【編集長の一言】本文は日本と台湾との戦後の法的位置づけ問題のまとめである。
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多田 恵
1.前提:台湾という領域についての日本政府の立場
台湾という領域について、サンフランシスコ平和条約(1951年9月8日署名)で、「日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」と宣言し、日華平和条約(1952年4月28日署名)では、「台湾及び澎湖諸島並びに新南群島及び西沙群島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄したことが承認される」としている。そのため、「台湾の領土的な位置付けに関して独自の認定を行う立場にない」というのが一貫した日本政府の見解である。
ただし、日中共同宣言(1972年9月29日)では「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」としており、日中平和友好条約(1978年8月12日署名)の前文で「共同声明に示された諸原則が厳格に遵守されるべきことを確認」しているので、かなり、自らを束縛してしまっているのも事実である。
2.日本政府の台湾人についての取扱い
2.1.「正名運動」前
台湾人は、外国人登録令(1947年5月2日勅令第207号)により「外国人とみなす」(第11条)とされ、1952年4月28日に調印した日華平和条約により、「中華民国の国民」と「みな」された。同日、外国人登録令を廃止して新たに制定した外国人登録法により、台湾人は中華民国すなわち「中国の国民」とみなされ、国籍を「中国」と表記されるようになる。
1964年の民事甲2097号民事局長通達(昭和39年6月19日)では、「中国本土で出生又は死亡した者についての出生又は死亡の場所の戸籍記載を『中華人民共和国』……と記載するよう強く希望する者」がある、という問題について、当時は「中華人民共和国」を未承認であるため認められず、かといって「中華民国」と記載することにも疑問があるため、「出生、死亡の場所の記載」、「中国人と日本人間の婚姻事項中の国籍の表示等」についても、「中国本土及び台湾を区別することなくすべて『中国』と記載する」という取扱いを指示している。なお、これは、台湾人のみがかかわる問題ではなく、台湾で出生又は死亡した日本人の戸籍記載にも関わる問題であることを指摘しておく。
この通達による取扱いは、日中共同宣言により中華人民共和国政府を中国の正統な政府として政府承認をした際に、実情に合わせたものにすればよかったのだが、日本はそのような手当てを行わなかったため今でも行われているのだ。
米国で政府承認の切り替えにあたり台湾関係法(1979年1月1日施行)を制定し、「合衆国の法律が外国の国、国家、州、政府および類似の存在に言及し、関係する場合は、必ずその条文は台湾を含み、法律は台湾に適用されなければならない」(第4条A項(1))などとして、国家承認・政府承認がなくても事実上の国として扱えるようにしたのと対照的である。
2.2.「正名運動」とその成果
2001年に、台湾人の外国人登録証の国籍欄の記載を「台湾」に正す運動が始まった(「正名運動」)。外国人登録法(1952年4月28日施行、2012年7月9日廃止)にもとづく外国人登録制度のもとで、台湾人の「国籍等」が「中国」と表示されていた問題について、在日台湾同郷会をはじめとする在日台湾人団体人および日本李登輝友の会等で、「台湾」表記を求めた運動である。
これは、2012年7月9日より施行された、新しい外国人在留管理制度(在留カード)における「国籍・地域」欄での「台湾」表記という大きな成果を収めた。中国人の場合は、同欄が「中国」と記載されるので、一目で区別が可能になったのである。これにより、台湾人の住民票の「国籍・地域」欄においても「台湾」が記載されるようになった。
