――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習86)

――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習86)
【知道中国 2419回】                       二二・九・初九

――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習86)

かくて「革命の旗は高く掲げられ、継続革命は永遠に止まることなし」と、毛沢東式永続革命の旗は雄々しくも栄光のなかで次の世代へと受け継がれてゆくことになる。

だがフト立ち止まって考えると、金訓華だけではなく、雷鋒、劉胡蘭、王杰、張春玉、林森火、蔡永祥など毛沢東思想を一途に信じ込み、必至に学習し、活学活用したと賞賛され、文革中に全国規模で学習運動が展開された若き英雄には、例外なく“死の栄光”がつきまとっていることに気づかされる。これを死による救済の奨励と考えるなら、毛沢東革命のカラクリが透けて見えそうだ、どうやら毛沢東思想には死の臭いが付き纏うような。

死に関して毛沢東は1944年9月8日に発表した「為人民服務」と題する文章で、「我々は彼ら(苦しみのなかで過ごす中国人民)を救い出す責務を持ち、奮闘努力しなければならない。力戦敢闘に犠牲はつきものであり、死は常のことだ。人民の為を思い至り、大多数の人民の痛苦に思いを馳せるなら、人民の為の死こそ、その所を得た死である」と記すが、その「為人民服務」を毛筆の小楷という書体で記した習字手本帳である『為人民服務  小楷字帖』も、同じく毛沢東思想の神髄を訴える檄文の「愚公移山」と「反対自由主義」を綴ったボールペン習字の練習帳『鋼筆行書字帖 〈1〉』も同じ70年に、共に上海書画出版社から出版されている。

 それにしても、である。毛筆であれボールペンであれ、わざわざ毛沢東の文章を習字の手本として出版する意図はどこにあるのか。色々と考えてみるに、そこまでして毛沢東の文章(思想)を学ばせようというのか。それとも毛沢東の文章を隠れ蓑にして、やはり美しい文字を後世に伝えたいという意思、言わば伝統のシガラミが文革の渦中でも生きていた、ということか。

 文革初期の中心テーマは「四旧(旧思想・旧文化・旧風俗・旧習慣)の打破」。常識的に考えるなら毛筆(旧い小楷などという書体)も「打破」されるべき「四旧」の1つであるはずだが、それが「打破」されることなく“人民よ、学べ!”とばかりに習字手本として堂々と販売され、習得が奨励されている。なんとも不思議な光景と言わざるをえない。

 やや飛躍して考えるなら、伝統から逃れ切れない革命、革命(=毛沢東の檄文)を宿主としてでも生き続けようとする伝統(小楷)の生命力・執念とでも表現できそうだ。革命と伝統という絶対矛盾を一緒くたに混ぜ合わせてしまう。だから文化の大革命なのか。

 1960年代末の頃だったと記憶するが、屋台のスイカ売り爺さんが毛沢東思想を学習したことでスイカの売り上げを急増させたと報じられる一方、「労働者・農民よ、哲学を学べ」と哲学学習が大いに奨励されたことがある。そんな社会状況が背景となって『我是怎様学習哲学、用哲学的』が出版されたのだろう。もちろん出版元は上海人民出版社で、巻頭には「哲学を哲学者や書籍から解き放ち、民衆が手にする尖鋭な武器とせよ」(『毛主席語録』)が掲げてある。

執筆者は天津市第二毛紡織廠の老労働者の「李長茂同志」で、『人民日報』『紅旗』『天津日報』などに発表した「毛主席の哲学思想を労働者の手にする尖鋭な武器とせよ」「毛主席の哲学思想を立派に学び自覚的に世界観を改造せよ」「我々労働者は十全に哲学を学び哲学を使うことが出来る」などが表題の7本の論文が収められている。

無学な一労働者が実践のなかから「刻苦勉励の末に毛主席の光輝ある哲学思想を学び、唯物弁証法の宇宙観に立って世界を認識し、世界を改造し、自己を認識し世界を改造する」に至る過程が詳細に語られ、最後は「毛主席の哲学思想を真に自らのものとし、中国革命の為、世界革命の為、全人類解放のために全身全霊で貢献しよう」と結ばれる。

荒唐無稽な夢物語、いや敢えて“文革式聖人君子の創られ方”と言っておく。《QED》

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