2017.5.9 産経ニュースより
親日家が多く、欧米では「フォルモサ(麗しき島)」の愛称で親しまれてきた台湾。その魅力を世界に発信しようと、台湾の外交部(外務省に相当)が4月6〜11日に海外メディア向けに実施した「プレスツアー」に参加した。行ってみると、日本からの参加者は記者ともう1人の2人だけで、ほかの参加者は北米や南米、北欧、アフリカなど26カ国の記者たち。独特の文化と親切な人々、日本統治時代の面影を残す街並みに、海外の記者たちは何を感じたのか。彼らが語る“台湾像”から、日台の関係や、「国のかたち」について考えた。(浜川太一)
九州と同じ面積に2300万人
大阪から空路で約3時間。首都にあたる台北の郊外にある台湾桃園国際空港に降り立つと、まだ肌寒かった日本とは打って変わり、湿気を含んだ熱気が迫ってきた。
台湾の面積は、九州とほぼ同じ約3万6千平方キロメートル。そこに漢民族(95%以上)や16の先住民族(2%)から成る2351万人が暮らしている。
今回、6日間の日程で台北・台中を巡るプレスツアーに参加したのは、各国の新聞・通信・雑誌社で働く記者や、フリーランスのライターら計28人。外交部職員4人の先導で名所や各種博物館、行政機関を視察し、外交政策のレクチャーを受けた。「アジア訪問自体が初めて」という参加者も多かったが、各国の記者は台湾のどこに引かれたのだろうか。
美食と音楽、勤勉で清潔好きな人々
「グルメや雑貨、全てがそろう『夜市』は最高だね。ファストフードばかりでショッピングモールが主流の米国とは大違いだよ」
米国テキサス州のライフスタイル誌「イエローマガジン」の記者マット・シムスさん(54)は、台湾各地で毎晩開かれる「夜市」をベストスポットに挙げた。
台湾の食文化と人々の熱気を肌で感じられる夜市は、台湾観光の目玉として人気が高い。マットさん以外にも、夜市や台湾の食に「一番引かれた」と話す記者が多かった。
中欧スロバキアから参加した「Dennik N」紙の女性記者ジャナ・ネーメットさん(29)が「台湾人の物作りの丁寧さと、勤勉さを感じる」として挙げたのは、「張連昌サクソフォン博物館」(台中市)。西洋のイメージが強いサックスだが、実は生産数は台湾が世界一。世界シェアは6割を超えるといい、きらびやかなサックスが一堂に並ぶ同館では、その魅力を余すことなく味わえた。
インドネシアの女性紀行ライター、トリニティさん(44)が最も印象的だったというのは「清潔な公衆トイレ」。「台湾人はとても清潔好きね。街中もきれいで、日本とよく似ているわ」と話した。
「台湾は日本の過去を否定しない」
台湾人が最も好きな国は日本-。昨年、日本の対台湾窓口機関・交流協会(今年1月に日本台湾交流協会に改称)が発表した世論調査では、日本を「最も好きな国」と答えた台湾人の割合は、過去最高の56%に上り、2位以下の中国(6%)▽米国(5%)▽シンガポール(2%)に大差をつけた。
台湾は1895〜1945年の50年間、日本統治時代を経験した。この間に日本が整備した教育制度や各種インフラが、台湾の近代化を後押ししたとして評価する台湾人は多い。
ツアー4日目に訪れた「台中刑務所演武場」は、日本時代の1937年に完成。当時の刑務所職員が体を鍛えるために建てられた施設で、台中市は2004年に歴史建築物として指定登録。その後も修復を重ね、今も地元の子供や学生たちに、剣道や柔道の練習で使われている。
南米チリの最大紙「エル・メルクリオ」の女性記者モントセラト・サンチェスさん(26)は、「台湾人は日本の過去を否定していない。彼らは日本時代の記憶を消し去るのではなく、むしろ救い出そうとしているようだ」と話す。
