去る7月6日と8日、自主講座「認識台湾Renshi Taiwan」が台湾から中央研究院台湾史研究所副研究員の呉叡人氏を招き、立ち上げ企画として、講演会とシンポジウムを行ったという。
主催者の自主講座「認識台湾Renshi Taiwan」のツイッターによれば「台湾の歴史と現在について『知る』機会を設けたい、そして東アジアにおける未来をともに考える場としていきたい」という思いから設立したそうで、「京都大学を拠点としながらも、市民に開かれた自主講座として、およそ2ヶ月に1回程度、オンラインを交えたハイブリッド方式で開催する予定」だという。
呉叡人氏と言えば、1990年3月、台湾大学などの学生たちが民主化を進めるため「国民大会の解散」「動員戡乱時期臨時条款の廃止」「国是会議の開催」などを要求した「野百合学生運動」に参加し、行動する政治学者、哲学者とも言われている。
若者たちの信望も厚く、馬英九政権にサービス貿易協定の撤回を求めて立法院を占拠した2014年3月の「太陽花学運(ひまわり学生運動)」でも、立法院の中で学生たちと行動を共にしていた。
香港の雨傘運動に参加した学生たちからも信頼され、香港の学生たちと『香港民族論』という本を出版している。
2015年3月、台湾独立建国聯盟日本本部は呉叡人氏を招いて台湾2・28時局講演会を開き、呉氏は「意志の反乱─二・二八とひまわり学生運動における台湾の青年たち」と題して講演している。
また、「認識台湾」という講座の名称は、恐らく1997年から台湾の中学1年生が使用するようになった教科書『認識台湾』に由来しているのだろう。
この教科書は、当時の李登輝総統の教育改革の一環として、1994年に「歴史編」「社会編」「地理編」の3科が出版され、台湾の歴史を「国史」として位置づけた画期的な内容だ。日本でも「歴史編」は『台湾を知る 台湾国民中学歴史教科書』として出版された。
この教科書で育った世代が「認識台湾世代」と言われる、現在、30代後半の青年たちで、台湾のひまわり学生運動を担った世代だ。
呉叡人氏を招いて行った講演の要旨を毎日新聞が伝えていた。下記にご紹介したい。
いささか毎日新聞らしい見出しの取り方をしているが、呉叡人氏の講演のポイントは、台湾海峡を内海にしようとしている中国の暴走がどのように成り立ってきたかを明らかににするとともに、「自分たちの国は自分たちで守る決意」が台湾にあることを明らかにした点にある。
沖縄の人々のみならず、日本人に突き付けられた台湾人の決意だ。日本は、この台湾とどのように手を結ぼうとしているのか、問われているのは日本だ。
—————————————————————————————–中国の「帝国主義」を台湾の政治学者が読む【毎日新聞:2023年7月17日】https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20230714/pol/00m/010/007000c
台湾の政治学者、呉叡人・中央研究院台湾史研究所副研究員が、7月8日、京都大で講演しました(自主講座「認識台湾」実行委員会主催)。
呉さんは、2014年に学生らが台湾の立法院(国会)を占拠した「ひまわり学生運動」に理論的影響を与えた人物です。
講演では、近年の中国の台湾への圧力を「帝国主義」と批判しました。日本であまり知られていない、台湾知識人の情勢認識を講演の要旨で紹介します。【構成・鈴木英生】
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◆中国は「帝国主義」国になった
私たちの台湾は、過去約30年間の民主化を通して、台湾島を主な領域とする独立した主権国家の実態を持つようになりました。言い換えると、脱中国的な傾向を強めてきました。
これに焦る中国は、当初、軍事的威嚇を試みました。1996年、初の総統直接選挙前には、台湾沖へミサイルを撃ち込んでいます(第3次台湾海峡危機)。
21世紀に入ると、中国は海外への資本輸出による経済拡大、いわば帝国主義路線を取り始めます。台湾への対応も、軍事的な「攻撃」から経済的「購入」に切り替わりました。
経済的利益を餌に台湾の資本家と政治家を抱き込み、経済統合を経て政治統合へと至ろうという方針へ転換したわけです。2008年に成立した台湾の馬英九国民党政権は、この方針の協力者だったと思います。
◆経済侵略の挫折で軍事路線に
中国のこの経済侵略は、激しい抵抗を引き起こしました。頂点が14年の「ひまわり学生運動」です。台湾が中国と、金融・通信・出版・医療などを自由化するサービス貿易協定を結ぶのを阻止しようとしたものです。
学生、若者、市民団体、研究者らが参加し、立法院だけでなく一時は行政院(政府庁舎)までも占拠しました。
