【産経新聞「正論─年頭にあたり」:2023年1月3日】https://www.sankei.com/article/20230103-3QTD7XXGYVK4NCEVCOTTJNSMH4/?582249
中国では共産党が国家を「領導」するものとされ、党のトップである総書記はいずれの地位の者を凌(しの)ぐ権力者である。しかし、この権力者の力があまりに強大なものにならないようにするための党内の知恵の一つが、総書記の任期2期10年という不文律であり、もう一つが?小平時代以来の集団指導体制である。
◆体制存続の「正統性」欠如
そのいずれをも崩して、毛沢東を彷彿(ほうふつ)させる長期一強体制が昨年秋の党内の一連の政治日程の中で確立された。習近平への権力一極集中である。習はこの時を見据えて反勢力を「汚職幹部」として追放してきた。政治局常務委員会はもとより、中央政治局、中央委員の総勢約200名の中に反習的な人物は誰もいない。習に忠勤を励むより他に、これら幹部には中国の政治世界を生き延びていくことはできない。分権型体制から極度の集権型体制への急変である。
この体制がどのくらい安定的なものなのか。安定的であるためには体制存続の正統性がなくてはならない。しかし、共産党の一党独裁下にあってその不在は明らかであり、そのことを習自身がよく知っているがゆえにこその絶対的権力維持である。選挙を通して国民からの支持を得ているのであればこれは確かな正統性の根拠であるが、ここにはそれがない。
加えて、共産党である以上、イデオロギー的な正統性があってしかるべきだが、社会主義はもとより共産主義などとうの昔に放擲(ほうてき)されてしまっている。正統性が欠如しているがゆえに統治を持続させるためには恐怖政治が不可欠となる。その手段として、かつての文革時代に横行した密告が現在ではデジタル技術を駆使した監視システムへと移行している。
権力に正統性がないがゆえに検閲や監視、暴力による秩序維持に頼るより他に方法がない。恐怖政治はそれがゆえに恐怖のレベルをいよいよ高めていくしかない。権力の自己増強である。
◆強権の裏の被害者意識
恐怖政治の対外局面が「戦狼(せんろう)」外交である。どうしてあのような恐喝まがいの外交的言辞を弄(ろう)するのか。何かのコンプレックスとしかみえないのだが、さにあらん中国の近代は「屈辱の歴史」だというのが彼らの自己認識である。
2020年には50年間の「一国両制」を反故(ほご)にする香港国家安全維持法を成立させ、香港返還についての中英合意を失効させた。日清戦争後に日本に割譲された台湾を「中華民族の偉大なる復興」というスローガンのもとで取り戻そうという習近平の野心がいよいよ?(む)き出しのものとなりつつある。
毛沢東、?小平に次ぐ第3の「歴史決議」の中で習は、台湾問題の解決は「党の揺るぐことなく完遂すべき歴史的任務」だと明言している。
この内外の強権的政治へと中国を衝(つ)き動かしているものは、被害者意識である。「瓜分(かぶん)」とは瓜(うり)を切るように土地が分割されるの意だが、清朝時代の末期、欧州や日本などの列強により中国の国土が次々と分割されていった。アヘン戦争の敗北により香港島が、日清戦争での敗北によって台湾が、それぞれ英国、日本に割譲されるという「瓜分の危機」の中で中国の近代化は開始された。
ひどい喪失感であったにちがいない。その喪失感こそが愛国主義的で意固地なナショナリズムとなり、これが中華民国時代を経て共産党独裁の現在にいたるまでつづいている。中国はなお高度成長の時代にあって、ハイテクで装備された市街地の景観などは超先進的でさえある。
世界有数の経済大国となり、米中2強時代といわれるほどの力量をもつ大国となりながら、中国はなお被害者意識というコンプレックスに身を焼かれている。
◆ならば日本はどうする
中国には1930年ころにつくられた「国恥」地図がある。中国が列強から奪われた領土を地図で示したものである。その面積は現在の中国に2倍する。共産党の現指導者も、100年近く前の領土概念とは異なるにせよ、他国によって奪われた領土を取り戻さねばならないという意識、歴史認識においては往時と同様である。中国にとって香港は「返還」ではなく、あくまで「回帰」さるべきものであり、台湾は「解放」されて中国の懐(ふところ)の中に帰ってくるべきものとされる。
現在の中国の愛国主義的なナショナリズムが近代の起点に淵源をもつ喪失感に由来するのであれば、この頑(かたく)なな対外姿勢を変えることは誰にもできない。中国に侵略し多くの被害を及ぼしたことが日本人の贖罪(しょくざい)意識となり、その意識は嗜虐(しぎゃく)性さえ帯びていた。しかし、日本がいかに対中配慮を重ねつづけても、融和的で協調的な対応に中国が出てくることはあるまい。ならば日本はどうする。そういう思考を重ねながら対中外交論を進めていかなければならないのではないか。
(わたなべ としお)
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