【太陽花運動】中国併呑にノー学生決起は台湾の独立意識に火をつけるか(上)

【太陽花運動】中国併呑にノー学生決起は台湾の独立意識に火をつけるか(上) 

日本李登輝友の会メルマガ日台共栄より転載

            柚原 正敬

 台湾の学生たちでつくる「太陽花学運(ひまわり学生運動)」がサービス貿易協定の撤回などを
求めて占拠していた立法院議場を出てからほぼ2カ月が経つ。

 ひまわり学生運動の学生リーダーを務めた林飛帆氏(台湾大学大学院生)や陳為廷氏(清華大学
大学院生)と中央研究院研究員の黄國昌氏らは5月18日、社会運動によって政治改革を実現して真
の民主化を目指したいとして、新しい活動組織として「島国前進(Taiwan March)」を結成して記
者会見を開き、引き続きサービス業貿協定や事前監督制度の法制化、「公民投票法」の改正を求め
ていくと発表、すでに新たな一歩を踏み出している。

 ひまわり学生運動の最大の強みは、既成政党に頼らず、民意に支持されたことだ。それは、新組
織「島国前進」の活動方針の一つに公民投票法の改正を入れたことによく表れている。

 李登輝元総統は学生たちの行動を高く評価し「学生たちが台湾という国に対して見せた情熱、理
想の堅持、明るい未来の追求、台湾の民主主義を世界に知らしめたエネルギーは、私たちに国家の
希望というものを見せてくれた」(3月30日)と述べられた。

 台湾に問われているのは、民意をいかに国政に反映させてゆくかであり、その先に「国家の希
望」が見えてくる。今後の「島国前進(Taiwan March)」の活動から目が離せない所以だ。

 本会の柚原事務局長は月刊「正論」6月号に寄稿した論考で「立法院占拠は、台湾民主主義の
ターニングポイントになるだろう。もしかしたら、台湾史に残る分岐点を為したのではないか」と
指摘している。

 改めて「太陽花学運(ひまわり学生運動)」の意義を振り返ってみるため、ここにその全文をご
紹介したい。400字詰め原稿用紙で20枚ほどあるので、2回に分けて掲載したい。プロフィールも同
号からである。

◆柚原正敬(ゆはら・まさたか)氏
 昭和30(1955)年、福島県生まれ。早稲田大学中退。同57年、専務取締役編集長として出版社
 「展転社」を創立し、主に天皇、靖国、大東亜戦争、南京、台湾に関する単行本約130冊を担当
 編集。平成7年、台湾研究フォーラムを設立。同14年、日本李登輝友の会の設立とともに常務理
 事・事務局長に就任。共著に『世界から見た大東亜戦争』『台湾と日本・交流秘話』など。

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中国併呑にノー! 学生決起は台湾の独立意識に火をつけるか(上)

                          日本李登輝友の会事務局長 柚原 正敬

◆民意が支持した「ひまわり学生運動」

 台湾が昨年6月に中国と結んだ「サービス貿易協定」の撤回を求め、3月18日から立法院(国会に
相当)の議場を占拠していた学生たちは4月10、自分たちの要求が一定の成果を上げたとして立法
院から退去した。

 学生たちはこの活動を「太陽花学運(ひまわり学生運動)」と名付け、馬英九総統との直接対話
をはじめ、サービス貿易協定の撤回、台湾が中国と協定を結ぶ場合は事前に内容を監督する制度
(事前監督制度)の法制化、各党派の代表者や住民代表などを集めた公民憲政会議(国是会議)の
開催などを求めた。

 この24日間に及ぶ立法院占拠という学生運動は、日を追うごとに台湾社会の関心を深め、台湾ば
かりでなく、協定当事国の中国をはじめ、アメリカや日本からも強い関心が寄せられた。日本の報
道数は台湾を除けば世界一と伝えられている。

 占拠から2日後の3月20日、日本の在日台湾同郷会、在日台湾婦女会、日本台湾医師連合、台湾独
立建国聯盟日本本部の4団体は「民主主義と台湾の主権を守るために立ち上がった学生たちを支持
する」「台湾の政府に対しこの協定を撤回するよう要求する」など5項目の共同声明を発表している。