おかげで(政権党だった)国民党内にも意見対立が生じ、運動は協定批准の阻止に成功しました。ひまわり学生運動の巨大なエネルギーは、16年に民進党の蔡英文氏を総統へ押し上げるに至ります。
この運動は、自由貿易を通じた中国の台湾征服を阻止した「反帝国主義運動」として成功したのです。
経済侵略路線が挫折すると、習近平・中国国家主席は、再び軍事的威嚇路線へと立ち戻りました。特に19年、習主席が「1国2制度」による統一を強調して以来、台湾への対応をいわば「準戦時状態」にまで高めています。
中国軍の戦闘機は連日のように台湾海峡の中間線を越え、軍艦が台湾の領海に侵入しています。台湾海峡を中国の内海にしようとしているのです。
中国は、熱烈な中華民族主義イデオロギーに基づき、いまだかつて一秒たりとも統治したことのない土地を「固有の領土」だと思い込んでいます。
今の状況は、1938年のナチス・ドイツによるオーストリアとチェコ・スロバキアのズデーテン地方併合をほうふつとさせます。
◆中国の四面楚歌は自ら招いた結果だ
台湾側は、常に平和的対応を求めています。蔡総統ほど慎重で穏健で臆病な人物はまずいません。(日本の親中派に)「台湾が中国を挑発している」と考える人もいますが、絶対に間違いです。
そう思うならば、台湾でしばらく暮らし、中国の戦闘機や無人偵察機を日々身近に感じてみてください。
もっとよいのは、私たちの国籍を取り、このエキサイティングな運命共同体の一員となることです。そうしたい人がいれば、全力で応援します。
現在の中国は四面楚歌(しめんそか)で、その理由を台湾のせいにしたがります。が、自ら招いた結果です。米国を中心に欧州連合(EU)と日本、韓国、フィリピンなどが中国と対峙(たいじ)する状況は、2018年以降に生まれました。つまり、台湾との問題が緊張し始めるよりも最近です。
近年の中国は、先進国に産業スパイを送り込んで技術を盗み、防衛や産業を発展させてきました。多額の資金で民主主義国の政治家やシンクタンク、メディアを買収し、フェイクニュースで世論を混乱させてきました。
「一帯一路」政策とやらで発展途上国を債務のわなに突き落としてきました。スリランカのハンバントタ港(運営権を99年契約で中国企業に貸与)のような「租借地」まで得ています。こうして世界から批判されるようになったのです。
◆満州事変前の日本に似ている
冷戦後の米国は、中国がグローバル資本主義経済に参入するのを助け、中国の急成長を促してきました。台湾への関心は薄く、ワシントンで「台湾放棄論」まで登場したほどです。
にもかかわらず、中国はウイグル人を迫害するだけに飽き足らず、香港の民主主義を破壊しました。これが米国の戦略転換と台湾海峡問題への介入の決意を促したのです。 つまり、米国を台湾海峡に呼び戻したのは、習主席です。
今の中国は、経済の悪化で若者が職にありつけず、国内の不満が高まっています。満州事変(1931年)前の日本同様、行き詰まりの打開に戦争を利用したいのではないでしょうか。
自らで世界を怒らせたのに台湾を非難し、攻撃しようとする。そんな道理が通るわけもありません。
◆台湾も沖縄も自己決定権が尊重されるべきだ
今日の会場には、沖縄の方もいます。日本政府は、沖縄県民の気持ちを無視して沖縄の自衛隊を増強していると聞きます。「台湾有事は日本有事」といった考えへの沖縄の市民の反発と恐怖心も知っています。
ただし、私は、日米が率先して中国を挑発し、危機を作りだしているとは思いません。 私たちの中国に対する恐怖と、沖縄が戦争に巻き込まれる恐怖。両方に対する責任は中国、特に独裁者の習主席にあります。
台湾人は、自分たちの国を自分たちで守る決意です。降伏は論外です。同盟的な国の支援はもちろん必要ですが、最も大切なのは、自分たちがより強くなることです。
そのうえで、日本政府は、徹底して沖縄の意思を尊重すべきです。台湾人の自己決定権も沖縄の人々の自己決定権も、同様に尊重されなければなりません。
◆もはや抑止力しかなくとも…
台湾と沖縄は、まったく違う地政学的現実を前に、分断されています。台湾は、もはや抑止力でしか自己決定権を守れません。
それでも、沖縄の皆さんならば、まだできるかもしれません。抑止力や政治的駆け引きだけに任せず、民間レベルで、中国社会との交流を通して国家の暴走を制することが、できるかもしれません。
台湾と沖縄は、近くて遠い。大きく異なる状況にある者同士の連帯は、とても難しい。 難しいですが、挑戦する価値はあります。互いを理解し合い、それぞれで最善の打開策を探しましょう。平和のため、共にたたかいましょう。
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