台湾有事と日米同盟  神保 謙(慶應義塾大学総合政策学部教授)

【日本台湾交流協会「交流」8月号(No.965)】

1.日米同盟の焦点としての台湾海峡の平和と安定

 2021年4月の菅・バイデン日米首脳会談後に発表された日米共同首脳声明で「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」という文言が挿入されたことは、多くの注目を集めた。日米首脳による共同声明で台湾が表記されたのは、1969年の佐藤・ニクソン共同声明以来、実に半世紀ぶりのことであり、日中国交正常化以降では初めてのことだった。

 もっとも日米両国の外務・防衛当局者間ではこれまでも台湾問題は緊密な協議を続けてきた。例えば、小泉・ブッシュ時代の2005年2月の日米安全保障協議委員会(外務・防衛 2+2)共同発表では日米両国の「地域における共通の戦略目標」として、「台湾海峡を巡る問題の対話を通じた平和的解決を促す」ことがすでに盛り込まれていた。菅・オバマ時代の2011年6月の2+2共同発表は「対話を通じた両岸問題の平和的な解決を促す」と言及していた。そして、今回の日米首脳会談に先駆けて開催された2+2では「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調した」と踏み込んでいた。

 日米首脳会談の準備過程では、米国側は日本に対し台湾へのより強い関与を促したとされている。これに対し、日本側は中国の反発を懸念して「拳を振り上げっぱなしのような表現は避けたかった」という判断から、これまで2+2で確認されてきた文言を組み合わせることで決着したとされる。「台湾問題は平和的に解決してほしいというのが、日本の変わらない立場」(菅義偉首相、記者会見)、「基本的立場に変わりはない」(茂木外相、参院外交防衛委員会)と、中国側への配慮を滲ませている。

 その一方で、今回の共同声明では「日本は同盟及び地域の安全保障を一層強化するために自らの防衛力を強化することを決意」する異例の文言を盛り込み、これが中国の軍事力の強化に対する防衛力の必要性を意味することは明らかである。また、日本政府は「台湾海峡有事が発生した際の自衛隊活動に関わる法運用の本格的な検討に入った」(共同通信、2021年4月26日)とされ、さらに「日米が台湾有事を想定して南シナ海や東シナ海で共同演習を行なっている」(Financial Times, 2021年7月1日)とも報じられている。日米同盟が想定する危機のシナリオとして、台湾海峡に対する焦点が急速に高まっていることは疑いようがない。

2.中台・米中軍事バランスの変化の深刻度

 米国の台湾危機に対する厳しい認識を示したのが、米インド太平洋軍のフィリップ・デービッドソン前司令官の上院軍事委員会での「台湾への脅威は、今後6年以内に明らかになる」という発言だった(米上院軍事委員会、2021年3月9日)。新たにインド太平洋軍の司令官に就任したジョン・アキリーノ大将も台湾海峡をめぐる情勢は「多くの人が考えるより、はるかに切迫している」という認識を示している(同委員会、2021年 3月23日)。なかでもデービッドソン前司令官の「6年以内」というセンセーショナルな時限設定は、中国の政治サイクル(2022年秋の中国共産党大会を基準に、習近平党総書記が3期目の任期である5年を合わせた年数)を基準としたとする解釈や、中国の軍事能力(台湾に対する大規模な揚陸台湾有事と日米同盟作戦を含む統合作戦を実行可能な装備と運用能力)の見積もりを重視した解釈など、多くの憶測が飛び交った。

 米議会も台湾危機に対する問題意識を深めている。すでにトランプ政権期より米議会は超党派で国防権限法、台湾旅行法、アジア再保証推進法などを通じて台湾の外交的地位の向上や安全保障関与について米政府への働きかけを強めてきた。またトランプ政権期には台湾関係法に基づく武器売却を計 11 回にわたり実施している。また米議会の超党派諮問機関、米中経済安全保障再考委員会(USCC)は、2020年12月に年次報告書で台湾有事に強い警戒感を表明し、台湾に対する支援を呼びかけている。

