されている。

「彼ら(大寨の農民)が劉少奇路線に影響されることなく、またせまい“農民根性”から脱却して祖国と世界に目を向けてきたのは、ひとえに陳永貴を先頭とした党支部の政治指導によるもの」であり、「こうした政治優先の姿勢、自力更生の決意が、山村の様相を一変し農村近代化をめざす推進力となっている」。「いまや大寨は〔中略〕全中国人民の典型となり、各地に大寨型の新農村が出現している」

まるでホンモノの文革派の解説(怪説?)だが、それもそのはず。『現代中国事典』は当時の日本における文革礼賛派の代表格だった安藤彦太郎を編集代表に、中国研究者やジャーナリストのうちの日本版紅衛兵の諸子を糾合して執筆・出版されたものだからだ。

その後、陳永貴は大寨モデル成功の大功労者として副首相(75~80年)にまで大々々の大出世を遂げるが、後見役の四人組の失脚に伴って中央政治から消えた。大寨モデルが四人組による“超上げ底式農村自力更生モデル”であったことが明らかにされ、当然のように「農業学大寨」キャンペーンも色褪せてしまった。その後、大寨は文革の遺産(悲惨?)として観光地化した時期もあった。温故知新ならぬ温故恥真、いや痴心だろうか。

大寨はともかく、「団結し、より大きな勝利を勝ち取ろう」と題する「一九七二年元旦社論」の最後を見ておくのも、それから半世紀が過ぎた現在の中国を見ておく上でも参考になるように思う。

 「我われは偉大な勝利を勝ち取りはしたが、我が国は未だ発展途上の国家であり、経済は比較的立ち遅れ、革命と建設の任務は依然として極めて厳しい。我われの成功は全世界のプロレタリア階級と革命人民の支持と分かち難い関係にあり、我われは自らの国際主義の義務を引き続き履行し、全世界の抑圧された人民と民族による正義の戦いを断固として支持しなければならない。国内外の新たな戦いという任務に真っ正面で立ち向かい、慎ましく、控えめで、驕らず、自惚れず、焦らず、さらに粉骨砕身努力を重ねて学習し、力を尽くして務めを果たし、新たなる勝利によって人類に対してより大きな貢献を勝ち取ろう。

 毛主席のプロレタリア階級路線勝利万歳!

 我が国各族人民の偉大なる領袖・毛主席万歳!万々歳!」

 ――以上が、今から半世紀前の共産党政権が「我が国各族人民」に対し拳々服膺することを強く求めた方針だ。

それにしても「慎ましく、控えめで、驕らず、自惚れず、焦らず」などと・・・アンタに言われたくない、と一言付け加えておきたいものだ。

『桿衛毛主席革命路線的戦闘堡塁』(人民出版社)は『農業学大寨 第五輯』と同じ1月に出版されている。1971年に『人民日報』に掲載された安徽省、湖南省、北京市、甘粛省、陝西省、青海省、遼寧省、江蘇省、河北省の農村に党支部を基盤に、「党の優れた作風を発揚し、毛主席の革命路線を勇敢に防衛し、毛主席の革命路線を断固として推し進めた」実例が収められている。

『農業学大寨 第五輯』と比較してみると内容に大差なし。いわば表紙が違っているだけ。この2冊からだけで結論を求めるのはムリだろうが、どうやら全国的に“文革疲れ”が起きていたようにも思える。そうとでも考えない限り、ここまで大寨モデルを称揚し、「毛主席の革命堡塁を守れ」と壊れたレコードのように繰り返す必要はないだろうに。

輝ける1972年の掉尾を飾るのは「我国社会主義建設的光輝成就」が副題の『我們正在前進』(人民出版社)だが、さて、何処に向かって「前進」していたと言うのだ。《QED》


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