危機の民進、新しい風(蔡英文と台湾13)  鵜飼 啓(朝日新聞台北支局長)

【朝日新聞:2016年6月12日】
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12405801.html?rm=150
写真:立法院に出席し、蘇貞昌・行政院長と話す副院長の蔡英文氏(左)=2006年2月、台湾・中
   央通信社提供

 初の民進党政権で閣僚に就いた蔡英文(ツァイインウェン)は、2004年に政権1期目の任期が終
わると、いったん一線から退く。年老いた父母の世話をしようと考えた、と自伝で振り返る。

 だが、すぐに表舞台に戻ることになる。民進党からその年の末の立法院(国会)選の比例代表候
補に、という打診を受けたのだ。民進党は少数与党で、総統の陳水扁は政権運営に苦労していた。
助けになるのであれば、と引き受けた。

 蔡が民進党に入るのはこのときからだ。立法委員を1年務めると、今度は行政院副院長(副首
相)に指名された。

 蔡の側近として総統府特任副秘書長についた劉建忻はそのころ、行政院の研究発展考核委員会と
いう部署にいた。行政院の部局横断会議での蔡の対応を印象深く覚えているという。

 会議は、在外公館の陣容の増強を話し合うものだった。外交部や経済部、警察など十数部局が集
まり、自らの部局に都合のいいポジションを確保しようと競り合っていた。だが、会議を仕切る蔡
は「そもそも、なぜそんなに多くの人を出す必要があるのか」と議論を根底から問い直した。

 「各国における我々の戦略は?」「その戦略を実現するためには、どういう人間がふさわしいの
か」。矢継ぎ早に問い、まず戦略を練ってから派遣人員を決めるよう求めたという。

 既定方針にとらわれず、全体像をしっかり押さえて対策を取る。蔡の手法がよく表れた出来事
だった。

 だが、この見直しは結局、うやむやになったという。陳政権が2期8年の任期末期に入っていたた
めだ。「台湾の子」と称し、台湾民主化の象徴として絶大な人気を誇った陳だが、2期目に入ると
親族の金銭スキャンダルなどが相次ぎ、権威は失墜していく。

 民進党全体も厳しい批判にさらされ、08年の総統選では、同党の謝長廷が国民党の馬英九に220
万票の大差で敗れた。結党以来最大の危機を迎えた党の立て直しを託されたのが、党歴がまだ4年
で「民進党らしさ」のない蔡だった。=敬称略

                                    (台北=鵜飼啓)


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