【朝日新聞:2016年6月20日】
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12417706.html?rm=150
写真:学生たちに占拠された立法院の議場=2014年3月、鵜飼啓撮影
2014年3月18日、台湾を大きく変える出来事が起きた。馬英九(マーインチウ)政権のもとでの
対中傾斜への不安などから、学生らが立法院(国会)の議場に突入し、23日間にわたり占拠したの
だ。
与野党が対立するばかりで、社会が良くならない。自分たちで行動を起こすしかない――。そん
な思いに突き動かされた若者らの行動は大きな共感を集めた。
シンボルとなったひまわりから「ひまわり学生運動」と呼ばれるこの運動は、野党だった民進党
にも衝撃を与えた。参加者には民進党も含めた既成政党への不信感があったからだ。
12年の総統選敗北で党主席を退いた蔡英文(ツァイインウェン)はこの直前、主席への返り咲き
を目指すと表明。当時の主席で元行政院長(首相)の蘇貞昌も次期総統選への立候補をうかがい、
主席続投の意欲が強いとみられていた。
だが、大衆扇動力にたけた古い世代の民進党政治家のイメージを引きずる蘇は、改革を求める運
動の勢いを目の当たりにし、主席選への立候補見送りを決める。次の総統選も蔡が立候補する流れ
が固まった。
党内にライバルがいなくなった蔡には、学生らが見せた力をどう取り込むかが大きな課題となっ
た。
手腕が試されたのが、14年11月末にあった統一地方選だ。蔡は国民党が圧倒的な強さを誇ってき
た台北市長選で党独自候補の擁立を見送り、市民勢力が後押しする無所属の柯文哲の支援に回るこ
とを決断する。
柯の選対本部長に就いたのは、蔡が設立した小英教育基金会の理事だった姚立明。姚は「柯は知
らなかったが、就任には蔡の意向が働いていた」とし、票集めを助ける学生部隊の組織などでも
「蔡は柯の選挙を大いに助けた」と語る。
この選挙で柯は国民党候補との一騎打ちを制し、ほかの地方でも「反国民党」の機運に乗った民
進党が地滑り的な勝利を収めた。
蔡の腹心の陳俊麟は語る。「社会を変えようという動きが早く、民進党がついて行けなくなった
時期もあったが、統一地方選を通じて『変革の力』と党が再びまとまることができた」 =敬称略
(台北=鵜飼啓)