――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習62)
『「紅衛兵」選集』に収められた凡ての文章が“狂気全開”とでも形容するしかない当時の殺伐とした雰囲気を如実に物語っているだけに、じつに禍々しく、だから興味深い。
『「紅衛兵」選集』に従うなら、紅衛兵が掲げる劉少奇・王光美夫妻の“罪状”は、次の7点に集約できるはず。
�「平和共存」を鼓吹して帝国主義に対する幻想を振りまいた。
�「階級闘争消滅論」を主張して、革命的人民による階級闘争を愚弄し麻痺させた。
�「先鋭複雑な階級闘争」を否定し、今後の任務が建設にこそあると駄弁を弄した。
�「政治第一」に反対し、物質の刺激によって経済発展を目指す修正主義を推し進めた。
�「ブルジョワ階級」を美化し、ブルジョワ自由化を鼓吹した。
�「革命の大義」に毒づき、ブルジョワ階級の利己主義を称揚した。
�「ソ連修正主義」のお先棒を担ぎ、ソ連修正主義叛徒を美化する役柄を演じた。
これらの“罪状”を証拠固めするため、それまでの劉少奇の数多くの発言や論文などから片言隻語を恣意的に選び出し、反毛活動の動かぬ証拠とでも言いたげに書き連ねる。
たとえば�については、「現状においては、世界は平和共存に進まざるをえない。世界における平和維持は実現可能となった」(1956年9月、党大会での「政治報告」)。�では「現在、国内の敵は基本的には消滅した。すでに地主階級は消え去り、ブルジョワ階級も反革命勢力も基本的には消滅した。それゆえ、我々は国内の主要な階級間の階級闘争は基本的に終結したといえる」(57年4月、上海党幹部に対する講話)。�について、「現在、革命の疾風怒濤の時期は過ぎ去り、新しい生産関係が確立した。我々の任務は闘争から生産力の順調な発展を保護することへと変質した」(56年8月、党大会での「政治報告」)――
まさに劉少奇の発言を恣意的に切り取って、紅衛兵は鬼の首でも取ったように気勢を上げる。だが冷静に考えれば、劉少奇は当時の内外情勢を当たり前に口にしただけろうに。
だが、劉は毛沢東に楯突く悪逆非道の犯罪者でなければならないし、であればこそ惨殺が運命づけられていた。昔も今も悪いヤツは悪いから悪い。だが、なにが悪いのかが判らない。権力者が勝手気儘に決め付けるわけだから対応のしようがなく、じつに始末が悪い。
『「紅衛兵」選集』は香港在住チャイナウォッチャーの編集であり、国内に張り巡らせたネットワークを通じて香港に持ち出された紅衛兵関連文書から抄録したと思われる。
香港の中国系書店でも文革関連の書籍は出版されていた。主たる読者対象は香港の左派だったろうが、あるいは一般住民向けの宣伝・教育の狙いがあったとも考えられる。いま手許にあるのは『中国児童絵画選』(6月)と『陶鋳是無産階級専政的死敵』(12月)の2冊。共に中国系の香港三聯書店の出版である。
巻頭に「世界はキミたちのものであり、我われのものだ。だが、やはりキミたちのものだ。キミたち青年は溌剌とした朝の精気であり、活き活きと輝ける時であり、まるで朝の8時、9時の太陽だ。将来をキミたちに託したい」「世界はキミたちのもの。中国の前途はキミたちのものだ」との『毛主席語録』の一節を掲げた前者には、中国国内の男女(6歳から17歳まで)が描いた文革をテーマにした勇ましいポスター39作品が収められている。
「前言」では、「我が国の少年児童世代は偉大なる毛沢東思想に教え育てられ、中国共産党と人民政府の深い関心の下で、活き活きと成長を続けている。我が国の児童少年世代は、中国共産党を限りなく信じ敬い、中国人民の偉大なる領袖である毛沢東主席に無限の崇敬の念を抱き、限りなく熱愛し、幼い頃から毛主席の著作を読み、毛主席の話を聞き、毛主席の指示に従って行動し、毛主席のよい子となっている」と記す。その成果の一端が『中国児童絵画選』に収められた作品となっている、という仕掛けだったのだ。《QED》