 台湾では、占拠翌日から高雄市で約千人の学生たちが座り込みデモをするなど抗議行動は他都市
にも及んだ。

 李登輝元総統も早くから関心を寄せ「馬総統は彼らの話を聞いて、早く学校や家に帰す努力をす
るべきだ」「もし私がいま総統であれば、今度の学運の学生たちと対話して、彼らの要求をじかに
聞き取り、学運をいいように処理する」と述べ、学生たちと直接話すことで早く収拾するよう馬氏
を促していた。

 学生たちの活動は台湾社会に大きなインパクト与えた。それは世論調査や抗議デモの参加者数に
もはっきりと表れている。

 占拠から6日後の3月24日に実施した台湾のテレビ局TVBSの世論調査によれば、馬総統に学生
との対話を求める意見は83%に達し、学生たちが3月30日に行った総統府前の抗議デモは50万人を
超えた(警察発表は11万6千人)。この日、この抗議デモに呼応して日本でも、台湾留学生が主催
する集会が東京、京都、福岡で開かれ、約900人が参加したと伝えられている。

 また、3月下旬に実施した民進党系シンクタンクの新台湾国策智庫による世論調査では、サービ
ス貿易協定について「交渉やり直し」支持は66・2%、「国是会議の招集」は76・5%、「事前監督
制度の法制化」に至っては82・1%が支持する結果となっている。台湾の民意が学生たちを支持し
ていることは明らかだった。

 元産経新聞記者の福島香織氏はジャーナリストとして立法院内に入り、学生運動リーダーの林飛
帆氏(台湾大学大学院生)と陳為廷氏(台湾清華大学大学院生)へインタビューし、また「被災地
の災害対策指揮所かと思うような指揮系統」により統率のとれた立法院内の整然とした様子を次の
ように報告している。

<その命令系統とロジスティック管理のものすごさである。占拠されている立法院内に入って驚い
た。一瞬被災地の災害対策指揮所かと思うような指揮系統ができている。総指揮部の下に渉外部
門、物資管理部門、メディア対応部門、ボランティア医師による医療部門、学生らによるネット・
動画サイト・フェイスブックなどを使った世界への広報・情報発信部門、果ては、35か国語対応の
通訳部門まである。すぐにでも政党が作れそうな人材の充実ぶりだ。>(4月2日付「日経ビジネ
ス・中国新聞趣聞(チャイナ・ゴシップス)」「続・『台湾ひまわり学運』のゆくえ─カリスマ学
生リーダーの登場はアジアを変えるか」)。

 福島氏は台湾教授協会の呂忠津会長が「これほど素晴らしい学生運動を行うとは、この子たちは
私たちの誇りです」と述べていることを伝えている。

 馬英九政権側も学生たちのロジスティック管理のすごさには舌を巻いたようで、龍應台・文化部
長(文化大臣に相当)は思想面の脆弱性を指摘しつつも「若者たちの組織力、職務分担、国内外へ
の広報アピール、イメージ戦略にいたるまで『ただただ感心するばかり』だとし、台湾社会が戦後
60年間に経験した数々の市民運動で積み上げてきたものの成果発表にも等しいと高く評価、『学生
らの行動力は百点満点。愛すべき若者たちだ』と絶賛」(4月2日付「フォーカス台湾」)したという。

◆危急存亡の秋

 では、学生たちは「サービス貿易協定」を巡る動きのどこに、どのような危機感を覚えたのだろ
うか。私自身はこの占拠中、台湾に行っていない。隔靴掻痒の感はあるが、ニュースや立法院の中
で支援活動に携わっていた方などに聞いたことなどをベースに、学生たちが立法院を退去するまで
の動きを追ってみたい。

 そもそもサービス貿易協定とは、台湾が2010年6月に中国と結んだ経済協力枠組み協定(ECF
A)の具体化協議の一つで、タクシー、広告、機械製造、印刷、出版、書店、食品、生活用品、商
店、新聞、金融、医療、旅行、建物など、台湾は60、中国は84のサービス分野の市場を開放し、相
互参入を容易にすると伝えられていた。

 ただ、サービス分野における台湾の業種は中小企業が大半を占めるため、大規模な中国資本の進
出は台湾企業を圧迫すると心配され、台湾経済が中国に呑み込まれるのではないかとの懸念が広
がっていた。そこで、政府側の説明が不十分として、立法院における公聴会や審査手続きを経て発
効することに決めていた。

