【朝日新聞:2016年6月21日】
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12418872.html?rm=150
写真:総統として軍艦を視察した蔡英文氏=4日、宜蘭、鵜飼啓撮影
昨年6月、民進党の総統候補だった蔡英文(ツァイインウェン)は米ワシントンを訪れた。
今年1月に総統選を控え、訪問には大きな意味があった。中国と向き合う台湾の最大の後ろ盾は
米国。だが、前回の民進党政権は台湾独立をちらつかせ、中台関係安定を求める米政府は強い不快
感を抱いた。
2012年の総統選前の訪米では、米政府高官との会談直後に英紙に記事が載った。「蔡に中台関係
を安定させる意図と能力があるのか、はなはだ疑問」。引用された米高官の発言は強烈な「不信
任」だった。
米側の懸念をぬぐえるかどうか。ハイライトは対中政策の基本を示すシンクタンクでの講演だっ
た。
党副秘書長として同行した劉建忻によると、初稿は出発前に出来ていたが、蔡と立法委員(国会
議員)の蕭美琴が米到着後も演説直前まで英語の表現を推敲(すいこう)。中台のメディアが引用
する中国語に劉が訳し直した。
「二十数年来の交渉と交流で積み重ねた固い基礎の上に、平和で安定的な発展を推進する」。蔡
は講演で、これまでの中台交流を尊重すると踏み込み、中国との対話姿勢を見せた。
翌日、蔡が向かったのは米国務省。米国と外交関係がない台湾の総統候補が国務省に入るのは初
めてで、米側の満足ぶりが伝わってきた。政権奪還に向け、視界が大きく開けた。
「行政院と立法委員はなぜ意思疎通をしないのか」
国民党候補を大差で下し、5月に就任した蔡は今月8日、民進党幹部会で不快感をにじませた。行
政院長(首相)の林全がその数日前、不具合で停止中の原子力発電所の再稼働方針を打ち出し、非
核を目指す民進党立法委員らが猛反発していた。次の週末、蔡は閣僚らを家に呼び、立て直しを急
いだ。
20日で発足1カ月となった蔡政権だが、これまでのところ政権と党の足並みがそろわない場面が
目立つ。
民進党に2度目の失敗は許されない、との蔡の思いは強い。「謙虚に、謙虚に、また謙虚に」。
当選演説のこの言葉を守れるかどうかが政権安定のカギを握る。=敬称略、終わり
(台北=鵜飼啓)