なお、住民票については、台湾から日本国内に転入した日本人についても、「前住所」欄で「中国台湾省」等との表記が強制されていたが、東京都では2008年5月30日より(「中国」をつけない)「台湾」表記が認められるようになっており、大阪市等、ほかの地方自治体でも同様の扱いが行われるようになってきている。
しかし、調理師や美容師の免許等には、外国人の場合は「国籍」が記載されるので、台湾人がこれらを取得しても、いまだに「中国」とされていて、日本に留学してこれらの免許を取得した台湾人は、悔しい思いをし、免許を誇らしく掲出できないという問題が残っている。これは、日本の魅力をおおいにそぐものだ。
3.日本政府の台湾という政治的実体についての取扱
3.1.事実上の国家としての扱い
このたび、蓮舫氏の二重国籍問題が取り沙汰された。その間、氏が使っていた論法のひとつは、台湾人は日本では「中国籍」とされており、中華人民共和国の国籍法では、外国の国籍を取得したら自動的に中国の国籍を失うという条項があるので、二重国籍ではないというものであった。もし日本と台湾双方に関わる法律上の手続きの経験があれば、実態にそぐわないということはすぐにわかる。
実際には、日本政府は、台湾で独自の法律が行われていることを前提として事務を行っている。たとえば、台湾のパスポートも「有効な旅券」としている(出入国管理及び難民認定法施行令第1条)。台湾で結婚した「日台カップル」が日本側に婚姻届を出す際には、台湾の戸籍当局の証明書を添えて提出し、戸籍には「台湾の方式」と記載される。日本の戸籍の窓口には、国際的な婚姻や養子縁組等が、相手の国の法律上も許されているか確認するためのハンドブックが備え付けられており、「中華民国」の民法などが参照できるようになっているというのが実態である。
「日台カップル」の間に子が生まれれば、「日本国籍の保有と同時に台湾籍の保有を希望する場合は、日本・台湾双方の関係機関に届け出を提出する必要があります」(交流協会)とされ、「(日本)国籍留保」の手続きを行い、戸籍には「国籍留保の届出日」が記載される。日本のパスポートを申請する際にも、台湾の「国籍」を有することを記入するよう、窓口で指導される。
もし台湾人が日本に帰化する場合は、その最終段階において、台湾から「喪失国籍許可証書」(国籍を喪失することを許可する証明書)という証明書を日本に提出することが必要とされている。なお台湾人がこの証明書を受けた場合、すでに、台湾の国籍を失っていると扱われる。
このように、台湾人は「国籍」表記では強制的に「中国」とされてしまうという不本意かつ不合理な状況におかれている一方で、台湾は事実上の国(少なくとも、権限のある当局)として扱われている。
実際に2006年6月14日の衆議院法務委員会で「法の適用に関する通則法」案をめぐり、枝野幸男委員が杉浦正健法務大臣に対し、国際私法上「台湾の皆さんは中華民国国籍というのが連結点になって、中華民国法が適用される。これは公法上の承認とか、公法上の国籍の概念とは別次元として、そういう解釈であるから……中国と台湾の関係についての処理を具体的にする規定がなくてもいいんだ、こういう理解をしたんですが、それでよろしいですね」と質問し、「それでよろしいと思います。そういう解釈が定着しております」という答弁を引き出している。
最終的に、蓮舫氏の二重国籍にあたらないという解釈についての報道に対し、法務省民事局民事第一課は、9月14日、「我が国の国籍事務において、台湾出身の方に、中華人民共和国の法律を適用してはおりません」という見解を表明した。
3.2.台湾の国籍を認めない場面
実は、日本の国籍法に関わる事務で、台湾が未承認国であるために、行えないことが少なくとも2つある。これは、2004年に台湾で問題になり、日本でも報道されたことだ。台湾の行政院体育委員会の主任委員(閣僚)になった陳全寿・元中京大学教授が、日本国籍離脱を申請したところ「申請の条件が整っていない」として受理されないなどした事件である。
台湾の国籍法では公職に就く場合、原則として外国籍を放棄しなければならない。そのため、台湾の政界で問題視されたのだ。このことは、櫻井よしこ氏が「理由は中国への気兼ねか? 日台両国の架け橋的人物の日本国籍離脱を阻む不可解」(『週刊ダイヤモンド』2004年9月18日号)で伝えている。
