2018.7.10 産経新聞
文化人類学者、静岡大学教授・楊海英
中国の航空当局が4月、世界各国の航空会社44社に対し、台湾を「中国台湾」と変更するよう圧力をかけた。従わなければ中国の国内法に基づき処罰するという。北京の求めに応じた会社には日本航空と全日空も含まれる。
米国のトランプ政権は自国の航空大手に乱暴な要求に応じないよう要請し、日本も菅義偉官房長官が「民間企業の活動に対し、強制力をもって特定の政治的立場に基づいた措置を取ることを要求するのは好ましくない」と懸念を示した。強硬姿勢を強める中国は、要求をさらに広げる恐れもある。
≪大陸とは無縁だった南洋文化≫
中国は台湾を「中国の固有の領土」だと主張する際、「台湾人民も中華民族だ」とするスローガンをよく口にする。しかし、これは全く成立しない。台湾に古代から住んできた先住民はポリネシア系の人々で、彼らが築き上げたのは南洋文化である。
一例を挙げよう。台東市に台湾史前文化博物館(National Museum of Prehistory)があり、ここでは戦前の日本人考古学者らが先鞭(せんべん)をつけた卑南遺跡からの出土品が展示されている。展示品の中には中心に穴の開いた巨大な円形の石がある。人類学でいう石貨(せきか)である。
石貨はミクロネシア連邦のヤップ島を中心に、南洋の人々が婚姻関係を締結する際に用いられる貴重品だ。男性側からは貝貨が、女性側から石貨がそれぞれ相手に贈られ、広大な海域に平和な社会関係が維持される。
台湾の先住民は地球上、最も北に住むオーストロネシア語族の言語を操る集団で、石貨も南洋文化的な特徴を表している。当然、こうした南洋文化は大陸の中華とは無縁だったし、中華文明が台湾島を一方的に上塗りしていった事実もない。先住民の暮らす島は海上の交通路にあったため、さまざまな人々が漂着したのも事実である。大陸南部から●南(びんなん)人や潮州人、それに客家と称する集団も近世になってから上陸した。しかし、彼らが自分たちを「中華民族」とする認識はなかった。
≪「化外の地」とみていた漢人≫
清は1684年から台湾府として台湾を統治してきたが、清末の名臣、李鴻章は「下関条約」を締結した際、台湾を「化外の地」だとして日本に割譲した。李鴻章は大清帝国の「ホームランド」たる満洲や、新しく占領した東トルキスタン(新疆)の防衛には熱心だったが、台湾には無関心だった。これは彼のような漢人エリート官僚が、台湾人を「清国の臣民」「中華の一員」としてみていなかった事実を雄弁に物語っている。
日本が植民地の統治を放棄したのに連れ、蒋介石総統が率いた国民党の敗残兵も1949年に台湾に乗り込んできたが、それは武装した華僑の登場だといっていい。
だからといって、華僑の国が建立されたとは国際法的にも根拠が乏しい。中国大陸から配偶者として2000年以降、台湾に移住した人は30万人を超える。しかし、台湾の政治大学の研究者は、東南アジア諸国から結婚や介護の目的で台湾に渡ってきて住み着いた人々は既に70万人に達する、と発表している。諸民族の中の漢民族の「血」は確実に薄くなっており、「血縁的」にも「中華文明圏」から遠ざかっている。
≪国際社会は威嚇に強い姿勢示せ≫
「国家とは何か」という近代の難問を胸中に収めて、作家の司馬遼太郎はかつて台湾を一周し、最後に李登輝元総統と対談した(司馬遼太郎『台湾紀行』)。
「朝五時になったら牛乳受けに牛乳が入っている。いちいち牛を飼って乳を搾ることもなく、牛乳配達をする人が途中でゲリラに殺されることなく、安全に届けられる。朝に新聞が無事に入り、世界中の情報を読める、これが文明だと思う」と司馬さんは平和な台湾を高く評価している。
これに対し、李元総統は次のように応じた。「いま大陸ではさかんに民族主義が叫ばれています。五族といって、新疆もチベットもモンゴルも中華民族に入れられている。私は北京が大中華民族、大中華帝国というものをつくろうとしたら、アジアは大変なことになると思っています」
いうまでもなく、台湾の近代化と平和建設は日本の統治と無関係ではない。日本は単に台北市内に本土よりも先に水道施設などを整備して生活を便利にしただけではなく、人類が近代に入ってから共有し、発展させてきたヒューマニズムの思想を広げた。
だから、「台湾人は優しい」との評価が世界に定着している。それと対照的に、人間の権利を尊重する近代の思想が大陸ではほとんど根を下ろさなかったので、専制主義がはびこっているのである。
司馬さんは李元総統に「実際には内蒙古もチベットも、住民は大変苦痛なようですね。それをもう一度台湾でやるなら世界史の上で、人類史の惨禍になりそうですね」と警鐘を鳴らしている。
国際社会は中国の威嚇に対して、強い姿勢で臨むべきだと唱えたい。(よう かいえい)
●=門がまえに虫
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