台湾には危機に対応できる「復元力」がある  塩澤 英一(共同通信台北支局長)

日本と台湾の関係は最良の状態にあるにもかかわらず、台湾の蔡英文政権がなにをやっているのかよく分からないという意見を聞くことがたまにある。

 このほど共同通信の台北支局長をつとめる塩澤英一氏が、台湾などアジア各国・地域で経済ビジネス情報を配信しているエヌ・エヌ・エー(NNA)のセミナーに招かれ、この蔡英文政権の内政と外交を詳しく分析したうえ、民進党の派閥や国民党の現状にも言及、また10月に行われた共産党大会の動向も分かりやすく解説している。

 その上で、台湾は「民主主義が成熟し、マクロの視点では見えない社会の力」を持っており、「危機に直面した時、本能的に反発し自立する、『復元力』のようなもの。中国が台湾を飲み込もうとする動きに耐えられるだけの、ナショナリズム、自然な力が働くのではないか」と指摘し、「そのレベルまで台湾社会は成熟したのではないか」との見方を披露している。

 下記にNNAがまとめたセミナーにおける講演の全文をご紹介したい。なお、原題は「取材現場から語る台湾と中国の政治」だが、本誌では「台湾には危機に対応できる『復元力』がある」と改題して掲載したことをお断りする。

 ちなみに、塩澤氏は特派員として長く中国を取材し、外信部次長だったときに国際報道で優れた業績を残したとして2015年度の「ボーン・上田記念国際記者賞」を受賞している。昨年(2016年)6月から台北支局長として赴任し、直後の7月末、李登輝元総統の石垣訪問に「自由時報」の記者などと同行記者団の一員として参加している。

—————————————————————————————–《NNAセミナー》取材現場から語る台湾と中国の政治【NNA ASIA:2017年12月1日】https://www.nna.jp/news/show/1693146

 NNAは11月23日、台湾・台北市でセミナー「取材現場から語る台湾と中国の政治〜直近の情勢から中台関係の行方まで〜」を開いた。中国、台湾の両方で取材経験の豊富な、共同通信台北支局長の塩沢英一氏を講師として迎え、直近の台湾政治情勢や日台・中台関係、また今後の行方について語ってもらった。

             ◇     ◇     ◇

 中国と台湾とでは取材環境の差がとても大きい。中国では政策決定権者に会えない制限された中での間接取材であり、政局報道は「必ずしも真実ではないかもしれない」と理解した上で読むことが大切だ。一方、民主的で開放的な台湾では当事者に直接取材できており、報道は精度が高い。

 新聞報道は最前線のホットな事象を集中的に取り上げる一方で、平凡な事象を取り上げないので、特殊な事象が全体であるかのような印象を与える。メディアが事実を伝えていないと批判されることがあるが、どの物事も均等に報道することは難しい。「新聞は目新しい異常な事態を伝えるもの」というメディアリテラシーをもって読むことが重要だ。

◆対中国政策は低空飛行

 2016年5月に台湾初の女性総統となった民主進歩党(民進党)の蔡英文氏は元々学者で、熟議型。物事の分析力も高い。熟練の政治家だと直ぐ目に見える政策面での成果を出して支持率を稼ぐが、彼女は初めから難しい課題に包括的に取り組んだ。蔡総統は、変化を期待した民進党内部からも、最大野党の国民党からも支持されない状態が1年ほど続き、支持率は30〜40%と低迷した。対中政策よりも内政重視で派手さはないが、安定感はある。民進党にとっては8年間の継続的な執政が何より重要なのだ。

 中国に対しては、とにかく刺激しないという低空飛行のスタンスで、有権者の受けはあまり良くないが、関係が決裂しなければ、それでいいと民進党は認識しているのだろう。一方で重視している内政では、ようやく年金改革、大規模インフラ建設予算配分、移行期の正義政策などで成果を出しつつあり、支持率は下げ止まりをみせている。

 閣僚にも政治家的なコミュニケーションが得意でない学者タイプが多かったが、9月には台南市長の頼清徳氏を行政院長に起用することを決断した。「台湾独立」を公言する頼氏は「民進党らしい政治家」として元来の民進党支持者からの人気が高く、結果的に蔡総統氏の支持率回復にもプラスに働いた。

 内政では「アジアのシリコンバレー」「バイオ医療」「グリーンエネルギー」「スマート機械」「国防・航空宇宙」の5大イノベーション産業と、「新農業」「循環型経済」の2政策を柱に、産業構造転換で台湾をけん引する「5プラス2」をキーワードとして推進しているが、それぞれ予算が少なく、まだ顕著な成果を挙げているとはいえない。

 東南・南アジア各国との関係を強化する「新南向(新南進)政策」の推進で、中国依存からの脱却を狙っている。東南アジアから訪台する介護労働者などは増加しており、人的な交流はそれなりに進んでいる。これが台湾の新しい産業の創出につながれば将来は明るい。

 民進党は日台連携も期待しているが、東南アジア進出で先行している日本にとって台湾との連携がどれだけメリットがあるのか不明で、まだ様子見の状態だ。

 日台関係は、1972年の日台断交以降で、最良の関係。東日本大震災への台湾からの義援金が大きなきっかけとなったが、安倍首相が台湾を重視していることも大きい。日本産食品輸入規制解除問題が前に進まない中でも、日本側は台湾の世界保健機関(WHO)年次総会参加に対する支持表明や、日本の対台湾窓口機関である公益財団法人の交流協会の名称を今年から互いの名称を盛り込んだ「日本台湾交流協会」へ変更するなど、次々と日台関係前進へカードを切った。

