*読みやすさを考慮し、小見出しは本誌編集部で付したことをお断りします。
◆台湾で反発が高まる中国併記
これまでずっと、台湾人が国際舞台で活躍する際の国籍は「チャイニーズタイペイ」でした。平昌オリンピックの際も同様でした。しかし、徐々に台湾人は声を挙げてきています。自分の国籍は「チャイニーズタイペイ」ではなく「タイワン」だと。以下、報道を引用します。
<ロシアのモスクワで行われた合唱指揮者コンクールで2位に入賞した台湾人指揮者、謝斯韻さんの国籍が主催団体の公式サイトで「China/Taiwan」と表記されていたことが分かった。表記は1日までに「Taiwan」に修正された。世界で入賞やノミネートを果たした台湾人の国籍に「中国」と併記される問題が相次いでおり、政府機関が修正を求める事態が頻発している。>
<英国の文学賞「ブッカー国際賞」の公式サイトでも、小説「単車失竊記」が第1次ノミネート作品に選ばれた台湾人作家の呉明益さんの国籍が「Taiwan, China」に変更されているのが先月末、見つかった。先月中旬の発表時には「Taiwan」と表記されていた。外交部(外務省)は駐英国台北代表処を通じて主催団体に修正を求めたとしているが、2日午後6時現在、表記は修正されていない。>
国際医学生連盟(IFMSA)の公式サイト上に記載される世界の会員組織のページでも、台湾医学生連合会の国・地域表記が「Taiwan」から「Taiwan, China」に変更されていたことが明らかになっています。
台湾医学生連合会によると、変更は世界保健機関(WHO)の要求によるものだとIFMSAは説明しているといいます。これに対して台湾の外交部(外務省)は、「WHO事務局が中国の政治的目的のためだけに奉仕するようなやり方をしていることは非常に遺憾だ」と不満を表明しました。
報道によれば、「外交部の李憲章報道官は、IFMSAに対し、中立の立場を堅持し、全ての会員がいかなる政治問題の干渉も受けないよう保証することを望むと述べた。また、WHOが政治的圧力に屈し、非政府間国際組織への圧力によって台湾の非政府組織の国際参加を妨害することは、WHO憲章の精神に反し、台湾の人々の権利を奪うだけでなく、IFMSAなどの組織の専門性や自主性を軽視する行為でもあると非難した 」ということです。
言うまでもありませんが、中国が国際社会に圧力をかけ、「台湾」のみの表記ではなく、「中国の台湾」であることを強調するために「中国」を併記させているわけです。しかし、これに台湾国内での反発が高まっているのです。
◆台湾の外交部が国際機関に「中立を守れ」と意見する時代に
国際社会における台湾の呼称について意見することは、一昔前はタブーでした。「チャイニーズタイペイ」でなければならなかったし、それを是正するなど許される行為ではありませんでした。
しかし、時代は変わり、台湾人は揺れ動きながらだんだんと独自路線を歩み始めています。台湾の民主化に大きく貢献した李登輝時代、与党から野党へ政権交替した陳水扁時代、保守派へと逆戻りした馬英九時代、再び野党が政権を握った蔡英文時代と時代を経て、台湾人は確実に中国から離脱する道を歩んでいます。
その波の一貫として、台湾の呼称の是正です。我々は中国台北ではなく台湾だ。台湾は台湾であり、他の何者でもない、という意志を、呼称を是正することで示そうとしています。こうした動きは、「台湾正名運動」とも呼ばれています。
もちろん、以前から台湾の民間および、日本の台湾支持派などから、「台湾」を正式名称にすべきだという声は挙がっていました。しかし台湾政府関係者は、長い間、この問題について否定するか静観するだけだったのです。
正名運動は1950年代から始まっています。しかし、台湾を統治していた中華民国政府は、いかなる団体でも「台湾」を名乗るものはみな「反乱団体」だとして、圧力を掛けてきました。「台湾ライオンズクラブ」や「台湾語聖書」などの名称さえ「敵」とみなされてきました。中華民国政府は中国人が主催し、いずれ中国大陸に反攻して中国を統一すると考えていましたから、「台湾」という中国とは別の国の存在を認めなかったのです。
それが、今では台湾の外交部が国際機関に「中立を守れ」と意見するほどにオープンな問題になっているのです。そのこと自体に時代の変遷を感じるとともに、台湾が確実に前進していることを感じます。