 こうした危機感の背景にあるのは、台湾をとりまく二つの軍事バランスの変化の深刻性である。第1は中台軍事バランスの量的・質的な変化である。日本防衛白書(2021年版)によれば、中国の公表国防費はすでに台湾の16倍となっており、「海・空軍力については、中国が量的に圧倒するのみならず、台湾が優位であった質的な面においても、近年、中国の海・空軍力が急速に強化されている」と評価している。そしてミサイル攻撃力についても、「中国は台湾を射程に収める短距離弾道ミサイルなどを多数保有しており、台湾には有効な対抗手段が乏しい」とされる。そして、中国軍の台湾本島への着上陸侵攻能力は「現時点では限定的」ではあるが、「中国は大型揚陸艦の建造を進め着上陸侵攻能力を着実に向上」させている。その反面、台湾の防衛予算の増額は進んでおらず、非対称戦力の整備も途上の段階である。その結果、中台関係の軍事バランスは著しく均衡を失い、徐々に中国軍の着上陸侵攻が現実的な選択肢として検討可能になってしまう。

 第 2 は米中軍事バランスの変化である。中国は米軍の西太平洋での軍事作戦のための介入を阻止し(接近阻止)、第2列島線以内の海域において米軍が自由に作戦を展開することを阻害する能力(領域拒否)を高めている。中国軍の保有する攻撃機、水上戦闘艦、ミサイル艇、潜水艦は接近阻止に効果的な役割を果たすようになり、また多数配備された対艦弾道ミサイル、中距離弾道・巡航ミサイルは領域拒否の主要な装備として、有事における米軍の行動を制約する。また米軍及び研究機関が近年実施した台湾及び南シナ海に関する図上演習(ウォーゲーム)において、米軍は中国軍に対して劣勢に置かれたことが報道されている。こうした米中軍事対立の能力評価が米軍不利に傾くと評価されるなかで、中国側が台湾有事における米軍の介入能力に対して疑問視(もしくは過小評価)する可能性が高まりつつあるといえる。

 こうした中台・米中の二つの軍事バランスの変化が、台湾の安全保障環境を脆弱にさせ、中国に機会主義的な決定を導きかねないという懸念が高まっているのである。中国軍事専門家のオリアーナ・スカイラー・マストロは、中国政府は台湾に対する軍事作戦を現実の可能性として捉え、「米国が台湾有事に介入しても、状況を制することができる」と考えるようになったと論じている(Oriana Skylar Mastro, “The Taiwan Temptation: Why Beijing Might Resort to Force”, Foreign Affairs, July/August, 2021)。

 もっとも、米国の安全保障専門家の間では、中国軍が 2030 年頃までに台湾に対する全面侵攻作戦を実施することは、なお難しいとする評価も多い。仮に上陸作戦に成功したとしても、台湾を制圧して平定するためには数十万人規模の兵力を動員する必要があり、そのような大規模・長期間の動員作戦を実施することは依然として難しいと見られているからである。長期間にわたる作戦は米軍の本格介入や国際社会の中国対抗の団結を促し、何よりも台湾軍・住民の抵抗力を勢いづかせる可能性も高い。さらに、中国にとって台湾に対する軍事作戦は失敗が許されない。仮に自らの政策決定により台湾統一に失敗すれば、中国共産党に対する政治的信頼は大きく失墜するだろう。

3.台湾有事シナリオ:「クリミア型」・「限定介入型」・「全面侵攻型」

 台湾有事の可能性は中国の政策決定者が、台湾に対する軍事作戦の成功を確信した場合に限られるとみてよい。しかし世界の戦争史に見られるように、為政者の意思決定は常に合理的ではなく、相手の能力や同盟国の介入意思を過小評価するが故に生じてしまった戦争も多い。またかつて魏鳳和国務委員兼国防相が「いかなる犠牲を払ってでも祖国統一を維持する」(米中閣僚級外交・安全保障対話、2018年11月9日)と語ったように、合理性を度外視してでも核心的利益を維持するための軍事作戦を実施する用意がある、との認識も軽視すべきではないだろう。