 日本産食品の輸入規制をめぐっては、国民党などが輸入再開に反対する状況が続いているが、近く前進する兆しもある。与野党間の対立のほか、中国が日台関係にくさびを打ち込む狙いで意図的に「放射線に汚染された日本の食品は危ない」という情報を流している疑いもあり、政治問題化している。

◆民進党の派閥政治

 2大政党の民進党と国民党は、中国との距離をめぐって真っ向から対立しているが、それ以外は大きな違いがないともいえる。どちらも中道右派政党で、台湾に左派政党はない。対立する対中国政策でも、実はどちらも「現状維持」で、違うのは「一つの中国」という歴史観を受け入れるか、受け入れないかだけ。コインの表と裏のようでもある。

 民進党の68ある議席のうち20数議席を、党内最大派閥である「新潮流派」が占めており、党内の影響力は大きい。新潮流派あっての蔡政権とも言える。いくつかの派閥があり蔡総統にとっては派閥との付き合いが重要となる。

 世界一の金持ち政党だった国民党は深刻な資金不足に陥り、昔のように地方への利益分配ができない。また民進党には「独立」という理念があるが、国民党にはビジョンがない。世代交代で、台湾化、本土化も進み、国民党は何か理念を打ち出さないと、政権奪還は難しいだろう。

 台湾では両党のほかに、中国共産党がさまざまな統一戦線工作を仕掛けている。過去には国民党を介して政策面で影響力を行使してきたが、最近は若者や地方の農業、漁業団体などに国民党を通さずに直接接触している。実態は三党政治ともいえる。

◆中国共産党大会と中台の行方

 中国は10月に行った共産党大会で、政治報告として5年に一度の共産党の方針を発表し、「社会主義」を前面に押し出した。国際社会で民主主義が揺らぐ中で、自国の政治体制に過剰なまでの自信を持っている。今後の中国を見通す上で重要な要素だ。

 「新時代の中国の特色ある社会主義」とは、実態は共産党独裁が支配する国家資本主義だ。プラス徹底した住民監視システム。今回は5年間ではなく2050年までの長期目標を示したことが大きな特徴で、“中国の夢”の実現には台湾統一も含まれている。

 中国から見た台湾は、固定的で「台湾は中国の一部」という一つの視点しかない。情報が統制され、それ以外は基本的に存在しない。中国内の情報だけに触れていれば自然にそう考えるようになる。

 台湾の中国観は変動的で、政権を奪還した民進党は、中国を刺激しないように慎重に対応する一方で、「台湾人であるというアイデンティティー」を深める作業を着々と進めている。中国との対立が先鋭化すると米国も歓迎せず、台湾が国際的に孤立する可能性がある。中国は蔡総統を攻撃する尻尾をつかみたいが、彼女は慎重で失言しない。

 一番の関心事は中台の今後だろう。台湾側は学習指導要領を改訂して台湾の歴史記述を増やすなど、台湾化、民主化を進め、国家形成、国民形成のプロセスはどんどん深まっている。台湾内を見ていると、「国家」の歩みは後退しないと楽観的になる。しかし、外を見ると、隣の巨大な中国が「独立」を認めず、経済力も台湾は20分の1程度だ。中国は世界中に影響力を拡大しており、台湾は最終的に中国に飲み込まれるのではと悲観的になる。結果として、自分は台湾の将来について楽観と悲観の間を行ったり来たりしている。

 直近では台湾大手紙の聯合報が台湾人を対象に実施した中台関係に関する世論調査で、「中国に行って働きたい」と答えた人の割合が40%に上った。福建省が博士課程の台湾人大学生を1,000人採用すると発表するなど、中国では台湾人材の取り込みも始まっている。このまま台湾人が中国へなびき、経済的にも太刀打ちできないままだと苦しいのではないか。

◆草の根運動の復元力

 一方で台湾には「台湾人は中国人と違う」というアイデンティティー教育や、「台湾人」を育てようとする草の根運動家が相当数存在する。14年には中国との「国際服務貿易協定(サービス貿易協定)」批准に反対し、1カ月弱にわたって学生らが立法院(国会)議場を占拠した「太陽花学運(ヒマワリ学生運動)」が起き、これも政権交代につながった。

 民主主義が成熟し、マクロの視点では見えない社会の力がある。危機に直面した時、本能的に反発し自立する、「復元力」のようなもの。中国が台湾を飲み込もうとする動きに耐えられるだけの、ナショナリズム、自然な力が働くのではないか、そのレベルまで台湾社会は成熟したのではないか。

 10年以上後は予測が難しい、というより予測しても意味がない気もする。最終的に台湾ナショナリズムが勝つのか、中国の統一戦線工作が成功するのか。双方のせめぎ合いの中で、将来が決まる、長期的な闘いだだろう。

 台湾は「強い国」を作っていくしかない。これは中国も同じで、抑圧的な社会システムを続ければ共産党政権がおかしくなり、ジンバブエのようにクーデターが起きないとも言い切れない。相手が弱まるまでの我慢比べでもある。「鉄を打つにはそれ自体が硬くなければならない」という中国語の慣用句は、中台双方にあてはまるだろう。

<講師紹介>

塩沢英一氏 共同通信社台北支局長

1963年東京生まれ。慶應大学文学部卒。1987年共同通信入社。佐賀支局、札幌支社、社会部、ジャカルタ特派員、中国特派員、外信部次長などをへて2016年6月から台北支局長。中国の軍事報道で2015年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。主な著書「中国人民解放軍の実力」(ちくま新書)、「インドネシア烈々」(社会評論社)、「中国に生きる」(共同通信社、共著)。


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