日本でも、台湾を支持する有志による「正名運動」が長年続けられてきました。その流れは2020年の東京オリンピックにつながっており、台湾人選手の国籍を「チャイニーズタイペイ」ではなく「タイワン」にしようと呼びかける運動も始まっています。
◆中国はなぜ「チャイニーズ・タイペイ」を強要するのか
習近平が皇帝になった今の中国では、習体制を揺るがすものは何一つ許さないというムードになっており、国内への締め付けはもちろん、対外的にも習近平への忠誠を求める動きは強まっています。先の平昌オリンピックでも、韓国の複数のテレビ局が、台北を「台湾の首都」だと表記したことに対して、中国が目くじらを立て、中国は受け入れられないと抗議したそうです。
また、この件に関して中国のネットでは、「これは間違いではなく、故意だ。韓国人は中国を分裂させることはできない」「こんな韓国メディアに制裁を加えるべきではないか。世界中でもっとも反中なのは韓国メディアだ」「人民解放軍を台湾に駐留させさえすれば、ほかの雑音は問題ない」といった過激な書き込みが殺到したといいます。
中国のこの過剰なまでの反応は、私には中国の焦り、または自信のなさの裏返しにしか見えません。台湾は経済的にも政治的にも、すでに先進国の仲間入りをして久しい状態です。一方で中国は、急成長してきたものの今では経済破綻の危機にあり、政治的には習近平の皇帝化でさらに硬直して出口が見えないトンネルにいるような状況です。
戦後、アメリカの文化人類学者であり、日本文化を紹介した著書『菊と刀』で知られているルース・ベネディクト女史は、「日本文化と西洋文化の違いは恥と罪の違いだ」と述べています。一方で、民俗学者の柳田国男は、「日本文化は罪の文化」だと言っています。
そうした論争の中で、中国文化は「名」の文化だと言われてきました。孔子も「名を正さん」と言っていたように、名を重んじていました。近代文化運動の旗手である胡適は、「中国が滅んでも名までは滅びない」と言ったことがありました。
このように、中国文化にとって名というのは非常に重要な意味を持っているからこそ、習近平も台湾の名にこだわるのです。しかし、彼が台湾の呼称にこだわればこだわるほど、彼の恐怖感が伝わってきます。政治的、経済的に実力を持つ台湾を恐れるがあまり、日本や諸外国に対して、台湾の呼称を「チャイニーズタイペイ」にしろと強要してくるのです。そして、日本政府は中国の圧力にすぐに屈してしまうため、台湾という単語を使うことを自己規制してしまうのです。
◆追い風が吹く「台湾」
台湾は、蔡英文政権が積極的に世界に出ており、念願だったアメリカとの「台湾旅行法案」も可決しました。これにより、台米の閣僚が公に相互訪問できるようになりました。米中がギクシャクしているのを好機にして、台湾はまた一歩、国として国際社会へ進出する機会を得たのです。
台湾は、習近平が皇帝になるのを待っていました。なぜなら、習近平が絶対権力を持つことで、アメリカのトランプ大統領は中国を牽制し、貿易戦争を仕掛け、「台湾旅行法案」を可決するこが分かっていたからです。
さらにトランプ大統領は、台湾を国家として承認する人物を次々と登用していきました。台湾はこのチャンスを逃さず、これまで中国の圧力に屈してきた「チャイニーズタイペイ」の呼称を、「タイワン」に変更する一大潮流をつくったのです。
そして、「タイワン」という名前での国連正式加盟を目指します。日本政府は、今年から日台のことを「日華」から「日台」に、在日台湾の代表機関の名称を「亜東関係協会」から「台湾文化経済代表処」と改めました。
米中の貿易戦争が長引き、米台の関係が進み、アメリカで「台湾旅行法」のほかにも台湾に関する法律が通れば、21世紀の世界が変わります。
また、欧州議会でも、昨年には南シナ海問題で台湾を当事国のひとつと認めたり、台湾の国際機関参加を支持する決議を行うなど、台湾にとっては追い風が吹いています。
中国が、どんなに「チャイニーズタイペイ」にこだわって、どんなにクレームをつけてきても、台湾が国際社会で国として活動している既成事実をつくってしまえば、台湾という呼称は国際社会に定着していきます。むしろ、中国と台湾の区別をつけるためにも、台湾という呼称が必要となるでしょう。台湾の呼称をめぐるトラブルは、中国の一人芝居と言わざるを得ません。