【五輪に見る台湾ナショナリズム】
台湾独立建国聯盟日本本部 中央委員 林 省吾
この夏のパリ五輪の競技場で、「台湾」はタブーになった。
・チャイニーズタイペイの由来と意味
よく誤解される点がある。
チャイニーズタイペイという名称を使用するのは、台湾を名乗ることが許されないからという訳ではない。
そもそも、チャイニーズタイペイという名称が初めて使われたのは、1979年に名古屋で開かれた国際オリンピック委員会(IOC)の執行委員会である。
1972年、アルバニア決議案で国連から追放された中華民国政権をIOCに残すために、「台湾」、「フォルモサ」などの名前が提示されたが、中国の正統政府と自認する中華民国がそれを拒否した。
チャイニーズタイペイ(中国台北)という中国ルーツを残した名前を選んだのも、台湾を殖民する中華民国のエゴでしかなかった。
・中華民国の飛び火を受ける台湾
という訳で、五輪の会場に持ち込むことができないのは、本来は中華民国関連のもののみ。
例えば、よく「台湾の国旗」という誤った描写がなされる「青天白日満地紅旗」という中華民国国旗である。
しかし、パリ五輪は中国贔屓のため、その慣例を拡大解釈し、今回は会場内には台湾の形を描いたポスター、漢字もしくは英語で台湾と書かれた応援グッズなど、台湾関連のものは全て持ち込み禁止となり、発見された場合は没収されることもあった。
・台湾人自身の振る舞いも矛盾だらけ
長年、中華民国に殖民されてきた台湾人には、自分を中華民国人だと認識する人が大勢いる。
上述の通り、チャイニーズタイペイという名称で五輪に参加するため、今大会、台湾の選手が金メダルを勝ち取った際に、昇るのは「チャイニーズタイペイオリンピック委員会旗」、会場に響くのは「チャイニーズタイペイオリンピック委員会歌」だった。
実はこの歌は中華民国の「国旗歌」であり、台湾人は学校で歌わされてきた馴染みある歌である。
今大会、台湾選手が2つの金メダルを獲得したため、この国旗歌は二度流され、中継を見た一部の台湾人から「感動した!」「涙が止まらない」という声が上がった。
ところが、この歌の作者黃自は中国人であり、彼の一生は台湾と何の関わりもない。
台湾人は台湾人の栄光を讃える際に、中国の歌を口ずさんで、涙を流した訳だ。
第三者から見ると二重人格にも見える行動だが、本人達は至って真剣である。
その矛盾を指摘すると、「何でもかんでも政治を持ち込むな!」と逆ギレされるのがオチだ。
・原因はかつて台湾にあったジェノサイド
そもそも、台湾という名の国は存在しない。
今、台湾にある国家の名前は「中華民国」であり、1911年の辛亥革命で誕生した中国人が作った中国の国である。
台湾人が作った国ではない。
サンフランシスコ条約では日本は台湾の主権を放棄すると明記したのみであり、実は台湾主権の行方は未定のままだ。
戦後、中華民国は連合国の代表として台湾を管理する立場であるにもかかわらず、「台湾光復」と称し、勝手に台湾を私物化した。
厳密に言うと、今、この時点でも、台湾は中華民国に不法占拠されていて、殖民されている状態である。
現在、中華人民共和国がチベット、東トルキスタンなどの地で実行しているジェノサイドは、既に70年前に中華民国が台湾を対象に検証済みである。
中華民国は「国語政策」と称し、台湾語、客家語、原住民族の言葉など、台湾人からマザータングを奪う政策を行った。
しかも全面的に禁止するのではなく、学校教育で「台湾語は教養のない人が使う言葉」「台湾語を喋ったら罰金」など、貶める手法を使い、台湾人自らが自分の言葉を軽蔑するようにさせた。
マザータングを失った台湾人は、気づかないうちに「文化的中国人」になってしまった。
未だにドラマの中の悪者は敢えて台湾語を喋る設定にし、先日、頼清徳総統が公の場で台湾語で演説したことに対し、野党の国会議員は「人民を火の海(戦争)に落とす気か」と批判する。
中華民国の洗脳教育によるジェノサイドがいかにも成功した証拠である。
・民主化後、更に混乱するアイデンティティ
ジェノサイドの後遺症は実に長引いている。
今の台湾人はかつて自分の祖先が虐殺された事実を見て見ぬふりをし、中華民国に非常に寛大な対応を取っている。
というよりも、自身が中華民国の国民だと信じ込んでいるのだ。
まさにストックホルム症候群である。
2024年2月の世論調査で、自身のアイデンティティを台湾人と認識する台湾の有権者は6割を越え、台湾人でもあり中国人でもあるとの回答を入れると、9割3分を超える。
一見台湾人アイデンティティに纏まっているように見えるが、国会選挙の結果は民進党の議席が半数を割りこんだ。
つまり、今台湾に住む人達の「最大公約数」は「我々は中華人民共和国人になりたくない」だけであり、自分が台湾人なのか、中華民国人なのか、深く考えていないのだ。
有権者のアイデンティティがブレている以上、選挙戦で台湾人アイデンティティを全面的に打ち出すより、中華民国も守るというスタンスを取ることのほうが、勝ちを計算できる。
かつては独立志向と言われた民進党も、長期政権になった今も中華民国体制から脱却できないでいる。
選挙で勝つことしか頭にない民進党が選んだ手段は、「中華民国台湾」という表現を多用し、中華民国と台湾の境界線を曖昧にすることだ。
その副作用は「ひまわり運動」時に言われた「天然独」世代(生まれ付きの独立派)が消滅したことである。
今の台湾の若い世代は、中華民国旗がかつて228や白色テロで台湾人を虐殺した政権の旗であるという事実を棚上げし、自分自身のナショナリズムをこの旗に投射することになった。
彼らは、自由民主が空気のような存在で、なくなることはないと考える「天然華」(生まれ付きの中華民国派)世代となったのだ。
・歴史をもう一度見つめ直す
票を失うことを恐れる民進党に、大々的な台湾人アイデンティティ復興を期待することはできない。
「自己的台灣自己救」(自分の台湾は自分で救う)と考える多くの台湾人は、身の回りから台湾を見つめ直すアクションに取り組み始めている。
例を挙げると、台湾語で数学や天文学の授業を行う台湾語の普及活動や、白色テロ時期に残された負の遺産、遺跡の整理、保存、公開などだ。
台湾独立建国運動の発祥地とも言える日本にも、台湾人の史料が多数残されている。
その中で、東京池袋にあり、台湾独立運動のレジェンド、史明の旧居でもある新珍味4階に、昨年12月、史明記念館が開館した。
筆者は月一回、日本語ガイドツアーを担当し、台湾人の歴史の一語り手として、台湾人や台湾に関心を寄せる日本人と共に、台湾の歴史をもう一度直視する活動に携わっている。
民族の歴史記憶を伝承することが、台湾ナショナリズムの醸成に繋がると信じる。
台湾人は世界でも稀な、21世紀の今でも建国の過程を経験できる民族である。
煉瓦を積むように台湾という名の国を自分の手で創る台湾人は、幸せだ。
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