――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習104)

【知道中国 2438回】                       二二・十・念二

――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習104)

ベッドから降りた患者は「サンダルを履き、頭をもたげて見学室の我々に目を向け、『毛主席語録』を打ち振って感謝の意を表す。私はガラスを間にして、いま目にした手術の一部始終をすっかり忘れ、彼女に向かって手を振って感謝した。看護婦が切り分けたりんごを載せた皿を渡すと、患者は幾切れか食べた後、看護婦の支えを断って、すぐに手術室を出て行った」。

それにしても、なぜ菅沼は患者である「彼女に向かって手を振って感謝した」のだろうか。どうにもワケが分からない。普通の感覚ならオカシイと気づいてもいいはずなのに、菅沼の感激は止まるところを知らない。だから空恐ろしいし、滑稽でもあり悲しくもある。おそらく毛沢東思想の魔法が解けないのだろうか。

三叉神経手術では、頭部切開手術中にも患者は果物を食べ『毛主席語録』を打ち振る。2階の見学者に執刀医の手元がよくみえるように鏡が用意される。「鏡に映る患者の視線と私の視線とが、確かに重なり合った」。もちろん、この手術も大成功し「現代医学体系に創造的な貢献をなし」たらしい。

 針麻酔もスゴイが、なにやら止痛効果を秘めたとも思える『毛主席語録』もスゴイ。あれから半世紀余が過ぎた現在、針麻酔体験者のその後はどうなっているのか。やはり知りたいこところだ。決して怖いモノ見たさ、と言うわけではないのだが。

 奇妙ついでに紹介しておきたいのが『正楷活頁字帖(第一集)』と『為人民服務 大楷字帖』(共に上海東方紅書画社)。筆習字(楷書)の手本であるから芸術的に完璧な楷書の文字が綴られていて、それを臨書して文字を習うわけだが、問題は記されている字句の意味だ。さすがに文革時代の習字の手本と言えばそれまでだが、それにしても奇妙としか言い様はない。

 たとえば前者だが第1頁は「政治是統帥、是霊魂」の8文字が記されている。おそらく学び手は「チョンジー・シ・トンシュワイ、シ・リンホン」と口にしながら右手にした筆を動かす。目と口と耳と腕を一緒に動かして脳ミソを刺激し、「政治は統帥者であり、魂である」との毛沢東思想の“極意”を体に叩き込ませようという仕掛けだろう。

 「独立自主、自力更生」「政治工作是一切経済工作的生命線(政治工作は一切の経済工作の生命線だ)」「教育要革命(教育は革命しなければならない)」「帝国主義和一切反動派都是紙老虎(帝国主義と一切の反動派はすべて張り子の虎である)」など“懐かしくも革命的”の文言が続き、最終頁は「世界革命進入了一個偉大的新時代(世界革命は偉大な新時代に入った)」で終わっている。

『正楷活頁字帖(第一集)』は、政権3期目に「進入」し、得意絶頂にありそうな習近平をさらに煽りまくりそうな文言で埋まっている。

 後者の『為人民服務 大楷字帖』に綴られているのは、革命のために犠牲になった張恩徳を称えるべく1944年9月8日に毛沢東が発表した「為人民服務」である。一般的な習字の手本の形式に則って黒地に白抜きで文字が書き連ねてあるが、こちらも頭と口と目と耳と腕を同時に動かし、より効率的に毛沢東の考えを脳髄に刻み込婿とを狙っているようだ。

 ところで改めて「為人民服務」を読み返して気づいたのだが、「とどのつまり人は死ななければならない。だが死の意味は様々だ。〔中略〕人民のための死は泰山より重く、ファシストに身を売ったり、人民を搾取したり圧迫するヤツラの手先としての死は鴻毛よりも軽い。〔中略〕奮闘に犠牲はつきものだ。革命のための死は追悼会を開き、手厚く葬ってやるべきだ。我らの哀悼の誠を示すことで、凡ての人民を団結させることが出来る」と、《死》への言及が多い。ならば、この当たりに毛沢東思想の神髄が隠れているのか。《QED》


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