 こうした合理性と非合理性の天秤の下で、いかなる台湾有事のシナリオがあり得るだろうか。ここでは、シンクタンクの分析や多くの論者の論考の中から、蓋然性が高く検討の余地があるシナリオを取り上げたい。第一は「クリミア危機型」の介入である。2014 年3月にロシアはクリミア自治共和国を併合したが、その際にはクリミア内部の親ロシア派を支援してロシア系住民の保護を理由に介入し、その後クリミア議会はウクライナからの分離とロシアへの編入を求める決議を採択し、住民投票を編入支持で成立させた。この事例に倣えば、台湾内部における政治・イデオロギー対立を拡大させ、社会内部の分裂を深刻化させ、外省人系の親中派の勢力を拡大させる。その際に電子・サイバー攻撃を併用して、台湾の情報空間を混乱させる。そして、政治・社会的な混乱などを契機に治安維持を理由として軍事的に介入し、台湾における支配権を確立するというシナリオである。

 クリミア危機型の台湾有事は、現在の台湾における台湾アイデンティティの普及と定着、現状維持に対する強い志向と中台統一機運の後退、そして民進党に対する支持の浸透という状況において、にわかに想定することは困難である。とりわけ香港における民主化弾圧によって一国二制度が崩れていく現状を目の当たりにし、「一つの中国・二つの解釈」を台湾側の前提とする「九二共識」が台湾内で受け入れられる余地が縮小する中で、台湾における親中派による社会分断の可能性を考えることは限りなく難しくなっている。

 第二の可能性は、台湾の離島に対する併合や侵攻を組み合わせた「限定侵攻型」の介入である。中国大陸にほど近い金門島・馬祖島や、台湾海峡南端からバシー海峡に面する東沙島、南シナ海で台湾が実効支配する太平島などがこれらシナリオに含まれる。これら離島は防衛態勢が薄く、台湾本島からも距離が離れており、有事に際する台湾からの軍事展開は難しい環境にある。また中国軍にとっては集中的な兵力展開によって、短期的に占領を達成することもさほど難しくない。さらに、電撃的な島嶼奪取作戦を実行すれば、米軍が来援する余地さえ与えずに、任務を完了することも可能となるかもしれない。中国指導部にとっても、台湾統一に向けた第一歩として、実効支配領域を拡大することを政治的に宣伝できる。

 しかし、中国が「限定侵攻型」作戦を実行することは、離島の占領に成功するかも知れないが、その後の戦略的勝算が乏しい。中国の軍事作戦による現状変更は、米国をはじめとする国際社会の対中世論を決定的に悪化させ、米国は台湾に対する安全保障関係を抜本的に強化させることになるだろう。こうして台湾本島の防衛態勢が強化されれば、台湾統一のシナリオは決定的に失われかねない。その結果「小さな魚をとり、大きな魚を逃す」政策を実行した戦略的な失敗として、歴史に記憶されることになる。

 第三の可能性は、台湾に対する「全面侵攻型」介入である。まず緒戦に台湾の防空システムや飛行場などを航空・ミサイル攻撃で破壊し、台湾の港湾施設を機雷作戦で封鎖し水上艦艇の足を止め、台湾海峡の制海・制空権を確保した上で、陸上部隊を揚陸艦で派遣し、着上陸侵攻及び地上での掃討作戦を実施するというものである。この際、米軍が介入する機会を与えないほどの電撃作戦を実行するか、米軍の介入を阻止もしくは遅延させる作戦を実施する必要がある。

 ただ台湾に対する全面侵攻作戦を成功の確信をもって実施するには、なお人民解放軍の能力は十分とはいえない状況にある。とりわけ台湾への着上陸と制圧作戦の実行には 10 万人以上の規模の集中的な戦力展開が必要とされるが、海上からの上陸作戦に必要な揚陸艦、空挺作戦用の大型輸送機なども、まだこの規模の部隊を集中展開することはできない。また、作戦の規模を拡大して西太平洋の主要な米軍基地などを攻撃すれば、短期的には米軍介入能力を阻止することができても、作戦が長引けば結果として米軍の大規模介入を招く可能性が高くなる。台湾が非対称戦力によって中国軍の上陸作戦を遅延させることができれば、時間の経過は中国軍の態勢を不利にすることになる。そして、上記2つのシナリオと同様に、台湾に対する介入失敗は、中国指導者にとっての致命的な政治的失点を覚悟しなければならない。