台湾では李慶安という「二世議員」が米国との二重国籍を隠していたことが問題となり、2009年になって、1994年からの議員当選が取り消された。
陳全寿氏の事件から、すでに12年が経っているので、念のため、再度、法務省に確認してみた。つまらない問答の末、しぶしぶ、明かされたことは、「日本国籍離脱」の手続きであれ、「日本国籍喪失」の手続きであれ、台湾「国籍」への帰化ないし選択のためということであれば、これを行うことが出来ないという取扱いだという。
その理由は、国籍法の条文が「外国の国籍を有する日本国民は、法務大臣に届け出ることによって、日本の国籍を離脱することができる(13条)」というふうに「外国の国籍を有する」という条件であるところ、台湾(中華民国)は日本が承認している政府ではないため、それが証明書を出すところの「国籍」は「外国の国籍」にあたらないためだという。
3.3.一貫性のない解釈
しかし、このような条文の解釈は一貫しているのだろうか。台湾の「国籍」が、「外国の国籍」でないというなら、生まれながらにして台湾との二重国籍になる人々は、国籍留保の手続きも必要ないし、帰化の際に「喪失国籍許可証書」等の証明書を取る必要もないし、そもそも「二重国籍」に問えないのではないか。
なお、それぞれの関係条文は次の通り(墨付き括弧は引用者):国籍法12条「出生により【外国の国籍】を取得した日本国民で国外で生まれたものは、戸籍法の定めるところにより日本の国籍を留保する意思を表示しなければ、その出生の時にさかのぼって日本の国籍を失う」。同14条「【外国の国籍】を有する日本国民は、外国及び日本の国籍を有することとなった時が二十歳に達する以前であるときは二十二歳に達するまでに、その時が二十歳に達した後であるときはその時から二年以内に、いずれかの国籍を選択しなければならない」。
蓮舫氏の「二重国籍」が、国籍法に違反しているかどうかについて、法務省は「個別・具体的な事案ごとの判断になるので一概には言えない」と言葉を濁している(日テレNEWS24、9月15日報道)。日台カップルの子など、日本と台湾の間で「二重国籍」になるケースは少なくないが、その二重国籍を22歳以降も維持した場合に、国籍法違反となるかどうかという見解を明らかに出来ないというのは、公の事務として、おかしなことである。
法務省が「国籍離脱」の手続きの際にとっている解釈から類推すれば、二重国籍ではないということになる。
日本維新の会が二重国籍者が「国会議員や国家公務員になることを禁止するための法案提出を検討している」という。条文の表現がこれまで同様であれば、台湾との間の二重国籍は漏れてしまうことになるかもしれない。
他方、出生により台湾との二重国籍になった者について「国籍留保」の手続きを求めている解釈から類推すれば、蓮舫氏は違法な二重国籍状態であったと認められる可能性が強い。
4.日本は自立した法治国家として明確な法体系を持つべきではないか
同じく法務省が所管する入国管理事務においては、前述のように、台湾を中国という国とは切り離し「地域」として扱っている。したがって、国籍事務の担当部署も、「台湾は未承認国だから“外国”にあたらない」と言いたければそう言えばいいのである。
国籍事務の担当部門は、台湾を実質的な国家として扱っていることを公言して、中国の気を損ねることを心配しているのか、それとも戸籍事務上の取扱と矛盾していることを知られるのが心配なのか。あるいは、そもそも国籍事務においても矛盾した扱いをしていることが露見することが心配なのか。
法令は明確であるべきである。様々な条文や解釈を変えるのが大変ならば、この際、日本でも台湾関係法を制定し、「我が国の法律が外国の国、国家、州、政府および類似の存在に言及し、関係する場合は、必ずその条文は台湾を含み、法律は台湾に適用されなければならない」という条項を設ければ、台湾を国家承認することなく、一挙に解決するのではないか。
日本としては立場上、世界に先駆けて台湾を承認することは難しいだろう。しかし、主権国家として、ましてや、もともと国民であった台湾人民への配慮が求められるところ、米国と同様の法律を制定する、それくらいのことさえ出来ないというのだろうか。