 立法院での承認審議が終われば、4月上旬にも本会議で可決される予定だった。3月17日、多数与
党である中国国民党所属の委員長は委員会開始直後に審議打ち切りを宣言して強行採決し、承認手
続きを進めようとした。これが直接のきっかけだった。

 中国国民党が強硬策を講じたことで、学生たちは民主主義に反すると反発した。また、協定は密
室で結ばれたもので、中国による経済進出は実質的な台湾併呑であり、これは台湾の危急存亡、生
きるか死ぬかの重大な瀬戸際と捉え、翌18日夜、約300名の学生たちが本会議場である立法院議場
を占拠してしまう。学生たちは馬英九総統との直接対話を求め、サービス貿易協定の撤回などを求
めた。

 ところが、馬氏は学生たちの要求に応ずるどころか、23日に開いた記者会見では「これこそが
我々の必要としている民主主義なのか、このような方法を用いて法治を犠牲にしなければならない
のか」と、民主主義を踏みにじっているのは学生たちだと非難した。

 この間にも、立法院の周りには学生らを支援しようと数万人が集まり、台湾各地から数十名の大
学教授も応援に駆けつけ、路上で民主主義やサービス貿易協定などについて青空講義を始めていた。

 しかし、馬氏のこの対決姿勢はさらに学生たちの反発を買い、23日の夜、学生の一部数百人が一
ブロック離れた行政院の敷地内に警官隊の警備を突破して座り込む事態が勃発した。

 これに対し、馬総統に指示を仰いだ江宜樺・行政院長(首相に相当)は強制排除を警察に命じ、
高圧放水車を繰り出して強力な放水を学生たちに浴びせて抵抗力を奪った。ずぶ濡れになりながら
警官に引きずり出される光景は、強権を発動して戦車で数百名の学生を殺戮した天安門事件を連想
させるに十分なものだった。

 李元総統が声を詰まらせながら「国家の指導者たるもの、学生の意見に耳を傾けるべきで、警察
力を使って彼らを排除するべきではない。学生たちが殴られている光景を見るのは耐えられない」
と答える場面はテレビでも繰り返して放映された。

 さすがにこの事態に、同じ中国国民党に所属する?龍斌・台北市長は「馬英九総統や江宜樺行政
院長、王金平立法院長は何らかの形で学生と意見交換を行って問題を解決すべき」と述べ、胡志
強・台中市長も「学生を傷つけてはならない。彼らを誘導して問題を解決すべき」と表明する。

 3月25日、馬氏もようやくここにきて、前提条件を設けずに学生の代表を総統府に招いて対話す
る姿勢を示した。馬氏の支持率はすでに10%を割っており、これ以上のイメージダウンは11月末の
統一地方選挙にも、馬政権を援護する中国にも影響すると踏んでの決断だったようだ。しかし、学
生側は応じなかった。馬氏があくまで協定承認を目指す構えを崩していないからだ。そこで、馬氏
が要求に応じるまで無期限で占拠を続けると宣言、大規模デモを実施するとの発表に至っている。

 50万人デモ後の4月3日、行政院は膠着状態を打破しようと学生たちの要求に応じ、事前監督制度
の法案を立法院に提出し、また「経済貿易国是会議」を開く計画も示した。しかし、馬氏は依然と
して協定の早期成立を目指す姿勢を崩していない。

 この膠着状態を破ったのが王金平・立法院長だった。王院長は4月6日午前、立法院を訪れ、事前
監督制度の法制化を急ぎ、それまでは協定の承認手続きを進めないという方針を示した。また、立
法院の中に入って学生たちとの対話を実現、「皆さんの声は私たちに届いています。引き続き努力
します」と語りかけた。馬氏のメンツは丸潰れとなった。

 学生たちもここが潮時と読んだのだろう。翌7日夜、10日に立法院を撤退すると宣言した。すぐ
に撤退しないのは、議場内を清掃して占拠前の状況に戻す時間が必要だからだった。事実、原状回
復に向け、8日と9日は清掃作業や垂れ幕、ポスターの撤去作業などの後片付けに追われた。

 一方、7日に記者会見した馬総統は学生たちの撤退宣言を評価しつつも、協定の事前監督法案の
審議とサービス貿易協定の審議を同時進行すると従来どおりの方針を強調、王院長宣言と食い違い
を見せている。今後も成り行きが注目される所以だ。               (つづく)

                       【月刊「正論」平成26(2014)年6月号より】