米留学で「台湾」意識(蔡英文と台湾4)  鵜飼 啓(朝日新聞台北支局長)

【朝日新聞:2016年6月1日】
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12386561.html?rm=150
写真:台湾大学時代(1974〜78年)の蔡英文氏(中央)=林慧玲氏提供

 台湾総統の蔡英文(ツァイインウェン)が大学生活を送っていた1975年4月、国民党政権に君臨
した蒋介石が死去した。蔡の同級生で弁護士の邱晃泉によると、学生の多くが遺体が置かれた台北
の国父記念館に弔意を示しに行ったという。

 今では自由や民主が浸透した台湾だが、当時は国民党の一党独裁が色濃かった。国民ログイン前
の続き党政権は49年、中国で共産党との内戦に敗れて台湾に逃れた。この年から87年まで長期にわ
たって戒厳令を敷き、言論を抑えこんだ。反対勢力の民進党が出来たのは86年だ。

 蔡が米国留学中の79年には、南部・高雄で反体制運動が当局に弾圧される「美麗島事件」が起き
た。後の民進党幹部の多くが運動側で関わったが、蔡はこうした運動とは無縁だった。

 「あの頃は学生運動というようなものはなかった。大学新聞があったくらい」。蔡と大学同級生
の江瑞トウは振り返る。地方議員の父を持つ江は政治への関心が高く、政治的自由を求めて国民党
の外で活動する「党外」の立法委員(国会議員)、康寧祥の活動を手伝った。だが、学生同士でこ
うした話をすることはあまりなかったという。

 情報が制限された社会で暮らす台湾の若者にとって、海外に出ることは国民党の統治を見直す
きっかけになり得た。

 民進党のシンクタンク、新境界文教基金会で役員を務める黄育徴は蔡とほぼ同世代。一足早く15
歳で米国に移住したが、米国の学校では共産主義を学ぶクラスがあった。共産主義の議論が許され
ない台湾とは違っていた。本当の自由とはこういうものかと、目を開かされたという。

 「君たちは将来、中国とどうするのか」。蔡は自伝で、米コーネル大留学時代に国際法の教授に
たずねられ、頭が真っ白になったと書いている。国民党の教育で「自分たちは中国人」「大陸に反
攻する」といった考えに染まっていたが、台湾がどう進むべきか真剣に考えてこなかったことに気
づいたのだ。以来、蔡は「台湾」に正面から向き合うようになっていく。=敬称略

                                    (台北=鵜飼啓)


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