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写真:辜振甫理事長(左から4人目)らと訪中した蔡英文氏(右から2人目)=許恵祐氏提供
「我々は対等を保ち、台湾の民主と主権の意義を対岸(中国)と国際社会に示さなければならな
かった」。蔡英文(ツァイインウェン)は昨年12月、総統選の政見発表会で1998年の訪中を振り
返った。
訪中団代表を務めた海峡交流基金会(海基会)理事長の故・辜振甫を敬愛を込めて「辜老」と呼
び、「辜老が交渉の席上で示した成熟と穏健さ、臨機応変に対応する風格は深い印象を残してい
る」とも語った。
辜と中国側の海峡両岸関係協会会長、汪道涵の会談は5年ぶり2回目。中台首脳の名代が初めて中
国で行う会談で、舞台裏でさまざまな駆け引きが行われた。
海基会副理事長兼秘書長だった許恵祐が苦笑交じりに明かしたのは、北京で宿泊した釣魚台国賓
館での出来事だ。さまざまな賓客が泊まったことで知られるこの宿泊施設の部屋で、辜は時計が遅
れているのに気がつき、「どうしてこんなに遅れているんだ」と口に出した。外出し、部屋に戻っ
たときには時計が正確な時間を刻んでいたという。
中国側が代表団の会話を盗み聞きしているのは、織り込み済みだった。このため、団員同士の会
話では英語やドイツ語を使った。標準の中国語とは全く異なる台湾語もよく使ったが、中国側はこ
れに気づくと、台湾語と同じ言葉を話す台湾対岸の福建省アモイから、台湾研究者を北京に呼び寄
せたという。
対中政策を担う行政院大陸委員会の法政処長だった劉徳勲も、代表団の一人だった。劉は、最初
に訪れた上海で、博物館を訪れた際の出来事が印象に残っている。訪問を終えたら辜が談話を発表
する手はずだったが、館長が突然、「博物館の宝を見せる」と元代の著名な画家で詩人の王冕の絵
を取り出した。
豊かな文化を誇り、台湾側に心理的な圧力を加えるのが中国側の狙いだったと見られる。劉は
「まずい」と思ったというが、辜は館長の説明を待たずに、王冕の作風を語り出した。話し終える
と、館長は二の句が継げなかった。台湾きっての名家出身の辜が機先を制したのだ。=敬称略
(台北=鵜飼啓)