4.日米同盟と日本の防衛力の方向性

 上記で検討した 3 つの台湾有事シナリオが生起するには、中国の政治指導者が介入の成功を確信し、なおかつ米国との全面的な対立を回避し、台湾を政治的に屈服させることが条件となる。そしてこれらの条件が整う可能性は依然として低い。結果として台湾有事が起こる可能性は必ずしも高くないという判断には十分な根拠がある。他方で、前述したように政治指導者は常に合理的決定をするとは限らず、情報は常に不完全なため、上記シナリオが成功するとの誤算をする可能性はある。また、仮に米国と台湾の軍事関係が今後さらに強化され、台湾との平和的統一の道筋の望みが絶たれたと判断した場合、中国指導者は時間を置かずに介入する判断をするかもしれない。また、米国の介入能力と意思を過小評価して、中台の軍事バランスだけを軍事作戦図に置いて思考するかもしれない。

 現在の米国の対中軍事戦略は、台湾介入が可能だと考える中国の政治判断・誤算・過小評価をさせないために、組み立てられようとしている。その方向性は現在の米国防省の推進する「統合的抑止戦略」(integrated deterrence)と、米統合参謀本部が取りまとめたばかりの「統合戦闘コンセプト」(joint warfighting concept)の実現と深く関わり合う。米軍は従来の戦闘領域のみならず、宇宙・サイバー・電磁波領域を組み合わせたマルチ・ドメイン作戦を基礎としながら、「戦力を分散しつつも、攻撃時に打撃力を集中させる」、「仮に指揮系統の一部が破壊されても、モジュール化された他の部隊が自律的に作戦行動を展開する」といった、新しい戦い方が模索されているのである。

 日米同盟が現在直面しているのは、パワーバランスの変化が進む戦略環境において、いかに新しい戦い方を確立できるかという課題である。かつて尖閣諸島の防衛を念頭においた「グレーゾーンの事態」に備えることとは次元が異なる、ハイエンド型の任務を遂行する同盟の確立が求められる。日本の自衛隊には、上記「統合作戦コンセプト」の下で共同作戦を実行可能とする改革が急務となる。また、日本国内の自衛隊及び在日米軍の施設区域にも、高い強靭性や抗堪性の確保が求められる。

 また、これまで挙げた台湾有事のシナリオにおいて、日本が傍観者でいられるという事態は想定しえない。日本の南西国境付近にある与那国島は、台湾本島からわずか 100km 強の距離にある。仮に台湾有事が起こり、中国軍が作戦を展開した場合、南西諸島は当然のごとく作戦戦域内となり、日本有事として接続する。そして米軍が介入を決断した場合、日本は米軍と共に台湾防衛のための共同作戦を実施することは確実である。重要なことは、こうした日米同盟の意思と能力を明示して、中国の政策決定者が誤解・誤算をさせないことなのである。(了)

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神保 謙(じんぼ・けん)昭和49年(1974年)群馬県生まれ。高崎高校卒業。2004年3月、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程修了(政策・メディア博士)。2005年4月、慶應義塾大学総合政策学部講師、2007年4月、同大学総合政策学部准教授、 2008年4月、同大学総合政策学部教授。国立政治大学客員准教授、南洋工科大学S・ラジャラトナム国際研究院、タマサート大学政治学部客員研究員などを歴任。主な著書・共著に『イラク戦争と自衛隊派遣』『学としての国際政治』『東アジア共同体と日本の進路』『新しい日本の安全保障を考える』『アメリカと東アジア』『アジア太平洋の地域安全保障アーキテクチャ─地域安全保障の三層構造』など。

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