実際に近年でも、日本時代の家屋を改装した喫茶店やレストランが相次いで開店しているといい、外交部職員は「若者の間でも日本の人気は高い。親日の若者を指す『哈日族(ハーリーズー)』という言葉がありますよ」と教えてくれた。
「台湾を国と認めないのは間違っている」
中国と主権をめぐる係争を抱え、国際社会の大半では正式な国家として認められていない台湾。今回のツアー参加者の中には、台湾を正式な国家として承認している国の記者もいた。
週刊紙「ザ・リポーター」の記者、アレクシス・ミランさん(27)の母国ベリーズは、「カリブの宝石」と呼ばれる中南米の国。1981年に英国から独立し、89年から台湾と外交関係を樹立している。
現在、台湾を正式な国家として承認しているのは、ベリーズを含む21カ国。「台湾は中国の一部」とする中国の主張(「一つの中国」の原則)から、日本など主要国は、台湾と外交関係を結んでいない。
アレクシスさんは、台湾をめぐる複雑な政治環境について「隣国グアテマラと国境問題を抱える母国と、状況がとても似ている」と指摘。「経済・技術支援を通じてベリーズの独立を助けてくれた台湾は、ベリーズにとって偉大な友人。次は、ベリーズが台湾の独立と主権のために支える番だ」と力を込めた。
同様に、台湾を国家として承認しているカリブの島国セントクリストファー・ネビスの国家情報サービス局長、レスロイ・ウィリアムズさん(46)は、「台湾を国と認めないのは間違っている。われわれは国際社会に対し、台湾をメンバーの一員に迎えるよう、請願し続ける」と話した。
中国大陸との関係、8割が「現状維持」支持
国とは何か-。ツアーの参加中、各国の記者に話を聞きながら、何度も頭をよぎったのがこんな問いだ。
台湾は、国際法の国家成立条件である「領土」「国民」「主権」をすべて満たしていながら、第4の要件に挙げられる「国際承認」を一部しか受けていない。台湾自身が主体的に解決することのできない難題だ。
台湾の通信社「中央通信社」は4月21日、与党・民進党系のシンクタンクが実施した最新の世論調査結果を報じた。これによると、「台湾を主権独立国家と考えるか」という質問に、74・5%の台湾人が「そう思う」と回答した一方、中国大陸との関係については、「現状維持を支持する」が79・9%に上ったという。
数字が示す人々の矛盾した心境から、台湾が置かれている特殊な政治状況が、改めて浮かび上がる。
インドの日刊英字紙「ザ・ヒンドゥー」の女性記者、キールタナ・ラジさん(31)は、「世界中で領土争いが横行し、不公平な状況が生じている中で、台湾は、その存在感を維持するため、政治的、経済的に努力し続けてきたのだと思う」と話した。
韓国紙「釜山日報」の女性記者で、友好関係を結ぶ「西日本新聞」(福岡市)で勤務した経験がある金銀英さん(51)は、「国は国、人は人。国同士の外交は大事だけど、人に関しては、今は“国民”じゃなくて、“世界市民”という視点が大事」と話した。
「矛盾のなかで生きている」
1994年に刊行された司馬遼太郎の著書『台湾紀行』(朝日新聞出版)は、日本人の台湾観の形成に、大きな影響を与えたといわれている。
司馬はその中で、複雑な政治環境に置かれている台湾を、「矛盾が幾重にもかさなっている島」と表現していた。
「よく考えてみれば、この宇宙も地上もわれわれ生命も、すべて矛盾のなかで生きている。ものは変化する。矛盾が統合し、またあたらしい矛盾を持って統合へ動いてゆく」
ツアー中、各国の記者が口をそろえたのは、「優しくて、謙虚で、笑顔が絶えない」台湾の人々の姿だった。「国とは何か」と文字で表現する方法を追究するまでもなく、そこには多彩な文化に囲まれて、“矛盾”とともに美しく暮らしている、台湾の人々の姿があった。