――英国殖民地だった頃・・・香港での日々(香港181)

――英国殖民地だった頃・・・香港での日々(香港181)
【知道中国 2299回】                      二一・十一・仲七

――英国殖民地だった頃・・・香港での日々(香港181)

どうやら梅蘭芳が改編した「貴妃酔酒」からは、共産党治下の政治と芝居、権力者と役者の間の虚々実々の駆け引きを垣間見ることが出来そうだ。

当然のように共産党権力は、役者の向こう側に膨大な国民を見据えているに違いない。共産党を名乗る権力集団の実態を知る由もない庶民を自陣営に靡かせるためには、誰もが知っている有名な役者を広告塔に仕立てることだ。漁師が投網で多くの魚を纏めて捕るように、多くの民衆を自陣営に取り込んで支持層を広げようという魂胆だろう。統一戦線工作の一環と見なすことができる。

一方の役者の側からするなら、共産党という独裁権力の内懐に飛び込んでパトロンにしてしまおうと狙いを定めた。役者は「お客様はカミサマ」を口にするが、古今東西を問わず真に頼りになるのは無尽蔵の財布を持つパトロンだろう。パトロンが持つ底なしの財力こそ、役者を育て、その芸を大きくさせる原動力ではなかろうか。

であればこそ梅蘭芳版「貴妃酔酒」は、共産党政権(政治)と梅蘭芳(芝居)の間で成立した“妥協の作品”と考えても強ち間違いはないだろう。共産党としては天下の名優である梅蘭芳からの“支持表明”は喉かれ手が出るほどに欲しい。だが社会主義社会が掲げる人倫道徳に反するような演出は断固として受け入れられない。

一方の梅蘭芳からするなら、役者の矜持として十八番の演目を断念するワケにはいかない。それは京劇役者としての死を意味するからだ。だからこそ、なんとしてでも「有毒旧劇」の指定を解除してもらいたい。 

かくして「長年を掛けて改編と整理を重ね、不健康な部分を取り除き、比較的整った古典歌舞劇に仕上げた。同時に封建時代の婦女子の宮廷における苦悶の心情も表現した」(『梅蘭芳演出劇本選』)とされる現在の形に落ち着いたと考えられる。

正直言って、共産党政権も役者の側も無節操・無原則では同じだろう。だが、この無節操・無原則という生き方が、あるいは中国を一つの巨大な塊として繋ぎ止めているカギなのかも知れない。中国と中国人の振る舞いに無節操・無原則という“補助線”を引くことが、中国と中国人理解の一助になるのではないか。無節操・無原則の先に見えてくるのが、どうやら「老獪」の2文字のようにも思えるのだが。

以上を別の視点から考えると、共産党は京劇を完全に統制下に置いたように思えるのだが、どっこい、である。京劇は存外にヤワではなかった。役者はしぶとい。したたかだった。ここで動き出すのが「支配されながら支配する」というカラクリである。

毛沢東は打倒すべき旧い文化の象徴として京劇をヤリ玉に挙げ、役者のタマゴを唆して伝統京劇を攻撃させた。文革助走期の出来事である。じつは梅蘭芳は“幸運”にも文革発生以前に死亡していたことから攻撃を免れたが、新中国誕生以前に役者として修業を積み、梅蘭芳のように進んで共産党の広告塔を担った周信芳、馬連良、盖叫天などは哀れにも無残な死を迎える。紅衛兵に嬲り殺されてしまった・・・演得華麗・死得悲惨!

いわば彼ら旧世代の役者の犠牲の上に創り上げられた革命現代京劇が、「偉大的毛主席万歳」「百戦百勝的毛沢東思想万歳」という文革イデオロギー宣伝のために中国全土で繰り返し公演されたことは夙に知られたところ。いわば毛沢東は伝統京劇を強引に抹殺し、革命現代京劇を大々的に推奨し、国民を文革に煽り立てたのである。

だが、1976年9月9日の死を前にして毛沢東が目にしていたのは革命現代京劇なんぞではなく、じつは伝統京劇だった。しかも伝統京劇否定のためではなく、人生最後の無聊の時を慰めるために鑑賞していたというのだから、なんとも面妖な話である。「這是為什麼(こりゃ、いったい、なんていうザマだ)」。開いた口が塞がりそうにない。《QED》

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